ミン・アウン・フライン

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Min Aung Hlaing
မင်းအောင်လှိုင်
SGMAH.jpeg
生誕 1956年
Flag of Burma (1948–1974).svg ビルマ連邦タニンダーリ地方域ダウェイ
所属組織 MM-Armyflag.jpg ミャンマー陸軍英語版
軍歴 1974年 -
最終階級 上級大将
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ミン・アウン・フライン (ビルマ語: မင်းအောင်လှိုင်1956年 - )は、 ミャンマー軍人。現在の階級はミャンマー軍最高の上級大将。 2011年3月30日より10代目国軍最高司令官。

半生[編集]

タニンダーリ地方域ダウェイ出身[1][2]。建設省技師ウー・タウン・フラインの子。1972年、ラタ第1基礎教育高等学校英語版に合格[3]。しかしヤンゴン芸術工科大学法学部に入学。さらに1974年、軍人の道を選び、国軍士官学校に入学。在学中、約束された出自であったフラインは同期からは忌避されていたという[4]。卒業後は駐モン州部隊長を経て2002年に三角軍区司令官に昇進し[注釈 1]ワ州連合軍英語版ミャンマー民族民主同盟軍(コーカン族)との交渉で中心的役割を果たした[4]2007年ミャンマー反政府デモでは鎮圧に尽力。

2008年、カレンニー族やシャン州での反乱対策を目的とする第2特別作戦室(BSO-2)室長に就任[2]

最高司令官として[編集]

2009年コーカンでのミャンマー民族民主同盟軍との紛争英語版を指揮。この功績により[2]、2010年6月、トゥラ・シュエ・マンの後任として陸海空軍統合参謀長に抜擢され[5]、2011年3月にタン・シュエの後任として最高司令官に指名された。

民政に移管したとはいえ、憲法上国軍司令官は大統領に次ぐ大きな政治的権限を持っており、テイン・セイン大統領との距離も近いフラインはミャンマー情勢のキーパーソンとなっている。

民主化には基本的に前向きな姿勢を示しているが、未だ抵抗を続ける武装組織の鎮圧など国内の治安向上と秩序の維持が不可欠であるとし[6]、「政党政治への偏重は国を不安定にする。ゆとりあるペースの改革が適切な発展をもたらす」と「規律ある民主国家」のためには軍の影響力を維持する方針を続けており、憲法改正をはじめとする早急な民主化の進展には消極的である[7][8]。しかし、2015年11月予定の上下両院選でNLDが勝利した場合であっても、選挙の結果を支持すると発言した[9]

また、軍事政権のもと停滞しがちだった欧米諸国との関係修復にも努め、東南アジアでも高まりつつあるISILへの脅威に対し、「多くの機関や国と連携して対処する必要がある」と国際的協調の姿勢を強調している [10]

とりわけ、日本との接近が大きい。2013年1月3日、ミャンマーを訪問した麻生太郎副総理および笹川陽平日本財団会長と会見[11]。2014年9月23日には、同年5月の岩崎茂統合幕僚長(当時)の訪問への返礼として公式訪日。菅義偉内閣官房長官、岩崎統合幕僚長と会見した。ミャンマー国軍司令官の訪日は初の事であった。

一方で、エーヤワディー・ニュース・マガジンなどの反政府系メディアからは、少数民族武装勢力や反政府活動の鎮圧に携わった経歴や、反政府勢力鎮圧に中国からの軍事的支援を受けているとの批判がある[2]

ただし、本人は欧米や中国に関係なく非同盟中立的・全方位外交の姿勢を示している他、「目立つ形での武器の供与は周辺国に懸念を生みかねない」とも発言している[6] [12]

ミャンマーの趨勢と同様に、ロヒンギャの存在を認めておらず、バングラデシュからの不法移民、「ベンガル人」と認識している。2017年9月1日、ロヒンギャの武装勢力「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)の「掃討作戦」に際して、「ラカイン州で1942年の危機を再び起こさせはしない」と主張した。これは、太平洋戦争におけるビルマの戦いで、「ベンガル人」はイギリスに味方し、ビルマ(当時)独立を妨げた裏切り者という意味の発言である[13]。また、9月15日にはFacebookで、「過激派のベンガル人」は「ミャンマーでは決して民族集団では無かった、(にもかかわらず)ロヒンギャとしての認知を求めている」と改めて主張し、「ミャンマーの全ての市民[14]は、愛国心で連帯し、メディアは団結すべきである」と述べた[15][16]

国際連合によると、2017年初めにはミャンマー国内のロヒンギャはおよそ80万人と推計されていた[17]国際移住機関によると、9月19日現在、8月25日からの「掃討作戦」で、家を追われバングラデシュに逃れたロヒンギャは42万1千人に上っている[18]

年譜[編集]

  • 1972年3月/ ヤンゴン芸術工科大学法学部
  • 1974年1月 / 国軍士官学校入学、教育班軍曹
  • 1977年12月 - 少尉任官
  • 2002年 - 三角軍区司令官
  • 2008年6月 - 第2特別作戦室長
  • 2008/2009 – 少将
  • 2009年末 – 中将
  • 2011年始 – 大将
  • 2011年3月30日 - 国軍最高司令官就任
  • 2012年4月3日 – 次級大将
  • 2013年3月 – 上級大将

栄典[編集]

関連項目[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ビルマ語版wikiでは2006年

脚注[編集]

  1. ^ Vice-Senior General Min Aung Hlaing Tatmadaw Commander-in-Chief, Alternative Asean Network on Burma, http://www.altsean.org/Research/Regime%20Watch/Executive/CIC.php
  2. ^ a b c d “Min Aung Hlaing Appointed Vice-Senior General”. エーヤワディー・ニュース・マガジン. (2014年6月10日). http://www.irrawaddy.org/military/min-aung-hlaing-appointed-vice-senior-general.html 2012年4月3日閲覧。 
  3. ^ မင်းအောင်လှိုင်, ဗိုလ်ချုပ်မှူးကြီး (2011年4月2日). “တပ်မတော်ကာကွယ်ရေးဦးစီးချုပ်သစ်နှင့် အမေရိကန် မြန်မာ တပ်မတော်နှစ်ရပ် ဆက်ဆံရေး - အပိုင်း (၁)”. VOA news Burmese. http://burmese.voanews.com/content/article-04-02-11-soldiers-talk054-119117354/1245642.html 
  4. ^ a b [Vice-Senior General Min Aung Hlaing Tatmadaw Commander-in-Chief, Alternative Asean Network on Burma http://www.altsean.org/Research/Regime%20Watch/Executive/CIC.php]
  5. ^ http://www.altsean.org/Research/Regime%20Watch/Executive/CIC.php
  6. ^ a b Common Sense Press vol.010-2月発行仙谷由人
  7. ^ “スー・チー氏が初出席 ミャンマー国軍記念日式典”. 日本経済新聞. (2013年3月27日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2703V_X20C13A3FF1000/ 2015年7月4日閲覧。 
  8. ^ “ミャンマー軍総司令官「現行憲法の基本原則守る」”. 日本経済新聞. (2015年3月27日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM27H73_X20C15A3FF8000/ 2015年7月4日閲覧。 
  9. ^ “スーチー派勝利でも「選挙結果尊重」ミャンマー軍司令官”. 朝日新聞. (2015年8月22日). http://www.asahi.com/articles/ASH8P5H4BH8PUHBI01L.html 2015年9月10日閲覧。 
  10. ^ “ミャンマー:最高司令官「IS警戒」 ロヒンギャに浸透も”. 毎日新聞. (2014年6月10日). http://mainichi.jp/select/news/20150611k0000m030131000c.html  2015年7月4日閲覧。 
  11. ^ 笹川陽平ブログ
  12. ^ Min Aung Hlaing may be an adopted son of Thai ex-gen Pram Tensulanonda http://www.straitstimes.com/the-big-story/asia-report/myanmar/story/thailand-and-myanmar-traditional-rivals-now-brothers-arms-20 Today ties are far deeper even than the hug suggested. Senior General Min Aung Hlaing, Myanmar's powerful army chief who could also be a contender for the presidency, is the adopted son of General Prem Tinsulanonda, Thailand's former army chief and president of the King's Privy Council. The "adoption" is a godfather-godson relationship. General Prem knew Senior General Min Aung Hlaing's late father when they were both chief of their respective armies. According to Thai media reports, during a visit to Thailand in 2012, Senior General Min Aung Hlaing, 58, asked General Prem, a symbol of Thailand's royalist-military elites, to adopt him as his son. The 94-year-old Thai general, who has no children of his own, agreed. It is General Thanasak who has been helping to fix appointments with General Prem whenever Senior General Min Aung Hlaing visits Thailand.
  13. ^ Territorial loss is unacceptable: Senior General Min Aung Hlaing Submitted by Eleven on Sat, 09/02/2017 - 09:39 - Eleven Myanmar (英語)
  14. ^ もちろん、「ベンガル人」は市民に含まれない。
  15. ^ [1] - Facebook Senior General Min Aung Hlaing (英語)
  16. ^ 【ロヒンギャ危機】 ミャンマー国軍司令官、ロヒンギャ「過激派」のせいだと”. BBC (2017年9月18日). 2017年9月20日閲覧。
  17. ^ 2017年2月6日(月)“ロヒンギャへの人権侵害”~高まるスー・チー氏批判”. 日本放送協会 (2017年2月6日). 2017年9月22日閲覧。
  18. ^ 奈良部健 (2017年9月20日). “ロヒンギャ難民、42万1千人 食料も住む場所も足りず”. 朝日新聞. 2017年9月22日閲覧。

外部リンク[編集]


軍職
先代:
タン・シュエ
Flag of the Myanmar Armed Forces.svg ミャンマー国軍最高司令官
第10代:2011年3月30日 -
次代:
-