成人T細胞白血病

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成人T細胞白血病(せいじんTさいぼうはっけつびょう、ATL, Adult T-cell leukemia、成人T細胞白血病/リンパ腫、- leukemia/lymphoma)は、腫瘍ウイルスであるHTLV-1感染を原因とする白血病、もしくは悪性リンパ腫である。

概要

1976年昭和51年)に高月清らによって発見、命名された。発症の原因はHTLV-I感染であり、独自の形態をもつ異型リンパ球(CD4陽性リンパ球)の単クローン性腫瘍である。

ATLの臨床経過は多彩であり、以下のような4つの病型と1つの病態が知られている。

  • 病型
    • 急性型
    • リンパ腫型
    • 慢性型
    • くすぶり型
  • 病態
    • 急性転化

この診断基準は消去法にて定義されている。急性型の病態が最も多彩であり、定義しにくい反面、くすぶり型、慢性型、リンパ腫型はそれぞれの特徴が比較的明確である。基本的には定義しやすいくすぶり型、慢性型、リンパ腫型でなければ急性型と考える[1]

予後不良因子としては、年齢、パフォーマンスステータス、総病変数、高カルシウム血症、高LDH血症があげられる。予後不良因子を持たないくすぶり型と慢性型では化学療法がむしろ免疫不全を助長し、感染症合併の要因になるため、原則として経過観察とする。急性型、リンパ腫型では極めて予後不良であるため、ただちに加療する必要がある。急性化すると極めて予後不良である。急性型と診断された患者の生存期間中央値は1年未満である[2]

疫学

原因ウイルスであるHTLV-Iの感染者は日本、特に沖縄と南九州に多く、他にはカリブ海沿岸諸国、中央アフリカ、南米などに感染者がみられる。そのため、成人T細胞白血病(ATL)患者もこれらの地域に多くみられる[3]

日本におけるATLによる年間死亡者数は約1,000人であり、1998年平成10年)以降の10年間に減少傾向はみられていない[4]

HTLV-I感染

HTLV-1キャリアは日本全国で100万以上いるとされる[5]。また、日本人におけるHTLV-Iの陽性率は、献血者を対象とする結果から0.32%と推定されている[4]。一方、感染者の分布は沖縄・鹿児島・宮崎・長崎に編在している。例えば東京都におけるHTLV-1の陽性率が0.15%と低率であるのに対して、全国で最も陽性率が高い鹿児島県では1.95%と、住民の約50人に一人がHTLV-1キャリアとなっている[4]

日本ではHTLV-Iキャリアのうち、毎年600-700人程度がATL(病型は問わない)を発症している。キャリアの生涯を通しての発症危険率は2-6%である。HTLV-1の感染経路は授乳性交輸血があげられる。キャリアの母親による母乳保育が継続された場合、児の約20%がキャリア化するとされる[6]。一方、これを人工栄養へ切り替えることによって母子感染はほぼ防げる。性交による感染は通常、精液に含まれるリンパ球を通じての男性から女性への感染である[5]

個体内でのHTLV-1増殖の場は主にリンパ節であると考えられている。リンパ節で増殖したATL細胞が血液中に流出すると、特徴的なATL細胞が末梢血で見られるようになる[7]

治療

CHOP療法が選択されるが、再発、薬剤耐性化が多い。若年発症では造血幹細胞移植も試みられている。

  • 成人T細胞白血病自体への治療
    急性白血病と同様、寛解導入療法後の造血幹細胞移植が検討されている。寛解導入療法としてはCHOP療法やLSG15といった化学療法を用い、造血幹細胞移植は一般的な前処置を用いた同種骨髄移植が考えられている。
    一般に急性型、リンパ腫型、予後不良因子を有する慢性型が治療対象となり、一般的にaggressive lymphomaに準じた治療法が選択される。名前のとおりT細胞性でありCD20陰性のため、CHOP療法が選択される。予後不良因子を持たない慢性型やくすぶり型ならば経過観察となる。ATLは初回から薬剤耐性を示すことが少なくなく、標準的な治療法が未だに確立していない。CHOP療法によって1stCR(完全寛解)を得る症例が近年増えているが、再発が多く、再発例は薬剤耐性があるためペントスタチンや造血幹細胞移植、CCR4抗体、CD52抗体、ジドブジン、インターフェロンαといった治療法が現在研究中である。
    感染から発症までの期間が非常に長いため、成人で初感染した場合は発症せずに寿命を迎えることがほとんどである。
  • 合併症への治療

HTLV-1の発癌機構

母乳中のHTLV-1感染リンパ球が乳児の消化管内で乳児のリンパ球に接触することでHTLV-1は新たに感染することができる。レトロウイルスであるため、リンパ球DNAに組み込まれ、ウイルスの再生産を行う。HTLV-1のp40 taxは宿主細胞のIL-2レセプター遺伝子などを活性化し、その分裂増殖を引き起こす。こうして無限増殖を繰り返す宿主細胞がその過程でなんらかのエラーをおこし、形質転換をおこし、ATLを発症すると考えられている。

歴史

1970年代の日本の白血病、リンパ腫の論文ではいくつかの興味深い症例報告をみることができる。西南日本に予後不良の悪性リンパ腫が多いこと、家族内発症が悪性リンパ腫にみられること、ホジキン病が南九州に多いこと、セザリー症候群や皮膚T細胞リンパ腫が九州に多いこと、リンパ腫から白血化し、急激に死にいたる症例が認められること、末梢血に核が分葉した奇妙な白血病細胞が認められることなどがあげられる。

これらの多くは2008年平成20年)現在の診断能力ではATLと診断されておかしくないものばかりであるが、腫瘍ウイルスが原因とわかったのは1980年代である。

2015年10月21日京都大学らのグループがスパコンの「」を用いて、成人T細胞白血病の遺伝子異常の全貌を解明することに成功したと発表[8][9]。本研究は国際科学誌「Nature Genetics」電子版に掲載された[8]

本研究の結果は、ATLの病気の仕組みの解明に大きな進展をもたらすのみならず、今後、本疾患を克服するための診断や治療への応用が期待される[8]

分布と縄文人

ATLのウイルスキャリアが日本人に多数存在することは知られていたが、東アジアの周辺諸国ではまったく見出されていない。いっぽうアメリカ先住民やアフリカ、ニューギニア先住民などでキャリアが多い。日本国内の分布に目を転じると、南九州や沖縄アイヌに特に高頻度で見られ、四国南部、紀伊半島の南部、東北地方太平洋側隠岐五島列島などの僻地や離島に多いことが判明している。九州、四国、東北の各地方におけるATLの好発地域を詳細に検討すると、周囲から隔絶され交通の不便だった小集落でキャリアは高率に温存されている。東京、大阪など大都市で観察される患者の90%以上は九州などに分布するATL好発地帯からの移動者で占められていた。

以上より、日沼頼夫はこのウイルスのキャリア好発地域は、縄文系の人々が高密度で残存していることを示していると結論付けた[10]。HTLVはかつて日本列島のみならず東アジア大陸部にも広く分布していたが、激しい淘汰が繰り返されて大陸部では消滅し、弥生時代になってウイルス非キャリアの大陸集団が日本列島中央部に多数移住してくると、列島中央部でウイルスが薄まっていったが、列島両端や僻地には縄文系のキャリア集団が色濃く残ったものと考えられる。

脚注

  1. ^ 浅野『三輪血液病学』p.1494
  2. ^ 浅野『三輪血液病学』pp.1494-1496
  3. ^ 浅野『三輪血液病学』p.1490
  4. ^ a b c 厚生労働省研究班(班長: 山口一成) 「本邦におけるHTLV-I感染及び関連疾患の実態調査と総合対策」 平成20年度総括研究報告書
  5. ^ a b 浅野『三輪血液病学』p.1491
  6. ^ 木下研一郎 「成人T細胞白血病・リンパ腫」 新興医学出版社(平成15年) p102-16
  7. ^ 浅野『三輪血液病学』p.1493
  8. ^ a b c 京都大学公式サイト - 研究・産官学連携 - 研究成果 『成人T細胞白血病リンパ腫における遺伝子異常の解明』
  9. ^ “成人T細胞白血病リンパ腫における遺伝子異常の全貌を解明-京大”. QLifePro. (2015年10月23日). http://www.qlifepro.com/news/20151023/clarify-the-whole-picture-of-genetic-abnormalities-in-adult-t-cell-leukemia-lymphoma.html 2015年10月25日閲覧。 
  10. ^ 日沼頼夫(1998)、「ウイルスから日本人の起源を探る」『日本農村医学会誌』,(1997-1998) ,46(6) ,908-911

参考文献

関連人物

外部リンク