駒込 (豊島区)

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駒込
駒込駅北口
駒込駅北口
駒込の位置(東京23区内)
駒込
駒込
駒込の位置
北緯35度44分11.36秒 東経139度44分48.75秒 / 北緯35.7364889度 東経139.7468750度 / 35.7364889; 139.7468750
日本
都道府県 東京都
特別区 豊島区
地域 巣鴨地域
人口
2016年(平成28年)1月1日現在)[1]
 • 合計 17,331人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
170-0003(豊島郵便局管内)
市外局番 03(東京MA)
ナンバープレート 練馬
※座標はJR駒込駅付近

駒込(こまごめ)は、東京都豊島区町名。現行行政地名は駒込一丁目から駒込七丁目。

地理

豊島区北部・駒込台地に位置する。北で北区西ヶ原、東で北区中里田端、南で文京区本駒込、西で巣鴨と接する。

暗渠であるが、染井霊園から台東区上野不忍池へ向かって谷田川(藍染川)が流れている。「霜降橋」などの地名は、かつてが架けられていた名残である。

歴史

かつての豊島郡駒込村は文京区本駒込千駄木などを含んでいた。のち、上駒込村・下駒込村に分かれ、前者は豊島区駒込となった。

地名の由来

遺跡

豊島区駒込一丁目と文京区本駒込五丁目との境で発見された駒込一丁目遺跡付近からは、弥生後期の遺跡が発見されている。これまで20棟を超える竪穴住居跡が発掘されている。現在の市街地が形成された江戸時代明治時代から遡ってみると、市街地形成以前にも駒込の名は多く記録に残されている。また駒込は日本武尊が命名者との説がある。付近の西ヶ原でも旧石器時代の出土品や縄文時代の集落跡が見つかっている。

植木・ソメイヨシノ・ツツジ

駒込染井村には伊勢津藩藤堂家下屋敷抱屋敷(約8万坪:26万m²)を構えていた。染井村には植木職人が多く住み、村全体が花園だった。ソメイヨシノもこの地の植木職人が作り出したとされている。現在は六義園染井門や染井霊園に当時の地名を見ることができる。また、この辺りでは霧島ツツジの栽培も盛んだった。JR駒込駅の土手に春になるとツツジが多いのはその名残。また木戸孝允別邸跡があり、明治天皇行幸の石碑が建てられている。この近隣には木戸坂という坂がある。

交通

鉄道

道路

施設

女子栄養大学短期大学部

脚注

外部リンク