スキップ・ヤング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
スキップ・ヤング
プロフィール
リングネーム スキップ・ヤング
スキッピー・ヤング
スウィート・ブラウン・シュガー
本名 Galton W. Young
ニックネーム 黒い怪鳥
身長 180cm
体重 100kg(全盛時)
誕生日 1951年7月24日
死亡日 (2010-12-03) 2010年12月3日(満59歳没)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テキサス州の旗 テキサス州ヒューストン
デビュー 1970年代中盤
テンプレートを表示

スキップ・ヤングSkip Young、本名:Galton W. Young1951年7月24日 - 2010年12月3日)は、アメリカ合衆国プロレスラーテキサス州ヒューストン出身のアフリカ系アメリカ人。生年は1956年ともされていた[1]

スウィート・ブラウン・シュガーSweet Brown Sugar)のリングネームでも知られる。正面飛び式およびスクリュー式のドロップキックなど、跳躍力を活かした空中殺法を武器に、ジュニアヘビー級黒人ベビーフェイスとしてアメリカ南部を主戦場に活躍した[2]

来歴[編集]

1970年代中盤にスキップ・ヤングのリングネームでデビュー、フリッツ・フォン・エリックが主宰していた地元テキサスダラス地区(後のWCCW)を皮切りに、中西部セントラル・ステーツ地区エディ・グラハム主宰のフロリダ地区など、NWAの主要テリトリーを転戦してキャリアを積んだ[2]

1979年、フロリダで覆面レスラースウィート・ブラウン・シュガーに変身。ダスティ・ローデスボボ・ブラジルのパートナーとなり、キング・イヤウケアキラー・カーンパク・ソンジョー・ルダックソー・ザ・ヴァイキングバグジー・マグローレロイ・ブラウンなど、スーパーヘビー級の巨漢ヒールとも激闘を展開した[3]。同年9月29日にはブラジルとのコンビでミスター・サクラダ&ミスター・ヒトからフロリダ・タッグ王座を奪取[4]、シングルでは10月26日にアーニー・ラッドを下して南部ヘビー級王座を獲得している[5]

1979年はフロリダを主戦場としつつ、素顔のスキッピー・ヤングとしてカリフォルニア州ロサンゼルスにも遠征し、8月10日に藤波辰巳WWFジュニアヘビー級王座に3本勝負で挑戦[6]。タイトル奪取はならなかったものの、得意の正面飛び式ドロップキックで藤波から1本奪っている。翌1980年1月には新日本プロレスにスキップ・ヤング名義で初来日、藤波への挑戦権を賭けてダイナマイト・キッドとも対戦したが、キッドのダイビング・ヘッドバットに敗れた[7]

1980年の下期より古巣のダラス地区に戻り、フロリダ時代と同じく黒人マスクマンのスウィート・ブラウン・シュガーとして活動。同年8月1日、故郷ヒューストンにてケリー・フォン・エリックと組み、キラー・ブルックス&スタン・スタージャックを破ってNWAテキサス・タッグ王座を獲得した[8]。フロリダへの参戦も続け、1981年2月4日にディック・スレーターから南部ヘビー級王座を奪取、同王座への2度目の戴冠を果たした[5]1982年1月にはダラスとの提携ルートで全日本プロレスに来日、ミル・マスカラスとのマスクマン対決も実現した[9]

以降はスウィート・ブラウン・シュガーのリングネームはそのままに、覆面を脱いで素顔に戻って活動。主戦場のフロリダでは1982年4月にレイ・スティーブンスからTV王座を奪取[10]、同月11日にはブッチ・リードとの黒人コンビでドリー・ファンク・ジュニア&デビッド・フォン・エリックを破り、フロリダ版のNWA北米タッグ王座を獲得した[11]1983年はテキサスのサンアントニオ地区に登場。アドリアン・アドニスタリー・ブランチャードボビー・ジャガーズルーク・ウィリアムスらヒール勢と対戦した。

1984年テネシー州メンフィスCWAに参戦し、ペッツ・ワトレーと組んでココ・ウェア&ノーベル・オースチンのプリティ・ヤング・シングスと黒人タッグ抗争を展開(ココ・ウェアもかつて「スウィート・ブラウン・シュガー」を名乗っていたことがある)[2]1987年はダラスのWCCWにて、ブッカーのゲーリー・ハートのアイデアでトニー・アトラスともタッグチームを結成した[2]

その後、ココ・ウェアの仲介でWWFと契約する話もあったが実現せず[2]1990年代初頭はキラー・ブルックスが旗揚げしたダラスのインディー団体NAWAで活動。ベテランのジョバーとしてWCWのショーにも出場した。プエルトリコWWCにも遠征し、1996年1月にTV王座を獲得している[12]

引退後は父の後を継いで説教師に転身した[2]2010年12月3日、テキサス州ダラスにて死去[2][13]。59歳没。

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
NWAビッグタイム・レスリング / ワールド・クラス・チャンピオンシップ・レスリング
NWAハリウッド・レスリング
  • NWAアメリカス・ヘビー級王座:1回[15]
ワールド・レスリング・カウンシル
  • WWC TV王座:1回[12]

脚注[編集]

  1. ^ 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P72(2002年、日本スポーツ出版社
  2. ^ a b c d e f g Skip Young, master of the dropkick dead at 59”. SLAM! Sports (December 8, 2010). 2010年12月11日閲覧。
  3. ^ The CWF matches fought by Skip Young in 1979”. Wrestlingdata.com. 2015年1月25日閲覧。
  4. ^ a b NWA Florida Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年12月11日閲覧。
  5. ^ a b c NWA Southern Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年12月21日閲覧。
  6. ^ NWA Hollywood 10.08.1979”. Cagematch.net. 2015年1月25日閲覧。
  7. ^ The NJPW matches fought by Skip Young in 1980”. Wrestlingdata.com. 2015年1月25日閲覧。
  8. ^ a b NWA Texas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年12月10日閲覧。
  9. ^ The AJPW matches fought by Skip Young in 1982”. Wrestlingdata.com. 2015年1月25日閲覧。
  10. ^ a b NWA Florida Television Title History”. Wrestling-Titles.com. 2010年12月11日閲覧。
  11. ^ a b NWA North American Tag Team Title: Florida version”. Wrestling-Titles.com. 2010年12月11日閲覧。
  12. ^ a b WWC Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年12月11日閲覧。
  13. ^ "Sweet Brown Sugar" Skip Young Passes Away”. Wrestling News Center (December 8, 2010). 2010年12月11日閲覧。
  14. ^ WCWA Texas Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年12月12日閲覧。
  15. ^ NWA Americas Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年12月12日閲覧。

外部リンク[編集]