大都技研

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株式会社大都技研
DAITO GIKEN, INC.
種類 株式会社
略称 大都
本社所在地 104-0031
東京都中央区京橋3丁目1番1号 東京スクエアガーデン
業種 機械
事業内容 遊技機(パチンコ・パチスロ)の企画開発・設計・製造・販売、家庭用ゲームソフトの企画開発・販売、音楽CDの企画・販売、キャラクター商品の企画・販売
代表者 代表取締役社長 木原海俊
資本金 8,400万円
売上高 93億円(平成21年3月)
従業員数 426名
主要子会社 大都販売株式会社、株式会社大都製作所、株式会社ダイト、株式会社ダイトテクス、株式会社大都エンタープライズ、大王電子株式会社
外部リンク www.daitogiken.com
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株式会社大都技研(だいとぎけん)は、日本のパチンコパチスロ機メーカー。旧社名はエーアイ

歴史[編集]

エーアイ時代[編集]

1980年(昭和55年)にエース電研販売として設立(現存するパチンコメーカーのエース電研とは別会社。ちなみに、エース電研は支社がフランチャイズ制で、本社との資本関係を持たない)。1982年に社名をエーアイに変更した。

エーアイはパチスロ機とパチスロ周辺機器(コインサンドなど)のメーカーであった。パチスロ第1弾は1号機の『ベルアルファ』(1986年)であるが、ファンにエーアイの名前が広く知られるようになったのは2号機以降である。

2号機の第1弾『ロックンロール』(1989年)はパチスロで初めてプラスチック製の筐体(色)を使用していた。内部仕様がユニバーサル販売(現:ユニバーサルエンターテインメント)の『リバティーベルIII』と同じであったといわれているが、実はガセネタで、ボーナス抽選方式は全くの別物(意図的な偏りを発生させる事は不可能な完全確率抽選)。第2弾の『サファリラリー』(1990年)では、『ロックンロール』の筐体ではなくオリンピアの筐体を採用し、リール絵柄にバッテリーレギュラーボーナス)や、ライトハンドルなどを採用し、ユニークであった。これらは、自社生産や自社開発が出来ないことに起因する。

3号機第1弾の『ハンター』(1991年)は、ゾウライオンワシなどのリール絵柄を採用した。しかし、公表のリーチ目が存在しないという通常では考えられない仕様(通常ゲームで常にランダムなスベリがある。1号機以前ではこういった機種も多かったが、2号機以降では稀である)であり、ノーマルでは人気が出ることはなかった。筐体もオリンピアのものから独自のものになった。この筐体は後にバークレスト(現:ロデオ)が採用している。第2弾の『グレートハンター』(1992年)は『ハンター』の進化版で、リール絵柄・配置・筐体などは同一。相違点は、レギュラーボーナスの獲得枚数が50枚程度と他の3号機(90枚)より少なく、その分ビッグボーナスの確率が上げられた仕様であった。

4号機第1弾の『ウイリーチャンプ』(1994年)ではオリンピアの筐体に戻った。A-Cタイプで、ビッグボーナス・レギュラーボーナスとシングルボーナスの集中の3つの役が入り乱れるゲーム性であった。その後『スパンキーII』(1995年)ではAタイプに戻り、エーアイ時代の最後の機種となる『ブルドッグボス』(1996年)までAタイプの台を製造していた。なお、お蔵入りとなった「ランドマーク」は、後に高砂電器産業(現アビリット)より販売された。

大都技研時代[編集]

1993年にエーアイはパチスロ周辺機器メーカーの大手である大都販売(だいとはんばい)の傘下に入る。しばらくはエーアイの社名のままパチスロを製造していたが、1997年にエーアイは大都技研と改称し、大都グループのパチスロメーカーとして再出発した。1年ほどの準備期間を経て1998年に大都技研としての1号機『キャメロットII』が発売された。筐体もオリンピアのものから独自のものとなり、大幅に変更された。

しばらくは独自の発想を持つ台を製造する玄人受けのメーカーであり、シェアもそれほど高くなかったが、2003年に発売された『吉宗』が約26万台を売り上げる大ヒットとなり、一時期は『北斗の拳』(サミー)とならんでホール内を席巻した。2005年に兄弟機とされる『押忍!番長』を発売し、これも約25万台(2006年3月現在)を売り上げる大ヒットとなって有名メーカーに仲間入りした。

有名メーカーとしては比較的後発であるが、『吉宗』以降の各機種のヒットを受け、プレイヤーには認知度も高い。これまでにリリースされたパチスロ機種は、他社に無いオリジナリティを有し、斬新なアイデアやそのシステムは他社が追随する形となった。『吉宗』発売から『押忍!番長』の発売まで間隔が約2年空いたほか、その後もしばらくの間新機種リリースのペースが年1回という比較的遅いものとなったが、これは発表する機種が必ずといって良い程大ヒットし長い稼動寿命を持ったことや、台の生産能力と受注台数との兼ね合いでそれ以上速いペースで新機種を発表すると生産が追いつかない可能性が高かったことなどが原因であると推測される。実際2008年には『新・吉宗』『爺サマー』『24 -TWENTY FOUR-』と3機種をリリースしており、再び新機種のリリース間隔が短くなっている。

『シェイク』、『吉宗』、『押忍!番長』とその音楽の評価も高く、『吉宗』や『押忍!番長』はサウンドトラックが発売され、好調なセールスを記録している。その為、サウンドスタッフに対する評価も極めて高い。

2008年5月19日パチンコ機メーカーの業界団体である日本遊技機工業組合(日工組)への加盟が承認されたことから、同社では自社ブランドによりパチンコ機市場へ参入する意向を発表し[1]2009年7月にその第一弾として『押忍!番長』の薫先生を主人公とした『CR3年P組薫先生!!』を発表した[2]

2011年には、4号機時代の人気機種の後継機である秘宝伝〜封じられた女神〜押忍!番長2が各ホールに大量導入され人気を博した。 さらには、いわば筐体の在庫処分として製作された政宗も、台数が限られた生産でありながらホールでの人気が高く、今後の後継機製作が期待されるなど大盛況の年となった。

パチスロ機種一覧[編集]

3号機以前[編集]

2号機
  • サファリラリー(1989年
  • ロックンロール(1990年、ユニバーサルOEM)
3号機

4号機(主要機種)[編集]

機種名 発売年 特徴
ウイリーチャンプ 1994年
スパンキーII 1995年
ブルドッグボス 1996年
キャメロットII 1998年 大都技研ブランド第1弾。パネルデザインは松下進
ザ・マジカルニンジャ児雷也 1999年
バンバン 1999年 業界初「ボーナスイン持ち越し」。JACインフラグを持ち越し可能にした。(詳しくは大量獲得機を参照)
フュージョン 2000年 業界初「獲得枚数変動BIG」。BIG当選後の特定役当選時に「青7」を揃えると獲得枚数が大幅にアップ。青7揃いが優遇される点は「押忍!番長」などに継承されている。
イエティK 2001年 小役ゲームは最大20Gながらボーナスイン持ち越し機能により500枚近くの獲得が可能。リプレイハズシは要ビタ押し。
ヘキサ 2001年
一撃 2002年 大都初のAT機
ガンガン 2002年 AT(実際はストック機同様の隠しRTで、順押し以外ナビされない)中の小役当選をリール制御で変化させた。
シェイク 2002年 業界初「ボーナスBGM選択」。BIG中の特定条件下に当選するとRTが1Gに短縮。ボーナスはBIG。天国モードは圧巻。
バンバンダッシュ 2003年 「バンバン」の後継機
チムドンドン 2003年 大都初の沖スロ
吉宗 2003年 業界初「シャッター付き液晶」。出玉面では「シェイク」のシステムを大幅に進化。1G連の条件を数多くしたことで、従来にない爆発的な出玉が可能。
押忍!番長 2005年 業界初の「次回予告演出」。「吉宗」のシステムと酷似しているが、A-400STとしたことにより、多くのボーナスの恩恵に預かる事が出来たため、好評を博した。
秘宝伝 2006年 4号機最後のリリース機種。スペック面では「押忍!番長」と「吉宗」の中間的な位置。筐体も2機種の流れを汲む形。

5号機[編集]

機種名 発売年月 特徴
シェイクII 2007年6月 大都初の5号機[3]で「シェイク」の後継機。新筐体「KATANA」、「スゴビ」を初採用。
新・吉宗 2008年2月 「吉宗」の後継機。ボーナス中の青7揃いでボーナス後にRTに突入する。
爺サマー 2008年7月 「吉宗」シリーズの爺が主役のスピンオフ機。
パチスロ24 -TWENTY FOUR- 2008年9月 大都初のタイアップ機。ビッグボーナス後には完走型RTに突入する。
忍魂 2009年1月 大都初のART機。新筐体(名称は不明)を採用するが、次機種から再び「KATANA」筐体に戻す。
デコトラの鷲 2009年9月 同名の映画のタイアップ機。
鮪伝説 2010年4月
押忍!操 2010年5月 「押忍!番長」のスピンオフ機。
ギラギラ爺サマー 2010年8月 「爺サマー」の後継機。
秘宝伝〜封じられた女神〜 2011年2月 「秘宝伝」の後継機。
政宗 2011年8月
押忍!番長2 2011年10月 「押忍!番長」の後継機。新筐体「エクサージ」採用。
パイレーツワールド 2012年6月
クレアの秘宝伝〜はじまりの扉と太陽の石〜 2012年9月 「秘宝伝」シリーズのクレアが主役のスピンオフ機。Aタイプ。
秘宝伝〜太陽を求める者達〜 2012年12月 「秘宝伝〜封じられた女神〜」の後継機。大都5号機初のAT機。
忍魂弐〜烈火ノ章〜 2013年7月 「忍魂」の後継機。
吉宗 2013年12月 「吉宗」の後継機。
ンゴロポポス〜ピンチ!捕われの爺〜 2014年3月 「ギラギラ爺サマー」の後継機。
押忍!サラリーマン番長 2014年9月 「押忍!番長2」の後継機。本機専用筐体「グランムーブ」を採用。
吉宗〜極〜 2015年6月 2013年に発売した「吉宗」スペック違い
ジャッカスチーム 2015年8月

5.5号機[編集]

機種名 発売年月 特徴
秘宝伝〜伝説への道〜 2015年12月 業界初の5.5号機規格で発売された機種[4]
まつりば! 2016年2月
バガナックルー 2016年3月
秘宝伝〜The Last〜 2016年5月 「秘宝伝〜伝説への道〜」の高純増バージョン
クレアの秘宝伝〜眠りの塔とめざめの石〜 2016年8月
3×3EYES 聖魔覚醒 2016年9月
SHAKEIII 2016年12月
押忍!番長3 2017年4月
忍魂〜暁ノ章〜 2017年5月
ケロロ軍曹 2017年6月
SHAKEIII SIDE-A 2017年7月
政宗2 2017年7月
盗忍!剛衛門 2017年9月

パチンコ機種一覧[編集]

機種名 発売年月 備考
CR3年P組薫先生! 2009年7月 パチンコ初参入機
CR吉宗 2010年2月
CRぱちんこ24 -TWENTY FOUR- 2010年8月
CRデコトラの鷲 2011年2月
CR秘宝伝 2011年5月
CRバンバンダッシュ 2011年10月
CR吉宗2 2012年7月 新枠「雷炎」採用
CR忍魂 2013年1月 業界初「時間上乗せ型S-ART」を搭載
CR鋼殻のレギオス 2013年12月
CR楓魂 2014年3月
CR吉宗3 越後屋らんどOPENの巻 2015年5月 新枠「鳳殿」採用
CR押忍!ど根性ガエル 2015年9月 「押忍!番長」と「ど根性ガエル」のコラボ
CR3×3EYES 大帰滅への道 2016年2月
CRぱちんこ押忍!番長 2017年1月
CR吉宗4 天昇飛躍の極 2017年6月
CR秘宝伝 秘められし時の鼓動 2017年9月

事業所[編集]

  • 本社部門(東京都港区東新橋2-14-1 コモディオ汐留)
  • 関東業務課(東京都台東区東上野1-1-14 大都ビル)
  • 北日本業務課(宮城県仙台市宮城野区宮千代2-13-2)
  • 中部業務課(愛知県名古屋市中村区畑江通2-17)
  • 関西業務課(大阪府大阪市浪速区元町2-8-2)
  • 中国業務課(広島県広島市南区南蟹屋1-5-18)
  • 九州業務課(福岡県福岡市博多区博多駅南2-9-5)
  • 足立入谷工場(東京都足立区入谷8-10-25)
  • 東京物流センター(東京都足立区入谷9-17-6)

なお、株式会社大都技研の販売組織は、2008年4月1日より大都販売株式会社「PS事業本部」に一元化された。

その他[編集]

エーアイ時代に『ランドマーク』という台が製造されていたが、大都技研として再出発を図ることになったため発売されなかった。『ランドマーク』はその後、高砂電器産業(現:コナミアミューズメント)から1998年に『エルエム』という名前で限定発売された。

2008年6月には、Jリーグアビスパ福岡に資本参加・ユニフォームスポンサーとなるとの方針が報道され[5]、関連会社がパチンコホール経営を行っていることなどを理由に一時Jリーグ側が難色を示したが[6]、結局9月25日に正式に同チームへ資本参加する旨を発表した[7]。しかし、Jリーグ側の承認は得られないことでユニフォームスポンサーになることはなく、練習着スポンサーとして支援している。 なお、関連会社である大都販売株式会社は、関東1部リーグFCコリアのユニフォームスポンサーになっている[8][9]

2009年4月30日に関連会社である大都販売株式会社は、厚生労働省による「新規採用者の内定取り消しを防止するための企業名公表基準」に該当したため企業名公表がされた[10]

関連会社である株式会社大都製作所と大都販売株式会社の4億5,000万円弱の脱税事件に際し、昭和60年12月16日、東京国税局に相当数の規模の集団行動が行われたことが衆議院予算委員会の議事録に記録されている[11]

DAITOグループ[編集]

創業者・木原(李)茂の子・木原一雄[12][13][14][15]を会長に、遊戯機の開発・販売をする大都販売のほか、大都製作所、大都技研、ダイト、大王興業、大都エンタープライズの各社からなる。中国にも拠点を持つ。社員数は約1000名、グループ売り上げは1200億円を超える。茂の5人の息子(一成、一雄、春夫、実、茂成)たちはじめ一族がそれぞれ会長・社長などを務める[16]

創業者の茂は1910年韓国慶尚北道亀尾市に生まれ、17歳で来日。一時朝鮮に戻って結婚し、1940年荒川区町屋で鉛筆工場を開いた。のちに三河島に移転し、旋盤プレス加工に転じ、1944年に大都工業株式会社設立。同業の平和の創業者の一人、山田喜一郎は当時同社で旋盤長をしていた。1954年赤羽に移転し、株式会社大都製作所に社名変更。高度成長期の家電ブームに乗り、好調に成長した。1963年に「平和」の山田から電動還元機の改良を依頼され、同機の製造販売を始めた。[17]

1969年風営法改正で100発皿付きのパチンコ台が許可になったことで還元機の注文が殺到し、合わせて自動玉貸機、両替機などの製造販売や、ホテル用の歯ブラシ・カミソリの自動販売機も手がけるようになる。また、ロッテからガムの自動販売機の注文も得る。1993年パチスロメーカーのエーアイを買収、一雄の長男・海俊が社長就任。1997年東上野に移転し、大都技研に社名変更。2008年、パチンコメーカーとして日本遊技機工業組合へ加盟。[18]

脚注[編集]

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  1. ^ 日本遊技機工業組合 加盟のお知らせ
  2. ^ 大都技研初のぱちんこ機「CR3年P組薫先生!!」発表のお知らせ
  3. ^ 日電協加盟メーカーでは最後から3番目。
  4. ^ 5.5号機第1弾は秘宝伝!サブ基板と同様に熱い”. グリーンベルト (2015年11月12日). 2016年3月21日閲覧。
  5. ^ サッカー・J2福岡に遊技機メーカー「大都技研」が資本参加へ Archived 2008年6月8日, at the Wayback Machine. - 読売新聞
  6. ^ J2福岡への大都技研出資、自粛対象業種とリーグ難色 Archived 2008年6月12日, at the Wayback Machine. - 読売新聞
  7. ^ Jリーグ アビスパ福岡への資本参加について
  8. ^ 関東1部リーグ開幕 FCコリアが始動、今年JFL昇格目指す - 朝鮮新報
  9. ^ FCコリア公式HP
  10. ^ 新規学校卒業者の採用内定を取り消した企業名の公表について(平成21年3月卒・第2回分)
  11. ^ 衆議院会議録情報 第116回国会 予算委員会 第8号
  12. ^ 【訃報】大都販売・木原会長が逝去”. パチンコ・パチスロ総合コミュニティサイト pachinkovista.com (2015年3月10日). 2015年7月31日閲覧。
  13. ^ ◇訃報:大都販売代表取締役会長 李一雄(木原一雄)氏”. パチンコ・パチスロ総合コミュニティサイト pachinkovista.com (2015年3月11日). 2015年7月31日閲覧。
  14. ^ ◇大都販売の故・木原一雄会長「偲ぶ会」に多くの業界関係者が参列”. パチンコ・パチスロ総合コミュニティサイト pachinkovista.com (2015年5月25日). 2015年7月31日閲覧。
  15. ^ 木原一雄”. P-Terminologyパチンコ・パチスロ専門用語・人物辞典 (2015年4月16日). 2015年7月31日閲覧。
  16. ^ パチンコ文化史「木原一雄④遊技関連事業協会広報誌2011年6月号
  17. ^ パチンコ文化史「木原一雄①遊技関連事業協会広報誌2011年3月号
  18. ^ パチンコ文化史「木原一雄⑥遊技関連事業協会広報誌2011年8月号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]