中江滋樹

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中江 滋樹 (なかえ しげき、1954年1月31日 - )は、滋賀県近江八幡市出身の元証券ジャーナリストである。

来歴・人物[編集]

滋賀県立彦根東高等学校卒業。投資ジャーナル社を1978年に設立。投資ジャーナル、月刊投資家などを初めとした証券関連雑誌を発行し「絶対に儲かる」株式売買のテクニックを披露した。こうした雑誌は書店の経済、株式コーナーで平積みにされるほど発行部数が多く、後に投資ジャーナル事件の下敷きとなった。雑誌の売れ行きが良くなるとともに、多くの関連会社を設立、マスコミへの露出機会も増え「兜町の風雲児」といわれた。

投資ジャーナル事件で1985年に逮捕され、1989年に懲役6年の実刑を受けた。1992年10月に仮釈放となったものの、1998年4月に暴力団関係者から集めた数十億円を持ち逃げして以降の中江の消息は不明であった。その時期があまりに長いため、その暴力団関係者から報復を受けて殺害されたという風説もささやかれていたが、次項の事件が発生したことにより消息が明らかになった。

2006年9月22日午後1時15分ごろ、近江八幡市小幡町の自宅1階に灯油のようなものをまき、マッチで火を付けたとして滋賀県警近江八幡署に非現住建造物等放火未遂容疑で現行犯で逮捕された。逮捕時に意味不明のことを話したため病院に入院となったが、同11月4日、退院とともに現住建造物放火未遂容疑で再逮捕となった[1]

エピソード[編集]

  • 1985年の逮捕日の前日には似たような悪徳商法である豊田商事事件の中心人物であった永野一男会長が刺殺される事件(豊田商事会長刺殺事件)が発生していたため、中江の逮捕は「刺殺」の二の舞を避けるための駆け込み逮捕と言われた。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

中江滋樹の金と女と相場人生

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