クストディオ・カストロ

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この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の)はディアス第二姓(父方の)はデ・カストロです。
クストディオ・カストロ Football pictogram.svg
Custódio Miguel Dias de Castro - Croatia vs. Portugal, 10th June 2013 (crop).jpg
名前
本名 クストディオ・ミゲル・ディアス・デ・カストロ
Custódio Miguel Dias de Castro
ラテン文字 Custódio Castro
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 (1983-05-24) 1983年5月24日(36歳)
出身地 ブラガ県ギマランイス
身長 181m
体重 75kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
1996-1999 ポルトガルの旗 ヴィトーリア・ギマランイス
1999-2001 ポルトガルの旗 スポルティングCP
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2001-2003 ポルトガルの旗 スポルティングCP B 48 (5)
2002-2007 ポルトガルの旗 スポルティングCP 95 (4)
2007-2008 ロシアの旗 ディナモ・モスクワ 9 (0)
2009-2010 ポルトガルの旗 ヴィトーリア・ギマランイス 28 (0)
2010-2015 ポルトガルの旗 ブラガ 87 (8)
2015-2017 トルコの旗 アクヒサル 76 (4)
通算 342 (21)
代表歴
1999 ポルトガルの旗 ポルトガル U-15 5 (0)
2000 ポルトガルの旗 ポルトガル U-16 11 (2)
2000 ポルトガルの旗 ポルトガル U-17 7 (1)
2001–2003 ポルトガルの旗 ポルトガル U-19 8 (3)
2003 ポルトガルの旗 ポルトガル U-20 10 (4)
2003–2006 ポルトガルの旗 ポルトガル U-21 13 (0)
2006 ポルトガルの旗 ポルトガル B 1 (0)
2012–2013 ポルトガルの旗 ポルトガル 10 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年6月28日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

クストディオ・ミゲル・ディアス・デ・カストロ(Custódio Miguel Dias de Castro, 1983年5月24日 - )は、ポルトガルギマランイス出身の元同国代表サッカー選手。ポジションは守備的MF。単にクストディオ (Custódio) としても知られている。

経歴[編集]

クラブ[編集]

ギマランイスに生まれたクストディオは、地元のヴィトーリアSCの下部組織からスポルティングCPの下部組織へ移籍。2001年からトップチームに登録され、2003年8月16日のアカデミカ・コインブラ戦(アウェイ2-1勝利)でトップリーグデビューを飾り、同2003-04シーズンは22試合に出場した。

ディナモ・モスクワでのクストディオ

以降を中心選手としてプレーし、2006-07シーズンには前シーズンの安定したプレーが認められパウロ・ベント監督から主将に任命されたが、同シーズン中に構想外となったことで出場機会が激減し、2007年6月にはロシア1部FCディナモ・モスクワへと放出された[1]

2009年1月にポルトガルの地へ戻り、同僚のシセロ・セメド英語版と共にユース時代を過ごしたヴィトーリアSCへ移籍。2010年8月31日に同じミーニョ地方を拠点とするライバルのSCブラガへ移籍した[2]

移籍1年目の2010-11シーズンは、ブラジル人で主将のヴァンジーニョ英語版レアンドロ・サリーノ英語版とポジション争いをしながらも公式戦で約25試合に出場。2011年2月25日のCSマリティモ戦(アウェイ2-1勝利)で至近距離から決勝点にして移籍後初得点をあげる[3]等シーズンを4位で終えることに貢献した。5月5日、SLベンフィカとのUEFAヨーロッパリーグ 2010-11準決勝第2戦(ホーム1-0勝利)でコーナーキックから頭で得点を記録、これが決勝点となりブラガはアウェーゴールルールにより決勝進出した[4]。ちなみに第1戦は、ポジション争いをしているヴァンジーニョが得点を決めている。

翌2011-12シーズンは、ヴァンジーニョが移籍したこともあり出場機会が増加するかに思われた矢先、膝を怪我したことで前半戦を棒に振った[5]。怪我から復帰後は、ポジション争いをしていたサリーノがバイアーノ英語版の怪我により右SBへポジションを移し、さらに新加入のリビア代表ジャマル・マハマト英語版アフリカネイションズカップ2012へ参加するためチームを離脱したことで定期的に起用され、マリティモ戦(アウェイ2-1勝利)や古巣ギマランイス(4-0勝利)戦で得点を挙げる[6]など活躍し、シーズン終了までポジションを守った。

代表[編集]

U-21代表としてUEFA U-21欧州選手権2004年2006年と2大会に出場した。

2012年5月14日、それまでA代表出場未経験だったものの、シーズン後半にクラブで好調だったことと、他のMF陣と異なる特徴をパウロ・ベント監督に買われ、クラブでの同僚で同様に代表未経験のミゲル・ロペスと共にUEFA EURO 2012のメンバーに選出された[7]。また、同大会に出場する全16チームの登録メンバーのうち、代表未経験の選手の中で29歳と最年長だった[8]。大会前の6月2日にリスボンで行われたトルコとの親善試合でA代表初出場を飾り[9]、グループステージのオランダ戦(2-1勝利)で負傷したラウール・メイレレスに代わり後半残り20分から大会初出場を果たした[10]

タイトル[編集]

スポルティング・クルーベ・デ・ポルトゥガル
SCブラガ

脚注[編集]

  1. ^ "КУШТОДИУ ПЕРЕХОДИТ В «ДИНАМО»"
  2. ^ "Custódio do Vitória de Guimarães para o Sporting de Braga"
  3. ^ "Artur heroics secures Braga win in Madeira"
  4. ^ "ブラガ、クストディオの得点で初の決勝へ"
  5. ^ "Braga bateu Trofense, mas Custódio lesionou-se"
  6. ^ "Sensational Braga crush Vitoria Guimaraes"
  7. ^ "ポルトガル、代表未経験の2選手を招集"
  8. ^ "地道な努力が実ったクストディオ"
  9. ^ "ポルトガル、不安を残したまま本大会へ"
  10. ^ "ロナウド、ポルトガルをベスト8へ導く"

外部リンク[編集]