オービックシーガルズ

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オービックシーガルズXリーグに所属する社会人のアメリカンフットボールのクラブチームである。メインスポンサーはシステムインテグレータ企業のオービックで、同グループのOBCなどを含む3社がオフィシャルスポンサー、その他数社がサポートスポンサーとなっている。本拠地は、千葉県習志野市にあるオービック習志野グラウンド(もとはレナウンローバーズの習志野レナウングランド。2003年の同チームの解散以降利用している[1]。)である。 運営者はレナウン習志野オフィス内に置かれた「株式会社OFC」(オービック・フットボール・クラブ)。 獲得した主要タイトルは、全国社会人チーム最多の計15回(ライスボウル優勝7回・Xリーグ優勝8回、ともに史上最多)である。

チームの変遷[編集]

  • 1983年リクルートの実業団チーム「リクルートシーガルズ」として創部(ニックネームはリクルートのシンボルマークのモチーフであるカモメから)。
  • 1989年千葉県千葉市美浜区に専用のグラウンドが完成し、シーガルズにとって躍進の年になる。秋季リーグでは優勝できなかったものの、1部リーグのチーム数増に伴う1部昇格決定戦で勝利し、東日本社会人1部に昇格した。
  • 1992年度の東日本社会人1部Aブロックで2位になったことを機に関東社会人の強豪に成長する。
  • 1995年度には東日本1部リーグで優勝し、東京スーパーボウルに出場するも、松下電工インパルス(現パナソニック電工インパルス)に敗れる。
  • 1996年度にオンワードオークスを破り、念願の東京スーパーボウルを制覇。ライスボウル(1997年始)でも京大を破り初の日本一を達成、1998年度(1999年始)にも、立命館大学を破って再びライスボウルを制した。
  • 1999年度には運営形態をクラブチームに変更し、リクルート社員以外の選手も受け入れるようになる。
  • 2002年6月末をもってリクルートがスポンサーから撤退し、名称をシーガルズに変更する。スポンサー不在ながらも秋季リーグで優勝し、東京スーパーボウルも制覇。しかし、ライスボウルでは当時最強と言われた立命館大学に敗れ、日本一を逃す。
  • 2003年度からは新たにオービックがメインスポンサーになり、チーム名をオービックシーガルズに改める。レナウンローバーズの解散に伴い本拠地「習志野グラウンド」を引き継ぐ[1]
  • 2005年度(2006年始)には、神奈川大学出身のQB龍村を中心としたハイパーオフェンスが炸裂し、法政大を49-17で破り、3回目のライスボウルを制覇を果たす。特にライスボウルではランニングバックの古谷拓也がタッチダウン5回、ラン35回、累計獲得距離249ヤードを記録する活躍を見せ、TDを獲得するシーンは「平成の八艘飛び」とスポーツニュースで報道された。
  • 2009年5月のパールボウル準決勝富士通フロンティアーズ戦では第3クォーターまでビハインドだったが最終クォーターに一挙14点を獲得 見事な逆転勝利を収めた。しかし6月の決勝。今度は前試合の富士通とも思える逆転負けを宿敵鹿島ディアーズに喫した(スコアもほぼ同じ17-20)。9月のリーグ開幕戦は千葉マリンスタジアムで開催、日本ユニシスBULLSを52-7で破る。
  • 2010年度(2011年始)、立命館大を24-0に完封し、4回目のライスボウル制覇を果たす。
  • 2011年度(2012年1月)、関西学院大ファイターズを第4クォーターに逆転し優勝。チーム初の2年連続日本一となる。
  • 2012年度(2013年1月)、再び関西学院大ファイターズを相手に迎え優勝。社会人初・日大以来2チーム目の3連覇、史上最多の通算6回目の日本一。
  • 2013年度(2014年1月)、三度関西学院大ファイターズを相手に迎え優勝。史上初の4連覇、史上最多の通算7回目の日本一。

2015年度ヘッドコーチに古庄氏が就任

関連チーム[編集]

小中学生によるフラッグフットボール主体のジュニアチーム「ジュニアシーガルズ」を運営している[2]。また、総合アメリカンフットボールチーム構想に基づき、老若男女誰もがアメリカンフットボールを楽しめるように、以下の2チームと姉妹チームの関係を結んでいる。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]