司ど寺

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司䆃寺
各種表記
ハングル 사도시
漢字 司䆃寺
発音 サドシ
日本語読み: しどうじ
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司䆃寺(サドシ)は、李氏朝鮮において内膳(宮殿内の食べ物)の米穀(米を含む他の穀物)の管理を担当した官衙。

歴史[編集]

構成[編集]

(1392年7月28日-1414年1月18日)
品階 官職名 定員
従5品 使 1名
従6品 副使 2名
従7品 直長 2名
従8品 主簿 2名


(1414年1月18日-1466年1月15日)
品階 官職名 定員
従3品 使 1名
従3品 副使 2名
従7品 直長 2名
従8品 2名


(1392年7月28日-1414年1月18日)
品階 官職名 定員
従5品 1名
従6品 副正 1名
従4品 僉正 1名
従6品 主簿 1名
従7品 直長 1名

司䆃寺と司膳寺[編集]

朝鮮王朝実録には、司膳寺が司䆃寺と改称された記録はない。 ところが司膳寺と司䆃寺の漢字は各単語の中間にある'道'と'膳'の違いであり、同じ使われ方をしているため、当時司膳寺と司䆃寺は一緒に混用して使われたとのことが分かる。 そして成宗以後司䆃寺に統一されたと見られる。