ジェラード・マンリ・ホプキンス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
ジェラード・マンリ・ホプキンス

ジェラード・マンリ・ホプキンスGerard Manley Hopkins1844年7月28日イギリス - 1889年6月8日アイルランド)はイギリスヴィクトリア朝時代の詩人イエズス会所属の聖職者。

彼は自分の書いた半韻を使用して、半韻を一般的にした。また、スプラング・リズムを確立した。『ドイッチュラント号の遭難』や 『鷹』といった詩がよく知られている。

生涯[編集]

1844年、エセックスストラトフォードで生まれた。1863年、オックスフォード大学ベリオール・カレッジに入学した。

在学中にオックスフォード運動 (Oxford Movement) の影響を受けていた。ジョン・ヘンリー・ニューマンにならって彼の心もしだいにカトリック教会のほうに傾き、1866年ニューマンのもとで改宗、翌年オックスフォード大学を古典学科最優秀の成績ででると、その翌年にはイエズス教団に入った。

1877年に叙階し、ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン教授となる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

Hopkins, Gerard Manley. 1918. Poems