オースティン・ピー州立大学

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オースティン・ピー州立大学 (Austin Peay State University ) はアメリカ合衆国テネシー州クラークスビルにある4年制の州立大学Tennessee Board of Regents により運営される。南部大学学校協会に認可され、テネシー州内で最も速く成長した大学である[1]

歴史[編集]

クラークスビル・フリーメイソン89番支部がモンゴメリー郡男子アカデミーの出資者となった。1845年、フリーメイソン大学が創立され、1848年、モンゴメリー郡男子アカデミーとフリーメイソン大学は合併し、モンゴメリー・フリーメイソン大学・男子アカデミーとなった。この教育機関は男子大学およびアカデミーとしてナッシュビル長老派教会会議に譲渡される1855年まで続いた。長老派教会は大学名をスチュワート大学と変え、後にさらに南東長老派教会大学と名を変えた。1925年、大学はテネシー州メンフィスに移転し、1945年、Southwestern at Memphis となり、1984年に最終的にローズ大学と名を変えるまで長年続いた。これがオースティン・ピー普通学校の前身であり、現在オースティン・ピー州立大学の存在する場所となる。この大学のある地域はテネシー州ノックスビルより西で最も長く高等教育を施していた場所である。

1927年にAct of the General Assembly により2年間の短期大学および教員養成機関として、創立時に3期目を迎えたテネシー州知事オースティン・ピーに敬意を表し名付けられたオースティン・ピー普通学校が開校した。当初は限られた目的、資金だったが、テネシー州教育委員会の運営下、単科大学と総合大学の間の存在となるべく長年かけて徐々に水準を高めた。

普通学校時代の1931年、最初の新設校舎としてハーンド・ホールが建てられ、現在も存在する。1939年、州教育委員会から理学士課程の開設を認可され、理学士資格は1942年春の卒業式で初めて授与された。1943年2月4日、Act of the Tennessee Legislature により校名がオースティン・ピー州立大学に変えられた。1951年、州当局は文学士課程の開設を認可し、1952年、大学は教育学修士課程を申請。1966年11月の会議において、州教育委員会は単科大学から総合大学への移行を審議し、1967年9月に実行された。1967年2月、州教育委員会は文学修士、理学修士課程を認可。1968年、準学士が承認された。1972年、州教育委員会は高等教育機関の運営をTennessee Board of Regents に移行した。

1974年、Tennessee Board of Regents は美術学士と教育専門課程を認可。1979年、伝統的な文学士、理学士が新設の経営学士課程と置き換えられた。1979年、看護学士が承認された。1983年、Tennessee Board of Regents は音楽修士課程を認可。2001年、Bachelor of Professional Studies を認可。

2000年、急成長し、2001年から2010年の間に52.4%上昇しテネシー州立大学で最も速い成長となった。2009年秋の入学者は10,188名となり、入学者数が1万人を初めて越え、2010年秋には10,723名となった。2010年秋、2年間の化学工学準学士課程の最新校舎のヘムロック半導体ビルディングが公開された。大学は拡大を続け、ディクソンのルネサンス・センターにも開講できるよう申請中で、将来的にスプリングフィールドでも開講できるよう計画中である。

竜巻被害[編集]

1999年1月22日早朝数時間、F4の竜巻がクラークスヴィルのダウンタウンおよび大学キャンパスを襲った。クレメント、ハーンド、ハーヴィル、アーチウッドの校舎は窓や屋根が壊れるなと重大な被害を受けた。この竜巻による死者は出なかった。130本もの木々が粉々になりキャンパス中に散らばり、校舎内に暗い影を落とした。大学は1週間以内に授業を開始すると誓約した『オペレーション・リストレーション(業務回復)』を早急に開始し、教職員、地元ボランティアの根気と尽力のおかげで大学は3日で再開することができた。重大な被害を受けた校舎は1年以内に再開された。

スポーツ[編集]

大学内のスポーツ・チームのほとんどがOhio Valley Conference (OVC)に加盟しており、オースティン・ピー州知事に敬意を表し、『ガヴァナーズ』(知事)と名付けられている。応援の掛け声の主なものは「レッツ・ゴー、ピー!」である。

フットボールのチームはPioneer Football League に加盟しているが、2005年4月8日、2005年のシーズンからリーグを離脱し、2007年からOVCに加盟することが発表された。

バスケットボール・チームは男女共OVCにおいて伝統的に強い地位にいる。男子チームはデイヴ・ルース監督によりNCAAトーナメントへの出場権を3回獲得することができ、カンファレンス内で最も強い監督として、最も尊敬される監督の1人となっている。トレントン・ハッセルブッバ・ウェルズなどのような著名な選手を輩出し続けている。1987年のトーナメントでは第1試合でイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校と対戦し68対67で勝利した。

2006年7月から8月、テネシー・タイタンズがキャンパス内でトレーニング・キャンプを行なった。

キャンパス内のビルディング[編集]

校舎または陣営事務所[編集]

学生寮[編集]

  • Sevier Hall (女子)(初代テネシー州知事ジョン・セビアに因む)
  • Beatrice Hand Village (男女共用)
  • Emerald Hills (家族住宅)
  • Blount Hall (男女優等生用)(テネシー選出上院議員ウィリアム・ブラウントに因む)
  • Harvill Hall (男女優等生用)
  • Marion Street Apartments (教職員)
  • Meacham Apartments (男女共用)
  • Miller Hall (男子)
  • Castle Heights (新入生)
  • Two Rivers Apartments (男女優等生用)

学部[編集]

著名な卒業生[編集]

歴代学長[編集]

  • 1929年~1930年、ジョン・S・ジーグラー
  • 1930年~1946年、フィランダー・クラクストン
  • 1946年~1962年、ハルバート・ハーヴィル
  • 1962年9月~12月、アール・E・セクストン(臨時)
  • 1963年~1976年、ジョー・モーガン
  • 1976年~1987年、ロバート・O・リグス
  • 1988年~1994年、オスカー・ペイジ
  • 1994年7月~10月、リチャード・G・ローダ(暫定)
  • 1994年~2000年、サル・D・リネラ
  • 2000年~2001年、シェリー・L・ホップ(暫定)
  • 2001年~2007年、シェリー・L・ホップ
  • 2007年~現在、ティモシー・L・ホール

脚注[編集]

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  1. ^ Green, Tavia. “Austin Peay State University continues growth, Nashville State opens doors”. The Leaf Chronicle. Clarksville Leaf Chronicle. 2012年12月28日閲覧。

外部リンク[編集]