パリメトロ5号線
| 5号線 | |||
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オステルリッツ高架橋を走行する5号線 | |||
| 基本情報 | |||
| 国 |
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| 所在地 | パリ(イル=ド=フランス地域圏) | ||
| 種類 | 地下鉄 | ||
| 路線網 | パリ・メトロ | ||
| 起点 | ボビニー=パブロ・ピカソ駅 | ||
| 終点 | プラス・ディタリー駅 | ||
| 駅数 | 22駅 | ||
| 開業 | 1906年6月2日 | ||
| 全通 | 1985年4月25日 | ||
| 運営者 | パリ交通公団(RATP) | ||
| 使用車両 | MF 01 | ||
| 路線諸元 | |||
| 路線距離 | 14.634km | ||
| 軌間 | 1435mm | ||
| 線路数 | 複線 (右側通行) | ||
| 電化方式 | 直流750V 第三軌条方式 | ||
| 駅間平均長 | 697m | ||
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5号線(5ごうせん、フランス語: Ligne 5)は、パリ交通公団(RATP)の運営するフランスの首都パリを含むイル=ド=フランス地域圏のメトロ(地下鉄)路線の一つ。パリ郊外北部ボビニーのボビニー=パブロ・ピカソ駅と、パリ市内南部のプラス・ディタリー駅までを南北に結ぶ。1906年に開業。
概要
[編集]5号線の南端のプラス・ディタリー駅は13区のイタリー広場の地下にある。ここから北北東に進み、オステルリッツ駅を経由してオステルリッツ高架橋でセーヌ川を渡り、サン・マルタン運河の西に沿うように北上してバスティーユ広場を通り、やや西寄りに向きを変えてレピュブリック広場、東駅、北駅などを経由する。北駅からは北東方向に向かい、ポルト・ド・パンタンで市境を越えて北東部郊外のボビニー市に至る。
5号線は1906年に開業した、パリで5番目のメトロ路線である。1907年から1942年までは現6号線のエトワール(現シャルル・ド・ゴール=エトワール駅)〜プラス・ディタリー間も5号線の一部であり、パリを南部から東部にかけてほぼ3分の2周していた。
サン=マルセル駅北方からセーヌ川を渡ってケ・ド・ラ・ラペ駅南東までの区間は高架線となっており、ケ・ド・ラ・ラペ駅の前後は掘り割り状の地上線である。またボビニー=パンタン=レイモン・キュノー駅とボビニー=パブロ・ピカソ駅の間も地上線である。

歴史
[編集]1898年のメトロ整備計画では、5号線(E線)はオステルリッツ橋(現ケ・ド・ラ・ラペ駅付近)からストラスブール大通り(現東駅付近)までとされており、プラス・ディタリー〜オステルリッツ橋間は環状路線の2号線(B線)の一部とされていた。なお2号線はプラス・ディタリー以西では現6号線のルートを通り、オステルリッツ橋以東ではリヨン駅で1号線と合流してナシオン駅に向かうことになっていた。
後に2号線の環状運転計画は取りやめられ、また北端は北駅まで延長されてプラス・ディタリー〜北駅が5号線として建設されることになった。ただしケ・ド・ラ・ラペ駅〜リヨン駅間には単線の連絡線が建設され、初期にはリヨン駅が仮の終点となっていたこともある。
1906年から1907年にかけてプラス・ディタリー〜北駅間が開業し、また1907年10月には2号南線のエトワール〜プラス・ディタリー間が5号線に編入された。
1942年にはエトワール〜プラス・ディタリー間が6号線に移管され、また北駅から北東方向に郊外のエグリーズ・ド・パンタン駅まで延長された。延長にあたって北駅は東よりに移設され、ループ線状の終点となっていた旧駅は放棄された。この部分は現在乗務員の訓練施設として使われている。
1985年にはさらに北東へ延伸された。
なおプラス・ディタリーから南西方向への延伸も計画されたことがあるが、実現しなかった。
年表
[編集]- 1906年6月2日 - プラス・ディタリー駅〜オルレアン駅(ガール・ドルレアン、現オステルリッツ駅)間開業。
- 1906年7月13日 - オルレアン駅〜プラス・マザ(現ケ・ド・ラ・ラペ駅)間延伸開業、オステルリッツ高架橋供用開始。
- 1906年7月23日 - プラス・マザ駅〜リヨン駅間延伸開業。この区間は単線で、プラス・マザ駅で進行方向が反転していた。
- 1906年12月17日 - プラス・マザ〜ランクリー駅(現ジャック・ボンセルジャン駅)間延伸開業。プラス・マザ〜リヨン駅間の旅客営業廃止。
- 1907年10月14日 - 2号南線のエトワール駅(現シャルル・ド・ゴール=エトワール駅)〜プラス・ディタリー駅間を5号線に編入。
- 1907年11月15日 - ランクリー駅〜北駅間延伸開業。
- 1942年10月6日 - エトワール駅〜プラス・ディタリー駅間を6号線に移管。
- 1942年10月12日 - 北駅〜エグリーズ・ド・パンタン駅間延伸開業。北駅を東よりに移設。
- 1985年4月25日 - エグリーズ・ド・パンタン駅〜ボビニー=パブロ・ピカソ駅間延伸開業
車両
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1978年から1980年にかけて投入されたMF 67が使われている。
全長は約90m。各車両ごとに片側4つのドアがある。非常時を除き車両間の往来はできない。
車両基地はボビニー=パンタン=レイモン・キュノー駅とボビニー=パブロ・ピカソ駅の間の本線沿いのボビニー(Bobigny)にある。大規模な検査や改修作業は7号線のショワシー(Choisy)車両基地で行われる。
駅一覧
[編集]| 駅名 | 接続路線 | 地上/地下 | 所在地 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| ボビニー=パブロ・ピカソ駅 | Bobigny - Pablo Picasso (Préfecture - Hôtel du Département) |
トラム: |
地下区間 | ボビニー | |
| ボビニー=パンタン=レイモン・キュノー駅 | Bobigny - Pantin - Raymond Queneau | ボビニー、パンタン | |||
| エグリーズ・ド・パンタン駅 | Église de Pantin | パンタン | |||
| オッシュ駅 | Hoche | ||||
| ポルト・ド・パンタン駅 | Porte de Pantin (Parc de la Villette) |
トラム: |
パリ | 19区 | |
| ウルク駅 | Ourcq | ||||
| ロミエール駅 | Laumière | ||||
| ジョレス駅 | Jaurès | メトロ: |
10区、19区 | ||
| スターリングラード駅 | Stalingrad | メトロ: | |||
| 北駅 (ガール・デュ・ノール) | Gare du Nord | メトロ: RER: RER: トランシリアン: フランス国鉄(パリ北駅) |
10区 | ||
| 東駅 (ガール・ド・レスト) | Gare de l'Est | メトロ: トランシリアン: フランス国鉄(パリ東駅) | |||
| ジャック・ボンセルジャン駅 | Jacques Bonsergent | ||||
| レピュブリック駅 | République | メトロ: |
3区、10区、11区 | ||
| オベルカンフ駅 | Oberkampf | メトロ: |
11区 | ||
| リシャール・ルノワール駅 | Richard-Lenoir | ||||
| ブレゲ=サバン駅 | Bréguet - Sabin | ||||
| バスティーユ駅 | Bastille | メトロ: |
4区、11区、12区 | ||
| ケ・ド・ラ・ラペ駅 | Quai de la Rapée | 地上区間 | 12区 | ||
| オステルリッツ駅 (ガール・ドーステルリッツ) | Gare d'Austerlitz | メトロ: RER: フランス国鉄 |
5区、13区 | ||
| サン=マルセル駅 | Saint-Marcel | 地下区間 | 13区 | ||
| カンポ=フォルミオ駅 | Campo-Formio | ||||
| プラス・ディタリー駅 | Place d'Italie | メトロ: | |||
廃駅
[編集]ケ・ド・ラ・ラペ駅とバスティーユ駅の間にはアルスナル駅があったが、1939年9月2日に廃止されている。
開業時の北駅は現在よりも西寄りにあり、ループ線状の終着駅だった。またループの途中から2号線、4号線への連絡線があった。5号線の北への延伸にあたって北駅の構造が障害となったことから、東駅のすぐ西からトンネルが掘り直され、新たな駅が建設されて旧駅は廃止された。この跡は現在ガール・デュ・ノールUSFRT(Gare du Nord USFRT)と呼ばれ、1981年にRER B線建設のために一部が取り壊されたものの、残った部分は乗務員の訓練施設として使われている。
新駅
[編集]現在貨物線として使用されている環状鉄道グランド・サンチュールの北部を旅客化する構想Tangentielle Nordがあり、これに合わせてボビニー=パンタン=レイモン・キュノー駅〜ボビニー=パブロ・ピカソ駅間に新駅を建設して乗換駅とする構想がある。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- Jean Tricoire, Un Siècle de Métro en 14 Lignes: De Bienvenüe à Météor, 第3版, La Vie du Rail, 2004年, ISBN 2-915034-32-X.