横山信治

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笑福亭 手遊しょうふくてい おもちゃ
本名 横山 信治(よこやま のぶはる)
生年月日 (1960-10-05) 1960年10月5日(57歳)
出身地 日本の旗 日本大阪府大阪市
師匠 6代目笑福亭松鶴
活動期間 1971年 - 1976年
活動内容 上方落語

横山 信治(よこやま のぶはる、1960年10月5日 - )は、実業家で、株式会社SBIモーゲージ株式会社 取締役執行役員常務。元芸人で笑福亭 手遊(しょうふくてい おもちゃ)の芸名を持っていた。

人物[編集]

大阪市生まれ。1971年10月、12歳で6代目笑福亭松鶴の門をたたき、同年少年落語家としてデビュー。当時のテレビ番組「23時ショー」で初舞台を踏んだ。

デビュー当初は天才落語家少年として持て囃されるものの、成長により「子供」という個性が埋没していった。その後中学卒業に伴い、大学受験を目指して進学校へと入学。そして、あっさりと落語家の道を諦め、1976年に廃業してしまった。

その後は順調に高校→大学と進学し、1982年、日本信販株式会社(後にUFJニコスを経て、現三菱UFJニコス)に入社。 2001年2月 ソフトバンクファイナンスに転職し、日本初のモーゲージバンク(証券化を資金調達手段とした住宅ローン貸出専門の金融機関)SBIモーゲージ(株)設立。 当初4人でスタートした会社を、従業員250名、店舗数191店舗の上場会社へ成長させる。

東証1部上場の金融グループにて役員、社長を経て、2014年4月独立。株式会社オフィス・フォー・ユー代表取締役  

エピソード[編集]

  • 6代目笑福亭松鶴は弟子入りを求む横山少年を見るや「今度親御さん連れておいで」とあっさり入門を許可した。その3年後には落語家を辞めることをこれまたあっさり許可した。上方落語でも最多の40人以上の弟子を取り、「来る者拒まず、去る者追わず」の精神に徹した松鶴らしいエピソードの一つでもある。
  • すぐ下の弟弟子に、笑福亭鶴瓶がいる。また、入門順によりその上下関係が決まる落語界において、鶴瓶は自分より10も年下の中学生を「兄さん」と呼ばねばならない状況が生じ、後年までこのことをネタにし続けた。そのため今でも「笑福亭手遊」と聞けば思い出す者は少なくない。

著書[編集]

  • 2010年10月「仕事に幸せを感じる働き方」(あさ出版)
  • 2012年11月「入社1年目から使える「評価される」技術」(かんき出版)
  • 2013年4月「一生食べていくのに困らない「人を味方にする」仕事術」(ぱる出版)
  • 2013年6月「上位20%に入れる人だけが一生成功する」(大和書房)
  • 2013年9月「リーダーの基本」(かんき出版)
  • 2014年2月「今は苦しくても、きっとうまくいく」(PHP研究所)
  • 2014年2月「やる気の伝え方」(徳間書店)
  • 2014年3月「100言ってもできないダメ部下を動かす上司の言葉」(KADOKAWZ/中経出版)
  • 2014年6月「めちゃめちゃ運がよくなる人づきあいの技術」(ぱる出版)
  • 2014年11月「戦わない生き方」(日本文芸社)
  • 2015年2月「40歳からは、小さなことにくよくよするな」(PHP研究所)
  • 2015年5月「ビジネスエリートは、」なぜ落語を聴くのか?」(日本能率協会マネージメントセンター)
  • 2015年7月「抜群に評価される人の教科書」(ぱる出版)

 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]