松本豊

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松本 豊
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 秋田県仙北郡角館町(現:仙北市
生年月日 (1963-04-14) 1963年4月14日(55歳)
身長
体重
182 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1985年 ドラフト外
初出場 1986年4月12日
最終出場 1992年9月13日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

松本 豊(まつもと ゆたか、1963年4月14日 - )は、秋田県出身のプロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

秋田経大附高時代は、1981年に春夏連続で甲子園に出場。春の選抜では丸亀商業高音重鎮のいた星稜高を降し準々決勝に進出するが、この大会に準優勝した印旛高佐藤文男投手と投げ合い、延長10回で敗退。夏の選手権ではエース竹下浩二を擁する興南高古溝克之のいた福島商業高を破り3回戦に進むが、志度商業高に延長10回サヨナラ負け。高校時代は「秋田の玉三郎」と言われたほどの美男子。

高校卒業後は、社会人野球住友金属に進む。石井毅をはじめ投手陣の層が厚く、なかなか大舞台は経験できなかったが、1983年都市対抗野球1回戦で東京鉄道管理局を相手にリリーフ登板。

1985年オフ、ドラフト外横浜大洋ホエールズに入団。

1987年には、先発投手陣の一角を占め7勝をあげる。同じ秋田県出身の強打者落合博満に強く、当時の横浜大洋ホエールズの投手コーチ稲川誠によれば、「真っすぐが速く、真っすぐで落合(中日)を抑えられたのは松本だけでした」[1]

1988年からは中継ぎ、抑えに回り活躍するが、1993年には一軍での登板がなく、同年限りで自由契約となる。

1994年から2年間、打撃投手を務める。

球界を退いた後、島根県松江市で学習塾「大塾」の西川津教室長をしている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1986 大洋 6 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 32 4.1 16 0 3 0 0 1 2 0 15 14 29.08 4.38
1987 31 16 5 1 0 7 9 1 -- .438 546 129.2 112 15 39 1 9 88 7 0 70 70 4.86 1.16
1988 43 7 1 0 1 2 3 3 -- .400 424 95.0 117 12 28 3 5 51 5 0 59 58 5.49 1.53
1989 48 4 0 0 0 1 5 5 -- .167 425 97.1 101 8 38 1 5 66 4 0 47 43 3.98 1.43
1990 38 2 0 0 0 3 3 0 -- .500 248 56.1 68 7 19 1 4 27 2 0 31 27 4.31 1.54
1991 28 0 0 0 0 5 0 1 -- 1.000 162 39.0 42 3 11 1 1 20 0 0 15 14 3.23 1.36
1992 30 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 183 42.2 51 3 8 2 0 23 0 0 22 15 3.16 1.38
通算:7年 224 29 6 1 1 18 20 10 -- .474 2020 464.1 507 48 146 9 24 276 20 0 259 241 4.67 1.41
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録[編集]

  • 初登板:1986年4月12日、対広島東洋カープ1回戦(横浜スタジアム)、9回表に4番手で救援登板・完了、1回2失点
  • 初奪三振:同上、9回表に北別府学から
  • 初先発:1987年6月17日、対読売ジャイアンツ11回戦(横浜スタジアム)、2回1/3を5失点で敗戦投手
  • 初勝利・初完投勝利:1987年7月12日、対中日ドラゴンズ14回戦(宮城球場)、9回3失点
  • 初完封勝利:1987年8月23日、対広島東洋カープ18回戦(横浜スタジアム)
  • 初セーブ:1987年10月14日、対広島東洋カープ24回戦(広島市民球場)、8回裏に2番手で救援登板・完了、2回無失点

背番号[編集]

  • 29 (1986年 - 1993年)
  • 94 (1994年 - 1995年)

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]