平出和也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

平出 和也(ひらいで かずや、1979年5月25日 - )は、長野県諏訪郡富士見町出身のアルパインクライマー、山岳カメラマン

人物[編集]

ICI石井スポーツ所属(登山本店勤務)

経歴[編集]

  • 高校時代は陸上部。訓練のため、赤岳など日本の山を陸上スタイルで走って登っていた。 東海大学に進学。
  • 競歩の選手として陸上部所属、全国大会で10位。その後、高校時代の訓練のため行った登山をやってみようと思い立ち、山岳部に入部。
  • 2008年 同じICI石井スポーツ所属のプロ登山家竹内洋岳からの誘いで8,000m峰のガッシャブルムⅡ峰とブロードピークに登頂。竹内は彼に声をかけた理由として「映像などの記録を残したい」「何かあったときの為に身近な人がいてほしい(連絡等が円滑になる)」「強い。自分がだめになっても登山を続行できる」ことを挙げている。
  • 2009年インドカメット峰 (7756m) 未踏の南東壁登攀によって、パートナー谷口けいと共に「第17回ピオレドール賞」を日本人として初受賞。
    山岳スキー競技選手権アジア選手権団体リレー優勝、個人バーチカル5位、個人総合4位。
  • 2009年読売新聞日本スポーツ賞受賞。
  • 2010年 テレビ番組、「情熱大陸」の取材を受けたサバイバル登山家の服部文祥が同行取材の条件として「絶対に足手まといにならないカメラマン」を指名したため抜擢される。 収録中に服部が滑落事故を起こし肋骨を3本折る重傷を負ったが、平出により救助された。この後服部氏は愛をこめて「彼じゃなかったら務まらなかった」と講演会等で発言している。
  • 2013年 三浦雄一郎氏の80歳でのEverest登頂を撮影
  • 2014日本百名山一筆書き 田中 陽希氏に同行撮影
  • 2015日本二百名山一筆書き 田中 陽希氏に同行撮影
  • 平成27年度 秩父宮記念山岳賞 受賞

ヘリ救援隊死亡事故[編集]

  • 2010年 2010年11月7日 平出およびディビット・ゲットラー(David Göttler)は、ヒマラヤ山脈のアマ・ダブラムに遠征中、未踏ルートにこだわり北西壁新ルートを進んだ。その後下降した二人は切立った山肌で身動きが取れなくなり、ヘリで下るのも一つの方法と平出が案を出し、携帯にて救援要請。その要請を受け、Fishtail Air社の山岳救助のヘリコプターが出発。ヘリはまずゲットラーを救出、さらに平出の救出に向かった。しかし、聳え立つ巨大な6300mの氷壁でヘリはクラッシュを起こして墜落。救援隊の二名、パイロットのSabin Basnyat(34歳)および 技術者のPurna Awale(34歳)が死亡。ネパール軍はこの時点で現場の危険度を顧み、救助ヘリを出すことを拒否。その後、死亡したパイロットの友人にあたるパイロットが、Fishtail Air社のヘリで平出を救出。
  • この事故においては登山客は救出されたものの、救援隊員二名が妻子を残して死ぬ結果になった。死亡した救援隊員は過去にスイスで山岳救助の訓練を受けていた。スイス国営放送は彼らの死を悼んで番組を作成。救援隊員の訓練当時の姿、事故後に嘆き悲しむ家族たち、葬式の模様が報道された。[1]

主な世界登山歴[編集]

  • 2001年
  • 2003年
  • 2004年
    • 7月スパンティーク(別名ゴールデンピーク、パキスタン、7027m)新ルート登頂。
    • 8月ライラピーク(パキスタン、6200m)新ルート登頂。
    • 8月ドルクンムスターグ(中国新疆ウイグル自治区、6355m)初登頂。
  • 2005年
    • 8月ムスターグアタ(中国新疆ウイグル自治区、7564m)東稜より登頂、山頂からスキー滑降。パートナーは谷口ケイ
    • 10月シブリン(インド、6543m)新ルート登頂。パートナーは谷口ケイ
  • 2006年
    • 6月 K2(パキスタン・中国チベット自治区)のベースキャンプへ自転車での挑戦、チベット横断。
  • 2007年
    • 7月シスパーレ(パキスタン、7611m)北東壁試登。
  • 2008年
  • 2009年
    • 7月ガッシャーブルムI峰(パキスタン、8068m)サポート兼カメラマンとして登頂。チームを組んだベイカー・グスタフソンは、この登頂にて8000メートル峰14座完登。
    • 10月 ガウリシャンカール (7134m) 途中断念 パートナーは谷口ケイ
  • 2011年
    • 5月 エベレスト(8848m)南東稜ルート登頂。 アドベンチャーガイズ隊のTV撮影隊として参加
    • 11月 ナムナニ(グルマランダータ)峰(7694m) 南壁ルート初登攀 南峰から主峰、北西面へ初縦走。パートナーは谷口ケイ。
  • 2012年
    • 8月 ハン・テングリ(7010m)登頂。NHKグレートサミットのTV撮影 パートナーは三戸呂拓也、アレキサンダー・クデリゲ。
    • 10月 シスパーレ 南西壁。敗退。
  • 2013年
    • 5月エベレスト 南東稜ルートで2度目の登頂。三浦雄一郎の世界最高齢での登頂のサポートおよび撮影スタッフとして参加
    • 7月 ディラン(7266m)西稜より登頂。 パートナーは谷口ケイ
    • 8月 シスパーレ 南西壁。敗退。パートナーは谷口ケイ
  • 2014
    • 5月エベレスト(8848m)Hero Project アメリカ隊撮影
    • 10月カカボラジ( 5881m)NHKスペシャル撮影 北陵より挑戦
  • 2015
    • 5月エベレスト(8848m)Hero Project アメリカ隊撮影
    • 10月 アピ峰(7132m)北面ルート登頂。パートナーは中島健郎、三戸呂拓也。
  • 2016
    • エベレスト(8848m)Hero Project アメリカ隊撮影

脚注[編集]

外部リンク[編集]

  1. ^ ヘリ墜落事故に関する記録番組 "Die Bergretter im Himalaya (1/3) - Dokumentation" http://www.youtube.com/watch?v=EBJ6IKbNe1w なお、パイロットであったSabin Basnyatには、2011年3月に国際ヘリコプター協会(Helicopter Association International = HAI)からEurocopter Golden Hour Award という賞が送られ、山岳救助に貢献した栄誉がたたえられた。 この墜落事故についての英文記事 "Accidents in the Himalaya and helicopter rescues"