江ノ島電鉄300形電車

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江ノ島電鉄300形電車(えのしまでんてつ300がたでんしゃ)は、江ノ島電鉄電車

300形(左:303編成・右:305編成)(2007年9月22日、極楽寺検車区にて撮影)

概要[編集]

2017年現在、2車体連接車に統一されている同社にあってその嚆矢となった形式である。

1956年昭和31年)から1968年(昭和43年)にかけて従来から使用されてきた自社や都電、西武鉄道などの路面電車タイプの直接制御・単行専用半鋼製ボギー車や京王帝都電鉄(現・京王電鉄)の木造車の台枠をベースとして大幅に改造した上で連接車化させたもので、6編成12両が在籍した。

種車や改造手法がまちまちだったため、302Fと303Fを除き、他の4編成は異なる形態と経歴を持っている。

一方で、全車両が本形式への改造と同時に間接自動進段制御(総括制御器付き)・電磁SME制動(非常管併設電磁弁付き三管式直通空気制動)に改造され、4両増結運転が開始された時点で本形式相互および初代500形とは自由に連結可能だった。

その後も時代に合わせて改造を繰り返し、本形式となった当初と後年とで大きく形態を変えている部分も少なくない。2017年現在も1本のみ在籍し、現存する305Fは、冷房装置の搭載や室内更新、駆動系の高性能化など近代化改造を受け、1000形以降の各形式とも相互連結可能となっている。

近代化された同社車両陣の一端を支える存在である一方で、「いかにも江ノ電らしい車両」としてメディアへの露出も多く、江ノ電のイメージリーダー的存在でもある。とはいえ、徹底的な更新が行われているものの、車歴的には昭和30年代(台枠は昭和ヒト桁製)の製造と言うことで首都圏の通常運用している鉄道車両の中では最古参の部類に属する。

現有車[編集]

305編成 (305-355)[編集]

305編成(2005年9月14日、腰越 - 江ノ島間にて撮影) 全線開通100周年ヘッドマーク付きの305編成(2010年9月9日、鎌倉にて撮影)
305編成(2005年9月14日、腰越 - 江ノ島間にて撮影)
全線開通100周年ヘッドマーク付きの305編成(2010年9月9日、鎌倉にて撮影)
305編成の車内(2010年4月18日、藤沢にて撮影)

1960年(昭和35年)に増備された。台枠(フレーム)は京王デハ2000形(初代)のものを購入して使用したため、完全な新車ではなく、同系列の改造名義とされたが、後述のように実質的には新造車といってよい本形式で唯一の編成である。

車体は東横車輛工業(現・東急テクノシステム)で新製され、後述する304編成のデザインを基本に窓を大きくし、側面は当時流行のバス窓構造を取り入れるなど垢抜けたスタイルである。前照灯はすでに登場していた初代500形と同様に正面窓の上部に1基設置(埋め込み式)されたのみで、現在のように2灯化されたのは1980年(昭和55年)である。また、台車も、同編成はエリゴバネと称されるゴムで被覆したコイルバネを用いた珍しい構造の新造台車である東急車輛製造製のTS418(電動台車)とTS419(付随台車)を装備した。ちなみに鎌倉方が50番台の車両番号となったのはこの編成が最初で、それまでは2両が同一の番号を名乗っていた。

更新改造は最も早く、1989年平成元年)に施工され、駆動系機器類のほとんどが1500形と同一のものに交換されてカルダン駆動の冷房車になったが、床はリノリウム貼りなどが行われず板張りのまま残された。2016年現在、鉄道車両で板張りの床を持つ営業車両は、非常に珍しい。

1998年(平成10年)に主制御器を2000形のものと同型に交換、制動装置を電気指令式HRD-1に取り替え、1000形以降の車両との連結が可能になった。ただし、主幹制御器のワンハンドル化はスペースの関係で実施されず、ツーハンドルのまま新品に交換されている。

1990年代の一時期に、青色とクリーム色の「青電」塗装になったことがある。後述の通り、2007年(平成19年)9月22日に303編成が運用を終了したことにより、現在唯一の現役旧型車であるとともに、唯一の江ノ電カラー(淡緑とクリームの在来標準色)塗装となった(近年製造されている20形などと異なる単純なツートン塗装)。

旧在籍車[編集]

301編成 (301-351)[編集]

301編成(1992年、極楽寺 - 稲村ヶ崎間にて撮影)

1953年(昭和28年)に王子電気軌道(現在の都電荒川線の前身)から承継した東京都電150形154・155の車体に都電杉並線261・262(旧・西武新宿軌道線41・42)の台車を組み合わせて就役した113号車(2代目)と114号車(2代目)を1956年(昭和31年)に江ノ電で初めて連接化した車両である。

近代化と輸送力増強を目的に、連結車201+2021968年に後述の306編成に改造された)と同時期に改造された。その後の各車と比較しても試作的要素が強い車両である。200形と300形両者を比較した結果、急カーブの多い線形から連接車の方が向いていると判断され、以後600形800形を除く増備車はすべて連接車とされた。

車体の改造は貫通化された連結面側に集中している。側面はドア移設などその後の編成と同じような形態にされたが、前面の路面電車然としたバンパーは残され、鋼製車初期の車両特有の側面の狭い窓などが王子電気軌道時代からの面影を色濃く残していた。

主電動機は前後台車に1台ずつ、連接台車に2台、それぞれ搭載され、これは廃車まで変化がなかったが、以後の増備車は前後台車に各2台、連接台車は付随台車となり、現在に至るまで継承されている。結果的にこの面においては本車は異端車的存在となった。

集電装置の変更、当初なかった乗務員室扉の設置、前照灯2灯化など他車に準じた改造も行ったが、根本的な近代化改造は施工されず、2000形2003編成の登場で1992年(平成4年)に廃車された。廃車前には明治製菓広告車となり、かつての納涼電車風の塗装とされた。

302編成 (302-352)[編集]

302編成(1992年、極楽寺 - 稲村ヶ崎間にて撮影)

1957年(昭和32年)に101形101・102号を東洋工機で連接化した。後述303編成と同じ外観で登場し、その後も同じように集電装置や前照灯の改造を受けてきたが、冷房改造及びそれに伴う近代化工事を施工させなかったために、10形の登場による置き換えで1998年(平成10年)に廃車された。その最終期には改造を受けなかったことで残った古風な外観と内装から鉄道ファンの人気を集めた。

廃車後は山梨県南巨摩郡キャンプ場に引き取られ、編成ごと「江ノ電バンガロー」の名で利用されている。

303編成 (303-353)[編集]

303編成(2005年9月14日、稲村ヶ崎 - 七里ヶ浜間にて撮影)

1957年(昭和32年)に、1929年(昭和4年)製の100形103・104号を東洋工機で改造・連接化して登場した。

前述の302編成や初代500形502編成とともに納入され、ほぼ同時に運行開始した。当初は前照灯は屋根上に1基設置され、集電装置もポール式だったが、後の改造で前照灯は窓下2灯に変更され、集電装置もZ形パンタグラフを経て菱形パンタグラフに交換された(他編成にも実施)。当初なかった乗務員室扉も取り付けられている。

1992年(平成4年)に冷房装置を搭載するとともに大規模な更新工事が行われ、木造キャンバス張りだった屋根の鋼製張り上げ化と側面客用扉位置の304編成・305編成に合わせた移設、また駆動装置と台車も1500形以降と同一の平行カルダン式のものに交換されたので、これにより外観の印象が大きく変化している。

1994年(平成6年)に側面窓をユニットサッシ2段化した。また、1999年(平成11年)に主制御器を1500形以降のものに交換、ブレーキ装置を電気指令式HRD-1に取り替え、1000形以降の車両との連結が可能になった。ただし、この編成も主幹制御器とブレーキ設定器のワンハンドル化はされず、ツーハンドルのまま新品に交換された。

しかし、元々が路面電車タイプの車両で軟な上に、大幅な更新工事等が施工されたため、車体の劣化が激しく、2006年(平成18年)に入ると営業運転に入る回数が減っていった。

同年下半期にはほとんど営業運転に入らず、時折極楽寺検車区の屋外に姿を現す程度になってしまい、去就が注目されていたが、遂に2007年(平成19年)9月に公式ホームページ上で運用終了を発表し、同月22日に極楽寺検車区で305編成とのツーショット撮影会([1])開催後に運用を終了し、70年以上にわたる歴史に幕を閉じた。

2008年3月末に後述304編成と同手法により、一部機器を流用の上で新形式の新500形502編成を製作したため、303編成は廃車となった。なお、新500形はVVVFインバータ制御三相交流誘導電動機を採用したため、20形のように旧車から主制御器や主電動機は流用されていない。

303号の先頭部が江ノ島駅の待合室で保存されている。6:00 - 22:00までの公開。

304編成 (304-354)[編集]

江ノ電カラーになった304編成(2005年9月14日、長谷駅にて撮影)
304編成チョコ電塗装(2005年6月25日、稲村ヶ崎駅周辺にて撮影

1958年(昭和33年)に106形106・109号から台枠などを利用して東横車輛電設で連接化した。車体は台枠を残して一旦解体され、原型よりも車体幅が拡大された他(結果的に台枠幅より車体幅の方が広くなっている。また台枠そのものも大幅に改造されている)、車体高さも高くなり、側構体や屋根構体のも厚くなっている。登場時から乗務員扉を設置しており(ただし、客室とは完全に分離されておらず、パイプ製の仕切りで区切っただけであった)、屋根も張り上げ屋根、埋め込み式前照灯(当初は屋根上1灯で後に窓下2灯へ改造)、角形尾灯だった。車両更新と冷房装置の搭載は303編成より早く、1991年(平成3年)に施工された。車体更新の際に窓部のウィンドウ・ヘッダーのみが撤去され、窓下にウィンドウ・シルのみが残るという独特の姿になった。また、初代500形に引き続き当初から連結運転の準備が施されていた。

1998年(平成10年)に主制御器を1500形以降のものに交換、ブレーキ装置を電気指令式HRD-1に取り替え、1000形以降の車両との連結が可能になった。ただし、主幹制御器とブレーキ設定器のワンハンドル化はされず、ツーハンドルのまま新品に交換された。

2003年(平成15年)より往年の車体塗装とされる茶色とクリームの塗り分けに変更され、「チョコ電」愛称が付与された。

老朽化と塩害による台枠損傷が判明し、2005年(平成17年)9月末で運用を離脱した。車体は沿線住民からの譲渡希望もあったものの、結局前面のみを切断し極楽寺工場で保存、残りは全て解体処分された。なお同年9月4日 - 9月30日の廃車までの間は、それまでのチョコ電カラーから現行の江ノ電カラーへと戻され運用された。

代替新造車両は20形ではなく新500形501編成となり、台車などが流用された上2006年3月27日より営業運転を開始している。

駆動装置更新の際に発生した旧台車3基のうち、電動台車2基は電装解除の上、黄色く塗装され検車区内の検修用仮台車となり、残る中間台車1基は、元を辿れば米国ブリル型の希少な型式であったことで、アメリカカリフォルニア州ウエスタン鉄道博物館(5848StateHighway 12 Suisun City, CA 94585 USA)の職員の目に留まり、また同職員と江ノ島電鉄の社員『らっち』が知り合いであったことから無償譲渡の話がまとまり、アメリカ海軍厚木基地より軍用機で空輸され、同博物館で保存されている。見学もできる。また、台車や他の雑品小物類(D-1バルブ等)も同梱され同博物館に寄贈されたことから、同博物館より感謝状が送られ本社鉄道部で保管されている。

306編成 (306-356)[編集]

306編成(1979年12月16日、江ノ島 - 腰越間にて撮影)

前身は1956年(昭和31年)に元東京都電150・170形を連結車化改造した200形である。同形式は収容力が大きい一方で、当線の急曲線に対する不具合も多く、301編成以降の連接車の好結果を踏まえて1968年(昭和43年)に連接車へ改造された。

車体のルーツがほとんど同じ301編成と同様に前面にバンパーが残っているが、改造時期の違いからドアが拡大されるなど形態はかなり異なる。また本形式で唯一登場時から前照灯は窓下に2灯設置され、木製屋根のままである一方でノーシル・ノーヘッダー方向幕の設置や、前面の塗り分けをいわゆる“金太郎の腹掛け”にするなど本編成のみに見られる特徴も少なくなかったが、他の車両と取り扱いが違う不便さが原因となって後に方向幕は撤去して方向板受けが新設され、「金太郎」塗装も廃された。なお、種車である東京都電150形と170形は製造メーカーがそれぞれ違っていたことから、2両で窓寸法および屋根高さに差異があり、連接部の屋根が両者で段違いになっているなど、最後まで特異な面が存在していた。

本系式では最も早い1991年(平成3年)に2000形2002編成に置き換えられて廃車された。度重なる改造による車体劣化がその一因とも考えられている。

付記[編集]

長い間自動放送装置を搭載していなかったが、その当時でも4両運転時に進行方向後ろ側に自動放送装置を搭載した他形式の車両が連結された際には自動放送が流れていた。反対に自動放送を装備している車両でも後方の車両が本形式の場合、車掌による肉声での放送しかできない状況が続いていたが、305編成は2006年に新500形同様の英語放送付きの自動放送装置が搭載されて解消された。またこれにより江ノ電はすべての編成への自動放送装置の設置が完了した。

過去には他形式と同様全面広告車としてもしばしば利用された。特にサンオイルの広告塗装として車体全体が金色に塗られたことは特筆される。2008年現在、在籍する305編成は淡緑とクリームの在来標準色である。

303編成は、2002年三菱電機携帯電話D504iテレビCMに登場していた。

当初は2車体に1番号を付与していたが、1960年の運輸省の通達を受けて305+355から1車体1番号とし、既存の301 - 304についても1車体1番号に改番している[1]

運用[編集]

2011年現在、305編成のみが在籍する同形だが、運用は他形式と共通であり、4両編成で運転する場合は他形式と連結して運用に入っている。1000形の吊り掛け車や新500形とも連結が可能である。

脚注[編集]

  1. ^ 代田良春 『RM LIBRARY 94 江ノ電旧型連接車物語』 ネコ・パブリッシング、2007年、ISBN 978-4777052011