阪本順治
さかもと じゅんじ 阪本 順治 | |||||||||||||
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生年月日 | 1958年10月1日(65歳) | ||||||||||||
出生地 | 大阪府堺市 | ||||||||||||
職業 | 映画監督 | ||||||||||||
ジャンル | 映画 | ||||||||||||
活動期間 | 1989年 - | ||||||||||||
主な作品 | |||||||||||||
映画 『どついたるねん』 『顔』 『亡国のイージス』 『魂萌え!』 | |||||||||||||
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阪本 順治(さかもと じゅんじ、1958年10月1日 - )は、日本の映画監督。
来歴・評価
大阪府堺市生まれ。家業は仏具商で、生家の向かいが東映の映画館であったことから幼少期より映画に親しむ。大阪府立三国丘高校を経て、横浜国立大学教育学部中退。在学中から石井聰互、井筒和幸、川島透などの現場に美術助手や助監督として参加するかたわら、自主映画を制作していた。
1989年、赤井英和主演の『どついたるねん』で監督デビューを果たし、芸術選奨文部大臣新人賞、日本映画監督協会新人賞、ブルーリボン賞最優秀作品賞など数々の映画賞を受賞。
男の世界を描いた作品が多いが、2000年の『顔』では主演に藤山直美を迎えて女の内面を描き、各方面から賞賛され、キネマ旬報ベストワンや2001年度第24回日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞した。
エピソード
- 『どついたるねん』、『王手』、『ビリケン』を新世界3部作と呼ぶが、これは阪本が「大林宣彦監督の“尾道三部作”に対抗しましょっか」と冗談で言ったのが始まり。
- 佐藤浩市、原田芳雄、岸部一徳、真木蔵人、豊川悦司、國村隼らとたびたび組んでいるが、それは彼らしかできない役だとの真剣な思いで起用したのであり、「『阪本劇団』などといわれるが、俺たちは『なかよしクラブ』などではない」と著書で語っている。
- 『KT』では、荒井晴彦が執筆した脚本を無断で書き換えたとして、「映画芸術」誌上で荒井に批判された。
- 『闇の子供たち』では、マスコミに対して「フィクションではなく、真実」と発言していた[要出典]が、映画に協力した大阪大学医学部の福嶌教偉は「タイで日本人が心臓移植を受けた例はない」としてフィクションであることを明言している。しかし日本ユニセフ協会がウェブサイトに「現実を映し出している」「内容はドキュメンタリと同じ」と表現した結果、ノンフィクションとしての印象が強まることとなった。
- 2007年1月2日放送の「芸能人格付けチェックこれぞ真の一流品だ!!'07お正月スペシャル!」において一流監督と素人が監督した作品とを見極めるという主旨の問題で、一流監督として短編作品を監督した。ただし、多くのチームは素人のハリセンボンの箕輪はるかが監督した作品の方を支持し、阪本が監督した作品を支持したのは1チーム(アントニオ猪木・小川直也)だけだった(しかも直感だった)。
監督作品
- 1989年 - 『どついたるねん』
- 1990年 - 『鉄拳』
- 1991年 - 『王手』
- 1994年 - 『トカレフ』
- 1995年 - 『BOXER JOE』
- 1996年 - 『ビリケン』
- 1997年 - 『傷だらけの天使』
- 1998年 - 『愚か者 傷だらけの天使』
- 2000年 - 『顔』
- 2000年 - 『新・仁義なき戦い』
- 2002年 - 『KT』(1973年に発生した金大中事件を脚色した作品)
- 2003年 - 『ぼくんち』
- 2004年 - 『この世の外へ クラブ進駐軍』
- 2005年 - 『亡国のイージス』
- 2007年 - 『魂萌え!』
- 2008年 - 『闇の子供たち』
- 2008年 - 『カメレオン』
- 2010年 - 『座頭市 THE LAST』
- 2010年 - 『行きずりの街』
- 2011年 - 『大鹿村騒動記』
著書
- 孤立、無援(2005年、ぴあ)
研究・応援書
- 銀幕没我(1994年、「銀幕没我」編集委員会=鈴村たけし・北見秋満・ますだけいこ)※阪本自身も寄稿