ミンスエ

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ミンスエ
မြင့်ဆွေ
Myint Swe
Myint Swe on 30 March 2016.jpg
2016年3月30日撮影
生年月日 (1951-06-24) 1951年6月24日(70歳)
出生地 ビルマの旗ビルマ連邦英語版マンダレー
出身校 ミャンマー国軍士官学校
現職 大統領代行、第一副大統領
所属政党 連邦団結発展党
称号 ミャンマー国軍中将
配偶者 Khin Thet Htay

在任期間 2021年2月1日 -
国家行政評議会議長 ミン・アウン・フライン

在任期間 2018年3月21日 - 2018年3月30日
国家顧問 アウンサンスーチー

内閣 ティンチョー内閣
ウィンミン内閣
(アウンサンスーチー政権)
在任期間 2016年3月31日 -
大統領 ティンチョー
ウィンミン
国家顧問 アウンサンスーチー

在任期間 2011年3月30日 - 2016年3月30日
大統領 テイン・セイン
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ミンスエビルマ語: မြင့်ဆွေALA-LC翻字法: Mraṅʻ' Chveビルマ語発音: [mjɪ̰n sʰwè]、慣用ラテン文字転写: Myint Swe、1951年6月24日 - )は、ミャンマー政治家軍人。同国大統領代行、第一副大統領。

2018年3月21日より同30日まで大統領代行を務める。現在、2021年2月1日に発生した軍事クーデターによって身柄を拘束されたウィンミンに代わり、再び大統領代行を務める。

概要[編集]

モン族出身。1971年ミャンマー国軍士官学校を卒業後、ヤンゴン軍区11師団師団長、ヤンゴン軍区司令、ヤンゴン管区首相を歴任した[1]

2012年には副大統領候補に選ばれたが、彼の義理の息子がオーストラリア市民権を持っていたことがわかり、立候補を却下された。なお、義理の息子はその後オーストラリア市民権を放棄し、ミャンマー国籍を取得したらしい[2]

2016年3月15日ティンチョーが大統領に選出された際、ミンスエは他の一人ヘンリーバンティオと共に副大統領に選出された。大統領が辞職、死亡した場合などに一時的に大統領代理となる。軍政期に長期独裁を担ったタンシュエとの関係が深いとされ、米国の経済制裁リストにも名前が載っている[3]。2018年3月21日から30日にかけて、ティンチョーの辞任に伴い暫定大統領に就任[4]

2021年2月1日に国軍が企図したクーデターによりウィンミン大統領ら政府首脳が身柄を拘束され、軍出身で第一副大統領のミンスエが大統領代行に就任し、1年間の非常事態宣言を発令した(2021年ミャンマークーデター[5]

脚注[編集]

関連項目[編集]

公職
先代:
ティンチョー
ミャンマーの旗 ミャンマー連邦共和国大統領
代行:2018年3月21日 - 2018年3月30日
次代:
ウィンミン
先代:
ウィンミン
ミャンマーの旗 ミャンマー連邦共和国大統領
代行:2021年2月1日 -
次代:
現職