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旅田卓宗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
旅田 卓宗
たびた たくそう
生年月日 (1945-04-04) 1945年4月4日(81歳)
出生地 日本の旗 日本 和歌山県和歌山市
出身校 和歌山県立和歌山工業高等学校卒業
前職 警察官(和歌山県警察)
所属政党 無所属
選挙区 和歌山市選挙区
当選回数 4回
在任期間 1974年 - 1979年
1983年 - 1986年
2026年 - 現職
当選回数 3回
在任期間 1971年 - 1974年
2003年 - 2006年
2007年 - 2010年
和歌山市の旗 第19 - 21代・23代 和歌山市長
当選回数 4回
在任期間 1986年 - 1995年
1999年1月 - 2002年7月4日
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旅田 卓宗(たびた たくそう、1945年〈昭和20年〉4月4日[1] - )は、日本の政治家、元警察官。和歌山県議会議員(4期)。和歌山市議会議員(3期)、和歌山市長(4期)を歴任した。

経歴

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生い立ち

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1945年4月4日、稲荷永一・花子の子として出生(4人兄弟の3人目)。幼名は卓三、1948年に両親が離婚し、母方の姓となる。

1964年、和歌山県立和歌山工業高等学校を卒業して和歌山県警察の巡査となる。1965年4月、和歌山県警察学校を首席卒業して海南警察署へ配属されたが、同年7月に警察官を辞職。小学校教員を目指したものの果たせず、同年12月に復職して白浜警察署へ配属された。

政界入り

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1969年10月、政治家を目指して再び警察官を辞職。1971年の統一地方選挙にあたっては、無所属で和歌山市議会議員選挙へ立候補し、26歳にして初当選を飾った。この直後、卓三から卓宗に改名。市議は1期目途中で辞職し、1974年2月の和歌山県議会議員補欠選挙へ立候補、2万6,386票を獲得して県議となった。以後、1979年の県議選で落選・1983年の県議選での返り咲きを挟んで、和歌山県議を通算3期務める。

和歌山市長に

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1986年の和歌山市長選挙で6期目を目指す現職の宇治田省三に挑む形で出馬、92,407票を得票し宇治田を破って初当選した。都道府県庁所在地の首長としては当時最年少の41歳であった。任期中の1993年4月15日から5月5日には浄化槽清掃区域割りを巡って、清掃業者が一斉にストライキを行うという事態に発展(和歌山市闘争)。この時は旅田自らがバキュームカーを運転して、浄化槽の清掃や屎尿汲み取りの作業を行った。また、1989年には自派の選挙運動員を含む60人を市職員に無試験採用したことにより公職選挙法違反で書類送検されたが(不起訴処分)、1990年の市長選では2期目となる当選を果たしている。しかし、1992年にも市の外郭団体で無試験採用した32人を事務職に配置換えしたことが発覚した。一方で環境美化関係の条例を全国に先駆けて成立させるなど新機軸を打ち出した市政運営を展開し、「アイデア市長」と称された[2]。1993年7月にはビジネス誌『THE21』(PHP研究所) による全国の市長を対象とした行政手腕やマネジメント力を評価したランキング企画「ザ・ベスト・オブ市長」において[3]、岩國哲人(第1位。島根県出雲市長。のち衆議院議員)、大野松茂(埼玉県狭山市長。のち衆議院議員、内閣官房副長官)、佐川一信(茨城県水戸市長)らとともにランクインし、独自の施策や先進的な改革を行っている市長として注目された。

県知事選・衆院選出馬から市長復帰

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1994年の市長選では任期途中での和歌山県知事選出馬を宣言しながらも立候補し、「任期途中での辞職を前提とした「腰掛け立候補」であり市長選を愚弄するもの」との批判と「任期途中での辞職を事前に民意に問うことになりむしろ正しく、別に問題はない」という反論を巻き起こし話題となった。この市長選では市内の浄土真宗本願寺派正光寺住職で元和歌山市議会議長の和田秀教元市議らを破って3期目の当選を果たした後、宣言どおり1995年の県知事選に出馬した。県単独事業として高速道路を新宮まで延伸させるというユニークな公約で注目を集めたものの、暴力団関係者との交流を攻撃され副知事だった西口勇に6万票以上の差をつけられ落選。加えて翌1996年には運動員が公職選挙法違反で逮捕され、旅田も5年間の県知事選出馬禁止処分を受けた。

その一方で、1996年10月20日に行われた第41回衆議院議員総選挙に和歌山県第1区から無所属で立候補し58,119票を獲得したが、中西啓介(新進党、66,428票)に惜敗。自らの後任市長だった尾崎吉弘が逮捕されたことから、1999年1月に行われた出直し市長選で返り咲き4回目の当選を果たした。 市長復帰を果たしたものの、2001年10月に石泉閣の若女将とのスキャンダルが写真週刊誌に報じられた。更に廃業した丸正百貨店を活用して仮称「公立和歌山創造大学」構想を打ち出したものの、2002年7月に市議会で関連議案が否決され[4]、直ちに「民意を問う」として辞職。その出直し選に打って出たものの、大橋正雄元県知事の長男で毎日新聞記者だった大橋建一に大敗した[5]。

逮捕・起訴と獄中立候補

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その後和歌浦の料理旅館・不老館を市が4億9,000万円で買い取る際、所有者である建設会社社長から現金300万円の賄賂を受け取った収賄容疑で2003年1月6日に逮捕。1月28日には起訴されたが、同年4月の市議選に拘置中ながら獄中立候補し、6,154票を獲得しトップ当選を果たす[6]。なおこの事件では、かつて市長選で争った和田(1999年4月、市議7選を果たすも、その後公職選挙法違反で逮捕・起訴され、2001年2月有罪判決が確定し辞職)も、贈賄側の建設会社社長(その後贈賄罪などで有罪確定)と共謀したとして同年1月8日に逮捕されたが、こちらは間もなく起訴猶予となった。和田も同年4月の市議選に無所属で立候補し、7位(4,320票)で8選を果たした。

同年7月、不老館事件の公判で「贈賄者は犯行日とされる日時に市庁舎を訪れていない」旨の一連の新証言を行った検察側重要証人への計4回の尋問が行われた。尋問終了後の7月28日に身柄移監先の和歌山西警察署において、2000年9月に石泉閣を和歌山市が迎賓館として月額140万円の賃料で約20年借りる契約を結び、先述の若女将(背任罪で有罪確定)らに賃料などの名目で計約4900万円を支払い市に損害を与えたとする背任容疑で再逮捕され、8月19日に再び起訴された。

2005年2月に777日ぶりに釈放され、同年7月に3人目の妻と離婚した。同年11月に和歌山地裁が収賄罪・背任罪により、懲役4年、追徴金300万円(求刑懲役6年、追徴金300万円)の実刑判決を下したため、大阪高等裁判所に控訴し、2006年7月から控訴審が始まった。同年7月30日に行われた市長選に立候補したが、宇治田省三元市長の長男宇治田栄蔵(自由民主党和歌山県議会議員、元県議会議長。市長選落選後の2007年、県議に再び立候補し当選)ら候補者乱立の中で下位に沈み、現職の大橋に大敗した。

2007年4月、和歌山市議会議員選挙に無所属で三たび立候補し、第2位(4,759票)で3選、旅田に代わり和田がトップ当選(4,825票、9選)を果たした。同年5月、民事訴訟で和歌山市への約2億5,450万円の返還を命じる判決が確定[7]。損害賠償金として議員報酬の差し押さえを受けた。また国民健康保険料や住民税を滞納していたため、これらについても差し押さえの対象となった。

失職・収監

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2010年2月22日、最高裁判所第三小法廷(堀籠幸男裁判長)は旅田の上告棄却を決定した[8]。旅田は同月25日、市議会厚生委員会を欠席し、大阪市内で担当弁護士と会い、今後について相談。収監後も獄中から無実を訴え、再審請求する方針を表明した。同月、1・2審の実刑判決が確定し、地方自治法・公職選挙法の規定により旅田は市議を自動的に失職した。公職にある者が在職中に収賄罪で実刑となった場合、公職選挙法の規定により刑期中と刑期終了後10年間は公民権停止(選挙権と被選挙権を失う)となったが、後援会や支持者などが「冤罪被害者 元和歌山市長 旅田卓宗氏を救う会」を結成し、引き続き旅田の活動を支援する体制を取った。

同年3月30日、旅田は和歌山地方検察庁に出頭し、大阪刑務所丸の内拘置支所(和歌山市)に収監された。出頭に際し「政治生命は絶たれた」と語り、政界から身を引く意向を表明した。しかし賄賂については「裁判で贈賄が行われたとされた日に元建設会社社長が来訪していないことを証明する市長来訪名簿のフロッピーデータがある」と主張して物的証拠の存在を示し、「1円も受け取っていない」となお冤罪と訴え[9][10]、「獄中から無実を訴えていきたい」と語った。贈賄罪で有罪が確定した元建設会社社長に対し、事実と違う供述をしたとして損害賠償を請求する民事裁判を起こすことも明らかにした。また背任に問われた石泉閣について「市議会の再三の議決に基づいて決定した事項は執行する義務がある」と再度主張。違憲判決であるとしてこちらについては憲法訴訟を起こす意向を明らかにした。同年5月28日、加古川刑務所に移送、収監された。刑期中は病棟に収容された受刑者の世話をする仕事に就いた後に洗濯係の仕事へと就き[11]、獄中から「旅田卓宗氏を救う会」関係者に手紙を出し、関係者によりブログ「旅田卓宗の獄中日記」の執筆などを行った。獄中でも無実を訴えていたことから仮釈放は認められなかったという。

出所・公民権回復

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2013年2月23日、加古川刑務所から満期出所(未決勾留日数算入)[12]、和歌山市に戻った。和歌山市内の「和歌山新吉宗劇場」支配人としての仕事の傍ら、再審請求の準備、「旅田卓宗氏を救う会」の活動、ブログの執筆、ツイッターでの発言などを行っている。2015年には和歌山市内にカラオケ喫茶を開店し[13]、客を相手に人生相談に乗っているという[14]。

2023年2月23日に公民権を回復。同年6月20日に自身のFacebookにて3年後の和歌山市長選に立候補することを表明し[15]、同年9月からは政治活動を再開して和歌山市内の街頭にて連日辻立ちを行った[16][11]。その後2026年2月28日には毎日新聞の取材に対して任期満了に伴う8月2日告示・9日投開票予定の和歌山市長選[17]に無所属で出馬すると明らかにし[18]、3月11日の記者会見にて無所属での立候補を正式表明した[19]。その後8月2日の告示を経て[20]9日の投開票の結果、14,039票を獲得したが、6人中4位となり、尾崎太郎元県議会議員(尾崎吉弘の息子)に敗れて落選した[21][22]。落選後の報道陣の取材に対しては「やり切った。悔いはない。政治活動を続ける考えはない」と語った[23]が、8月11日の自身のFacebookやInstagramにて一部支援者から9月13日投開票の和歌山県議補欠選挙か2027年4月の統一地方選挙和歌山市議選に出て欲しいとの声が上がったことを明らかにし[24]、8月15日、県議補選出馬の意向を示した[25]。19日、記者会見にて立候補を正式に表明した[26]。なお同日、市長選の供託金100万円について、和歌山地裁から差し押さえ命令を受けた、と明らかにした。市などによると、市長選における旅田の得票は供託金没収点を上回っていた[27]が、上述の損害賠償金約2億3,520万円(遅延損害金を含めると約5億円)が市に支払われておらず[28]、旅田に対して市が保有する債権に基づいて和歌山地裁に差し押さえを申し立てたという。これを受け地裁は差し押さえを命じ、旅田は「借りて作ったお金だが、私の名義である以上、差し押さえの対象になってしまった[29]」「裁判所に文句を言いに行った[30][31]」などと話した。

9月4日、和歌山市選挙区における県議補選(欠員3)に無所属で立候補[32]。同月13日の投開票の結果、13,059票を獲得し、候補者6人中第3位で4選[33][34]。40年ぶりに県議会に復帰した[35]。前述の公民権停止によって事実上政治生命は絶たれた状況とされていたが、和歌山市議を失職した2010年3月以来約16年半ぶりの公職復帰となった[36]。県議の報酬についても差し押さえられる可能性があるが、旅田によれば「給与などには法律上差し押さえが禁止される範囲があり、一部は手元に残る、との地裁書記官の見解があった」という[37][38]。

政歴

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政党に所属したことはなく、一貫して無所属で活動している。保守系・革新系の区別も名乗っていない。

  • 1971年5月 - 統一地方選挙和歌山市議会議員選挙に無所属で立候補し初当選
  • 1974年2月 - 和歌山県議会議員補欠選挙に無所属で立候補し初当選
  • 1975年4月 - 統一地方選挙和歌山県議会議員選挙に無所属で立候補し再選 
  • 1979年4月 - 統一地方選挙和歌山県議会議員選挙に無所属で立候補し落選
  • 1983年4月 - 統一地方選挙和歌山県議会議員選挙に無所属で立候補し3選
  • 1986年6月 - 和歌山市長選挙に無所属で立候補し初当選
  • 1990年6月 - 和歌山市長選挙に無所属で立候補し再選
  • 1994年6月 - 和歌山市長選挙に無所属で立候補し3選
  • 1995年11月 - 和歌山県知事選挙に無所属で立候補し次点落選
  • 1996年10月 - 第41回衆議院議員総選挙に和歌山県第1区からに無所属で立候補し次点落選
  • 1999年1月 - 出直し和歌山市長選挙に無所属で立候補し4選
  • 2002年7月 - 市長辞職
  • 2002年8月 - 出直し和歌山市長選挙に無所属で立候補し落選
  • 2003年4月 - 統一地方選挙和歌山市議会議員選挙に無所属で立候補し再選 
  • 2006年7月 - 和歌山市長選挙に無所属で立候補し落選
  • 2007年4月 - 統一地方選挙和歌山市議会議員選挙に無所属で立候補し3選
  • 2010年3月 - 市議失職
  • 2026年8月 - 和歌山市長選挙に無所属で立候補し落選
  • 2026年9月 - 和歌山県議会議員補欠選挙に無所属で立候補し4選

著書

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脚注

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  1. ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、317頁。
  2. ↑ “「落伍してもやり直せる」旅田卓宗氏 最年少市長、逮捕、獄中トップ当選…43年ぶり県議”. 産経新聞(奥原慎平). 2026年9月14日. 2026年9月15日閲覧.
  3. ↑ 『THE21』1993年7月号(PHP研究所、第10巻第7号、通号104)に特集記事掲載。
  4. ↑ 旅田卓宗「【人物 敗軍の将、兵を語る 旅田卓宗氏(前和歌山市長) 】大学設立の願い議会に届かず」『日経ビジネス』1152号 109~112頁 2002年7月29日 株式会社日経BP
  5. ↑ “和歌山市長選挙で落選した旅田卓宗氏、立候補の供託金を没収されない得票数に達したのに…「100万円が差し押さえ」”. 読売新聞. 2026年8月21日. 2026年9月7日閲覧.「2002年8月の市長選で破れた際には、「市民へのご恩返しに」と清掃ボランティアを続けた」とある。
  6. ↑ “和歌山市議にトップ当選/獄中の旅田被告、贈賄側も”. 四国新聞. 2003年4月28日.
  7. ↑ “収賄・背任で服役、損賠訴訟で差し押さえ…波乱万丈の81歳元和歌山市長・旅田卓宗氏、和歌山県議に”. 産経新聞. 2026年9月13日. 2026年9月14日閲覧.
  8. ↑ “元和歌山市長、実刑確定へ 収賄・背任罪”. 日本経済新聞. 2010年2月25日.
  9. ↑ “和歌山市長 汚職事件(前編) 旅田卓宗さん「拘置所では幻覚を見たり、体がけいれんしたりも」声を放つ 当事者の証言”. 日刊ゲンダイ. 2023年4月7日.
  10. ↑ “和歌山市長 汚職事件(後編) 旅田卓宗さん 獄中出馬した市議選でトップ当選「信じてくれる人がいたと思え、うれしかった」声を放つ 当事者の証言”. 日刊ゲンダイ. 2023年4月14日.
  11. 1 2 “服役も経験した元警察官の名物市長、決して忘れない「獄中での屈辱」 80歳を前に政治活動を再開した理由”. 弁護士ドットコムニュース. 2024年7月21日.
  12. ↑ “旅田・前和歌山市長:刑期を終え出所 /和歌山”. 毎日新聞. 2013年2月25日.
  13. ↑ “波瀾万丈の果てにカラオケ店長 旅田・元和歌山市長の今”. 朝日新聞. 2017年10月18日.
  14. ↑ “【関西の議論】元カリスマ市長・旅田さん、今はカラオケ喫茶で悩み相談…波瀾万丈の人生の末に”. 産経新聞. 2018年1月5日.
  15. ↑ “◎僕は3年後、自民党の候補に挑戦し市長選に出馬する。”. 旅田卓宗公式Facebook (2023年6月20日). 2023年10月1日閲覧。
  16. ↑ “現場から 「悪名」旅田卓宗氏は再び街頭に 記者が見た81歳への応援と拒否感”. 朝日新聞(白木琢歩). 2026年8月9日. 2026年9月7日閲覧.
  17. ↑ “和歌山・尾花正啓市長が退任へ 次期市長選は8月2日告示”. 朝日新聞. 2026年3月3日.
  18. ↑ “和歌山市長選 元職の旅田卓宗氏出馬へ 「獄中」から市議トップ当選”. 毎日新聞. 2026年2月28日.
  19. ↑ “元職の旅田卓宗氏出馬 和歌山市長選に出馬表明”. わかやま新報. 2026年3月12日.
  20. ↑ “和歌山市長選、新人5人と元市長の計6人による争いが確定…現職はがん公表し不出馬表明”. 讀賣新聞. 2026年8月2日.
  21. ↑ “和歌山市長選、元県議の尾崎太郎氏が初当選 元職の旅田氏敗れる”. 毎日新聞 (2026年8月9日). 2026年8月10日閲覧。
  22. ↑ “和歌山市長選挙”. 選挙ドットコム. 2026年8月10日閲覧。
  23. ↑ “【開票ライブ】和歌山市長選、尾崎氏が初当選 保守分裂の混戦を制す”. 朝日新聞 (2026年8月9日). 2026年8月9日閲覧。
  24. ↑ “旅田卓宗の政治漫談・人生漫談浪漫亭”. 旅田卓宗公式Facebook (2026年8月11日). 2026年8月11日閲覧。
  25. ↑ 旅田卓宗 [@tabita.takuso] (2026年8月15日). “生涯チャレンジャー!の僕も目標を失うと心の中にポッカリ大きな空洞が出来てしまい悶々とした数日を過ごした。”. Instagramより2026年8月20日閲覧.
  26. ↑ “【県議補選和歌山市】元和歌山市長・旅田氏出馬表明”. WBS和歌山放送ニュース (2026年8月19日). 2026年8月20日閲覧。
  27. ↑ “和歌山市長選挙で落選した旅田卓宗氏、立候補の供託金を没収されない得票数に達したのに…「100万円が差し押さえ」”. 読売新聞. 2026年8月21日. 2026年9月7日閲覧.
  28. ↑ “元和歌山市長の旅田卓宗氏、県議補選で43年ぶり返り咲き当選”. 朝日新聞(白木琢歩). 2026年9月13日. 2026年9月14日閲覧.
  29. ↑ “和歌山市長選落選の元市長・旅田卓宗氏の供託金100万円を差し押さえ 賠償金未払いで”. 産経新聞. 2026年8月20日. 2026年8月20日閲覧.
  30. ↑ “43年ぶり県議当選も議員報酬は「差し押さえ」危機 刑務所を出た元和歌山市長の波乱万丈(1)”. AERA DIGITAL(今西憲之). 2026年9月16日. 2026年9月19日閲覧.
  31. ↑ “43年ぶり県議当選も議員報酬は「差し押さえ」危機 刑務所を出た元和歌山市長の波乱万丈(2)”. AERA DIGITAL(今西憲之). 2026年9月16日. 2026年9月19日閲覧.
  32. ↑ “県都の県議補選、欠員3人に6人が立候補…9月13日に投開票”. 読売新聞. 2026年9月5日. 2026年9月7日閲覧.
  33. ↑ 開票結果【午後10時50分確定】和歌山県議会議員補欠選挙 開票状況2026年9月13日 和歌山市選挙管理委員会事務局
  34. ↑ “和歌山県議補選、元和歌山市長の旅田卓宗氏が当選…16年前に市長時代の収賄・背任の罪で有罪判決確定”. 読売新聞. 2026年9月14日. 2026年9月14日閲覧.
  35. ↑ “元和歌山市長の旅田卓宗氏、異例の40年ぶり返り咲き 県議補選”. 毎日新聞. 2026年9月13日. 2026年9月14日閲覧.
  36. ↑ “収賄・背任で服役、損賠訴訟で差し押さえ…波乱万丈の81歳元和歌山市長・旅田卓宗氏、和歌山県議に”. 産経新聞. 2026年9月13日. 2026年9月14日閲覧.
  37. ↑ “43年ぶり県議当選も議員報酬は「差し押さえ」危機 刑務所を出た元和歌山市長の波乱万丈(1)”. AERA DIGITAL(今西憲之). 2026年9月16日. 2026年9月19日閲覧.
  38. ↑ “43年ぶり県議当選も議員報酬は「差し押さえ」危機 刑務所を出た元和歌山市長の波乱万丈(2)”. AERA DIGITAL(今西憲之). 2026年9月16日. 2026年9月19日閲覧.

関連項目

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外部リンク

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