平出和也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
平出 和也
(ひらいで かずや)
生誕 1979年5月25日(37歳)
長野県諏訪郡富士見町
国籍 日本の旗 日本
出身校 東海大学
職業 山岳ガイド、山岳カメラマン
著名な実績 8000メートル峰5座登頂
身長 169 cm (5 ft 7 in)
受賞

日本スポーツ賞(2001)
第17回ピオレドール賞(2009)
日本スポーツ賞(2009)

第17回秩父宮記念山岳賞(2015)

平出 和也(ひらいで かずや、1979年5月25日 - )は、長野県諏訪郡富士見町出身のアルパインクライマー、山岳カメラマン。

概要[編集]

1979年5月25日長野県諏訪郡富士見町生まれ。

小中学校では剣道に打ち込み、長野県3位となった記録を持つ。

1995年4月、東海大学第三高等学校に入学。陸上部に所属し競歩の選手として活躍、全国大会で6位入賞。高校時代は訓練のため赤岳など日本の山を陸上スタイルで走って登っていた。

1998年4月、東海大学入学。高校時代に引き続き1,2年時は陸上部で競歩に取り組み、日本選手権10位。3年時より陸上部を離れ、山岳部に所属。2年後にはヒマラヤ遠征に加わる。

2001年、未踏峰クーラカンリ東峰(7,381m)に初登頂を果たし、日本スポーツ賞を受賞した。

2008年7月、同じICI石井スポーツ所属のプロ登山家竹内洋岳からの誘いで8,000m峰ガッシャーブルムⅡ峰ブロードピークにサポート兼カメラマンとして参加、連続登頂に成功。

2008年10月のカメット峰(7,756m/インド)南東壁未踏ルート初登攀の功績によって、パートナー谷口けいと共に「第17回ピオレドール賞」を日本人として初受賞[1]。同功績により日本スポーツ賞も受賞。山岳スキー競技選手権アジア選手権団体リレー優勝、個人バーチカル5位、個人総合4位。

2013年5月、ミウラエベレスト2013隊に参画し、三浦雄一郎の80歳でのエベレスト登頂を撮影[2][3]

2014年、NHKテレビ番組「グレートトラバース」で日本百名山一筆書きに挑戦した田中陽希に撮影スタッフとして同行。翌年、続編の日本二百名山一筆書きにも撮影スタッフとして同行。

2015年12月、世界的な山岳登攀と独自の技法による撮影実績が讃えられ、第17回秩父宮記念山岳賞受賞。

ICI石井スポーツ所属(登山本店勤務)。

エピソード[編集]

  • 2008年7月、竹内洋岳の14Projectの1つであるガッシャーブルムⅡ峰ブロードピークの連続登攀に、サポート兼カメラマンとして同行、連続登頂に成功した。竹内は彼に声をかけた理由として「映像などの記録を残したい」「何かあったときの為に身近な人がいてほしい(連絡等が円滑になる)」「強い。自分がだめになっても登山を続行できる」ことを挙げた。
  • 2010年10月、TBS系番組「情熱大陸」の取材を受けたサバイバル登山家の服部文祥が、同行取材の条件として「絶対に足手まといにならないカメラマン」を指名したため平出和也が抜擢される。収録中に服部が滑落事故を起こし肋骨を3本折る重傷を負ったが、平出により救助された。のちに服部氏は愛をこめて「彼じゃなかったら務まらなかった」と講演会等で発言している。[4]
  • 2010年11月7日、平出和也およびディビット・ゲットラー(David Göttler)は、ヒマラヤ山脈のアマ・ダブラムに遠征中、未踏ルートにこだわり北西壁新ルートを進んだ。その後下降した二人は切立った山肌で身動きが取れなくなり、ヘリで下るのも一つの方法と平出が案を出し、携帯にて救援要請。その要請を受け、Fishtail Air社の山岳救助のヘリコプターが出発。ヘリはまずゲットラーを救出、さらに平出の救出に向かった。しかし、聳え立つ巨大な6300mの氷壁でヘリはクラッシュを起こして墜落。救援隊の二名、パイロットのSabin Basnyat(34歳)および 技術者のPurna Awale(34歳)が死亡。ネパール軍はこの時点で現場の危険度を顧み、救助ヘリを出すことを拒否。その後、死亡したパイロットの友人にあたるパイロットが、Fishtail Air社のヘリで平出を救出。この事故においては登山客は救出されたものの、救援隊員二名が妻子を残して死ぬ結果になった。死亡した救援隊員は過去にスイスで山岳救助の訓練を受けていた。スイス国営放送は彼らの死を悼んで番組を作成。救援隊員の訓練当時の姿、事故後に嘆き悲しむ家族たち、葬式の模様が報道された。[5][1]

経歴[編集]

  • 1979年5月25日 - 長野県諏訪郡富士見町に生まれる。
  • 1995年4月1日 - 東海大学第三高等学校入学。
  • 1998年4月1日 - 東海大学入学。
  • 2001年4月 - クーラカンリ[東峰](未踏峰/7,381m/中国チベット自治区)初登頂。この功績により日本スポーツ賞を受賞。
  • 2001年9月24日 - チョ・オユー(8,201m/中国チベット自治区)無酸素登頂、山頂からスキー滑降。
  • 2003年7月 - キンヤンキッシュ[西稜](7,852m/パキスタン)試登。
  • 2004年7月 - スパンティーク(別名:ゴールデンピーク)[北西稜](未踏ルート/7,027m/パキスタン)初登頂。(平出和也,谷口けい)。
  • 2004年8月 - ライラピーク[東壁](未踏ルート/6,200m/パキスタン)初登頂。(平出和也,谷口けい)。
  • 2004年8月 - ドルクンムスターグ(未踏峰/6,355m/中国新疆ウイグル自治区)初登頂。
  • 2005年8月 - ムスターグアタ[東稜](7,564m/中国新疆ウイグル自治区)登頂。山頂からスキー滑降。(平出和也,谷口けい)。
  • 2005年10月 - シブリン(未踏ルート/6,543m/インド)初登攀。(平出和也,谷口けい)。
  • 2006年6月 - K2(パキスタン・中国チベット自治区)のベースキャンプへ自転車での挑戦、チベット横断。
  • 2007年7月 - シスパーレ[北東壁](7,611m/パキスタン)試登。
  • 2008年7月8日 - ガッシャーブルムII峰(8,035m/パキスタン)登頂。(Amical German G-II Expedition 2008:竹内洋岳,平出和也,Gustafsson Eero Veikka Juhani)
  • 2008年7月31日 - ブロードピーク(8,047m/パキスタン)登頂。(France Broad Peak Expedition 2008:竹内洋岳,平出和也,Eun Sun Oh,Gustafsson Eero Veikka Juhani,Nardi Daniele,Mario Penzari)
  • 2008年10月 - カメット峰[南東壁]](未踏ルート/7,756m/インド)初登攀。(平出和也,谷口けい)。この功績により第17回ピオレドール賞、及び日本スポーツ賞を受賞。
  • 2009年7月26日 - ガッシャーブルムI峰(8,068m/パキスタン)サポート兼カメラマンとして登頂。チームを組んだベイカー・グスタフソンは、この登頂にて8000メートル峰14座完登。
  • 2009年10月 - ガウリシャンカール(7,134m/ネパール)途中断念。(平出和也,谷口けい)。
  • 2011年5月26日 - エベレスト[南東稜](8,848m/ネパール)登頂。アドベンチャーガイズ隊のTV撮影隊として参加。
  • 2011年11月 - ナムナニ(グルマランダータ)峰[南壁](未踏ルート/7,694m/チベット)初登攀。南峰から主峰、北西面へ初縦走。(平出和也,谷口ケイ)。
  • 2012年8月 - ハン・テングリ(7,010m/カザフスタン)登頂。(NHKグレートサミットTV撮影隊:平出和也,三戸呂拓也,アレキサンダー・クデリゲ)。
  • 2012年10月 - シスパーレ[南西壁]5,750mにて敗退。(平出和也,三戸呂拓也)
  • 2013年5月23日 - エベレスト[南東稜](8,848m/ネパール)サポートおよび撮影スタッフとして登頂。(ミウラエベレスト2013隊:三浦雄一郎,三浦豪太,倉岡裕之,平出和也)。このとき同時登頂した三浦雄一郎はエベレスト登頂世界最高齢記録更新(80歳223日)。[6][2][3]
  • 2013年7月 - ディラン[西稜](7,266m)登頂。(平出和也,谷口けい)。
  • 2013年8月 - シスパーレ[南西壁]敗退。(平出和也,谷口けい)。
  • 2014年5月 - エベレスト(8,848m)Hero Project アメリカ隊撮影。
  • 2014年10月 - カカボラジ[北稜](5,881m/ミャンマー)NHKスペシャル撮影。天候不良により撤退。[7]
  • 2015年5月 - エベレスト(8,848m)Hero Project アメリカ隊撮影。
  • 2015年10月29日 - アピ(7,132m/ネパール)登頂。(JAPAN API EXPEDITION TEAM:平出和也,中島健郎,三戸呂拓也)[8]
  • 2015年12月5日 - 第17回秩父宮記念山岳賞受賞。世界的な山岳登攀と独自の技法による撮影実績が讃えられた。
  • 2016年5月19日 - エベレスト[北稜](8,848m/チベット)カメラマンとして登頂。(Hero Project アメリカ隊:平出和也他)
  • 2016年9月21日 - ルンポカンリ[北壁](7,095m/チベット)登頂。北東稜を下降し縦走。(平出和也,中島健郎)

TV出演[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b Faust Adventurers Guild. “Hiraide Kazuya”. 2016年6月6日閲覧。
  2. ^ a b 週刊アスキー. “ヒマラヤでは軽量化とバッテリー温存がキモ!最強山岳カメラマンのドローン活用術”. 2016年6月6日閲覧。
  3. ^ a b Miura Everest 2013. “プロジェクト”. 2016年6月6日閲覧。
  4. ^ a b 毎日放送. “情熱大陸 服部文祥”. 2016年6月6日閲覧。
  5. ^ ヘリ墜落事故に関する記録番組 "Die Bergretter im Himalaya (1/3) - Dokumentation" http://www.youtube.com/watch?v=EBJ6IKbNe1w なお、パイロットであったSabin Basnyatには、2011年3月に国際ヘリコプター協会(Helicopter Association International = HAI)からEurocopter Golden Hour Award という賞が送られ、山岳救助に貢献した栄誉がたたえられた。この墜落事故についての英文記事 "Accidents in the Himalaya and helicopter rescues"
  6. ^ World Record Academy. “Oldest person to climb Everest: Yuichiro Miura breaks Guinness world record”. 2013年11月10日閲覧。
  7. ^ a b NHK. “NHKスペシャル 幻の山カカボラジ~アジア最後の秘境を行く~”. 2016年6月6日閲覧。
  8. ^ ICI石井スポーツ. “JAPAN API EXPEDITION 2015 動画公開”. 2016年6月6日閲覧。
  9. ^ NHK. “経済フロントライン未来人のコトバ”. 2016年6月6日閲覧。

外部リンク[編集]