中央防波堤外側埋立地

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東京国際空港の奥(北)側が中央防波堤外側埋立地(定期航空機より)

中央防波堤外側埋立地(ちゅうおうぼうはていそとがわうめたてち)は、東京湾に於いて1977年中央防波堤外側の海域で埋立が開始された埋立地である。2014年現在も新海面処分場と共に埋め立てが続けられている。

歴史[編集]

中央防波堤外側埋立地の埋め立てに着手。この頃増加する一方のごみの量に対して埋立処分場の確保の難しさがかなり認識されるようになり、処分場の延命が都の重要課題となった。これを解決するため、清掃工場粗大ごみ破砕処理施設の新設など、中間処理施設の整備が急速に進められた。
第二航路トンネルが作業用等のために使用を開始。
この頃中央防波堤外側埋立地も埋立ができる場所が少なくなってきたため、事実上の拡張として新海面処分場Aブロックの埋立が開始された。
第二航路トンネルが一般開放。
水深-16mの岸壁を持つ新国際海上コンテナターミナルを整備する為の現地調査が開始された。完成すれば10万t級のコンテナ船が入港できるようになる[1]。2012年度完成予定。
東京港臨海道路全線開通。東京ゲートブリッジにて江東区若洲とつながった。

埋立面積[編集]

西側が「その1」、東側が「その2」である。

  • 中央防波堤外側埋立地処分場 その1(浚渫・建設発生土):115ha
  • 中央防波堤外側埋立地処分場 その2(廃棄物):115ha

帰属問題[編集]

東京都に帰属するが、東京都区部単位での区界は未決となっている。外側埋立地その1は臨海トンネルにより大田区城南島と直結し、中央防波堤内側埋立地を介して第二航路トンネルにより江東区青海と結ばれ、2012年東京ゲートブリッジを隔て外側埋立地その2と江東区若洲が結ばれた。

当初は港区、江東区、品川区、大田区、中央区の5区が帰属を主張していたが、現在は橋やトンネルで結ばれている江東区と大田区の2区が、帰属をそれぞれ主張している[2]

大田区は、以前この場所で以前海苔養殖が行われており、その多くが大田区の業者であったことで正当性を主張している一方、江東区は、東京ゴミ戦争による相当の負担で正当性を主張している[3]

2014年(平成26年)4月25日に、大田区と江東区が解決に向けた協議を正式に開始した[4]

2020年の東京オリンピック・パラリンピックではカヌー(スプリント)、ボートなどで使用される「海の森会場競技場」と馬術などが行われる「海の森クロスカントリーコース」が、当埋立地に整備される。

脚注[編集]

  1. ^ 新国際海上コンテナターミナル整備事業の概要関東地方整備局東京港湾事務所
  2. ^ 国土地理院 全国都道府県市区町村別面積調 2003年10月版
  3. ^ “大田区長 江東区との「領土争い」40年 都に調停申請へ”. 毎日新聞. (2016年2月26日). http://mainichi.jp/articles/20160226/k00/00e/040/139000c 2016年7月15日閲覧。 
  4. ^ “「帰属」協議始まる 「五輪までに解決」 大田区と江東区”. 毎日新聞. (2016年2月26日). http://mainichi.jp/articles/20160426/ddl/k13/010/297000c 2016年7月15日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度35分50秒 東経139度48分30秒 / 北緯35.59722度 東経139.80833度 / 35.59722; 139.80833