怕尼芝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
帕尼芝から転送)
Jump to navigation Jump to search
 帕尼芝
琉球国北山王
在位 1322年? - 1395年?
全名 帕尼芝
居城 今帰仁城
出生
死去 1395年
王世子
王朝 帕尼芝王統
父親 湧川按司二世
テンプレートを表示

帕尼芝(はにじ)は、14世紀琉球、後北山王国(後山北王国)の初代国王である。

沖縄で最初に実在したとされる王国英祖王統を建国した初代王英祖の次男・湧川王子の長男である湧川按司一世の孫とされ、父は湧川按司の次男・湧川按司二世。親川城を拠点に沖縄本島北部の羽地(現在の名護市北西部)に勢力を築き、兼次(はにし)按司と称した。名の帕尼芝は、羽地の当て字と考えられている。「おもろさうし」によれば、1322年に父・湧川按司二世の兄で今帰仁城を統治していた今帰仁按司一世の長男・仲昔今帰仁按司(丘春)の長男で帕尼芝にとっては従兄弟の子に当たる今帰仁仲宗根若按司を破り、自ら北山王(後北山王)を自称し北山王国帕尼芝王統)を建国し、以後は今帰仁城を本拠とした。

明実録では1383年1月、永楽帝が琉球諸王国間の停戦の奉勅を下し、あわせて朝貢を命じた。これに応じて同年12月に進貢する。以後、1384年1385年1388年に2回、1390年の朝貢の記録がある。1385年には駝紐鍍金印を下賜されている。

文献では帕尼芝の在位は1322年から1392年もしくは1395年まで70年以上に渡るとされ、実際は親子数代で同じ名を使っていたのではと考察されている。名の由来が羽地按司であれば、その称号を使い続けたと考えられる。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

沖縄大百科事典、沖縄タイムス、1983年