伊藤義郎
伊藤 義郎(いとう よしろう、1926年12月14日 - 2023年12月5日)は、日本の実業家。北海道札幌市出身。伊藤組土建代表取締役社長、テレビ北海道代表取締役社長、全日本スキー連盟会長等を歴任した。
来歴・人物[編集]
旧制北海道庁立札幌第一中学校(現在の北海道札幌南高等学校)を経て、1950年に早稲田大学政経学部を卒業した。1952年にカリフォルニア大学大学院を修了し、1953年にコロンビア大学大学院を修了した。
1950年、伊藤組土建入社。1956年、同代表取締役社長に30歳で就任。1961年、伊藤組を設立し社長。2002年、同代表取締役会長。2008年、同取締役名誉会長。
この他、テレビ北海道初代代表取締役社長、学校法人札幌大学理事長、札幌国際エアカーゴターミナル代表取締役社長、北海道ゼロックス代表取締役社長、札幌証券取引所代表取締役社長、札幌商工会議所第14代会頭、NHK経営委員会委員、札幌交響楽団理事長、1979年より国際スキー連盟副会長、2004年より全日本スキー連盟会長(2010年6月まで[1])など多くの兼職を務めた。
2023年12月5日に死去した[2]。96歳没。2024年3月4日には伊藤組グループ主催によるお別れの会「蒼空のつどい」が札幌グランドホテルで営まれ[3]、衆議院議長額賀福志郎、札幌市長秋元克広、札幌商工会議所会頭岩田圭剛、プロスキーヤー三浦雄一郎ら政財界・スポーツ界などから多数が参列した[4][5]。
エピソード[編集]
- 地崎工業の社長を務めた地崎宇三郎 (三代)とは、地崎が年上ながら良きライバルであったといい、地崎の葬儀には伊藤も参列した。地崎と共に「道内ゼネコンの両雄」であったが、地崎工業が岩田建設に合併された後は、名実共に伊藤が「北海道経済界のドン」[6]となった。
- 中学時代にクロスカントリースキーを始め[7]、以後スキー界に深くかかわってきた。札幌で行われるスキージャンプ大会には可能な限り顔を見せ、スピーチするのが恒例となっていた。2010年にはその永年に渡るスキー界への功績に対し「キング オラフ トロフィー」をヨーロッパ出身者以外では初めて受賞[8]した。
ギャラリー[編集]
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札幌エアショーにて(2014年7月)
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台北駐日経済文化代表処札幌分処にて周学佑と接見(2020年12月)
受賞歴[編集]
参考文献[編集]
脚注[編集]
- ^ スキー連盟、鈴木洋一氏を会長に選任 (サンケイスポーツ2010年10月17日)
- ^ “伊藤組土建の伊藤義郎氏死去、96歳 北海道経済の礎築く” (2023年12月8日). 2023年12月8日閲覧。
- ^ “伊藤義郎さんしのぶ 3月4日に「蒼空のつどい」”. 北海道新聞デジタル (2024年1月31日). 2024年3月6日閲覧。
- ^ “札商元会頭 伊藤義郎氏のお別れの会 72年五輪招致に尽力”. NHK (2024年3月4日). 2024年3月6日閲覧。
- ^ “「北海道の歴史そのものでした」 伊藤組グループ代表の伊藤義郎さんお別れの会 政財界の大物が多数参列”. 北海道テレビ放送 (2024年3月4日). 2024年3月6日閲覧。
- ^ “【本当の金持ちを探せ】北海道経済界のドンの自宅はまるで公園”. 2022年8月5日閲覧。
- ^ Webシティさっぽろ >さっぽろの横顔 >全日本スキー連盟会長 伊藤義郎さん
- ^ 伊藤義郎氏に「キングオラフ」賞 スキー競技国際的発展に力 (北海道新聞03/11 08:44)
- ^ “平成29年秋の叙勲 旭日重光章受章者” (PDF). 内閣府. p. 1. 2023年1月26日閲覧。
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