日高三岡駅
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| 日高三岡駅 | |
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ひだかみつおか Hidaka-Mitsuoka | |
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◄日高岩内 (4.7 km) (4.4 km) 日高町► | |
| 所在地 | 北海道沙流郡日高町字三岩 |
| 所属事業者 | 日本国有鉄道(国鉄) |
| 所属路線 | 富内線 |
| キロ程 | 78.1 km(鵡川起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 開業年月日 | 1964年(昭和39年)11月5日[1] |
| 廃止年月日 | 1986年(昭和61年)11月1日[2] |
| 備考 | 富内線廃線に伴い廃駅[1] |

日高三岡駅(ひだかみつおかえき)は、北海道(日高支庁)沙流郡日高町字三岩にかつて存在した、日本国有鉄道(国鉄)富内線の駅(廃駅)である[1]。事務管理コードは▲132314[3]。
歴史
[編集]- 1964年(昭和39年)11月5日 - 国有鉄道富内線振内駅 - 日高町駅間の延伸開通に伴い、開業[1][4]。旅客のみ取り扱い[1]の無人駅[5]。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 富内線の全線廃止に伴い、廃駅となる[2]。
駅名の由来
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
地名より。小海線三岡駅と区別するため旧国名の「日高」を冠した[6][7]。
当初この辺りの南側を三菜頃(サンナコロ)、北側を岡春部(オカシュンベ)と言い、その二集落の間に所在したため其々の頭文字から三岡、旧国名の「日高」を冠した。なお、三菜頃は後に更に南側の岩内と統合し三岩になり、岡春部は富岡になった。
駅構造
[編集]廃止時点で、1面1線の単式ホームを有する地上駅であった。ホームは、線路の東側(日高町方面に向かって右手側)に存在した。転轍機を持たない棒線駅となっていた[7]
開業時からの無人駅で駅舎は無かったが、ホーム北側出入口附近にホームに屋根が掛けられた形の待合所を有していた[7]。
駅周辺
[編集]山の中の駅であった[7]。
駅跡
[編集]2011年(平成23年)時点では熊笹が生い茂る雑草地となっており、はっきりした位置の特定が難しい状況となっていた[9]。
また、駅跡の日高町方の国道横にコンクリートで塞がれたトンネルの坑口、それに続いて擁壁、落石防止用フェンスが残存していた[9]。このトンネルは1999年(平成11年)時点では塞がれておらず、「トンネル事故感知センサー」の実験に使われていた[10]。
隣の駅
[編集]脚注
[編集]- ^ a b c d e 石野哲 編『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』(初版)JTB、1998年10月1日、866頁。ISBN 978-4-533-02980-6。全国書誌番号:99032190。
- ^ a b 「日本国有鉄道公示第109号」『官報』1986年10月14日。
- ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編「富内線 鵡川・日高町間」『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、229頁。doi:10.11501/1873236。全国書誌番号:67009669。2022年12月10日閲覧。
- ^ 「日本国有鉄道公示第527号」『官報』1964年10月31日。
- ^ 「通報 ●富内線振内・日高町間の開業について(営業局)」『鉄道公報』、日本国有鉄道総裁室文書課、1964年10月31日、6頁。
- ^ 「富内線」『北海道 駅名の起源』(1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、127頁。全国書誌番号:70018947。
- ^ a b c d e 宮脇俊三、原田勝正 編「富内線」『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』小学館、1983年7月、108頁。全国書誌番号:83046320。
- ^ a b 『北海道道路地図』(改訂版)地勢堂、1980年3月、11頁。全国書誌番号:21718699。
- ^ a b 本久公洋『北海道の鉄道廃線跡』北海道新聞社、2011年9月、92-94頁。ISBN 978-4-89453-612-8。全国書誌番号:21979519。
- ^ 宮脇俊三(編著)『鉄道廃線跡を歩くVII』JTBパブリッシング〈JTBキャンブックス〉、2000年1月、66頁。ISBN 4-533-03376-8。全国書誌番号:20027810。