大久保一久
大久保 一久 | |
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生誕 | 1950年7月22日 |
出身地 | 日本・広島県呉市 |
死没 |
2021年9月12日(71歳没) 日本・東京都 |
学歴 | 昭和薬科大学薬学部 卒 |
ジャンル |
フォークソング ニューミュージック J-POP |
職業 | シンガーソングライター |
担当楽器 |
ボーカル ギター |
活動期間 | 1971年 - 2021年 |
レーベル | 日本クラウン |
共同作業者 |
猫 風 吉田拓郎 |
大久保 一久(おおくぼ かずひさ、1950年7月22日 - 2021年9月12日)は、日本のミュージシャン、フォークシンガー、シンガーソングライターである[1][2]。薬剤師でもある[1]。血液型はA型。愛称は「クボやん」[3]。 広島県呉市出身[1][4][5]。広島県立呉宮原高等学校を経て、昭和大学薬学部卒業。
略歴
- 学生時代から広島フォーク村などで活動[1][4]。
- その後、ユイ音楽工房に入社。
- 1973年、フォークグループ「猫」に加入し、3rdアルバム 『猫・あなたへ』、4thアルバム『猫・エピローグ』に参加。
- 1975年、「猫」解散直前に脱退。かぐや姫の伊勢正三とフォークデュオ「風」を結成[2][6]。
- 1977年、結婚
- 1979年、「風」活動休止。ソロ活動に入る
- 1983年、ソロ活動休止。その後は薬剤師として薬局に勤務[1]。
- 1990年、南こうせつのライブ・イベント「第10回 サマーピクニック ファイナル」に伊勢正三と共に出演。一夜限りの「風」復活。
- 2001年、ソロ活動再開。木下敬と「M」を結成
- 2007年5月6日、品川プリンスステラボールにおける伊勢正三のソロコンサートに飛び入り参加[7]、28年ぶりの「風」復活を果たした。7月21日の「べるが」コンサートにも出演。
- 2008年4月1日、ゲスト出演する予定の伊勢のコンサートのリハーサルの後に倒れ、都内の病院に搬送された。脳血管障害のため、緊急手術を受けた[1]。 ゲスト出演する予定だったコンサートツアー中止。手術は成功し、7月に退院し、その後は広島の実家で療養を続けていた[1]。
- 2021年9月12日、急性心臓疾患のため、東京都内の自宅で死去[8]。71歳没。近年は脳梗塞を患い、入退院を繰り返していた[1]。
エピソード
- アマチュア時代の1971年、自主制作で出した『知らない街で』は、吉田拓郎の初めての他人への提供曲といわれている[4][5]。
- 風時代にはアルバム「海風」あたりからそのポップな感覚に独自性を発揮しはじめ(「トパーズの色の街」など)、「MOONY NIGHT」では伊勢正三に遜色ない独自な世界を完成させ、ソロ時代に移ることとなった。
- プロ野球は広島ファン。そのため『JAM JAM 11』(ラジオ大阪)のパーソナリティを務めていた頃は、大阪の局の番組であるにも関わらず広島びいきを展開し、巨人だけでなく阪神をもけなすトークをしていたこともあった[9]。
ディスコグラフィー
シングル
- 暁に帰る/色褪せた街角(1979年)
- 君よ/季節の変わり目(1980年)
- 三人関係/裏街そのあたり(1981年)
- 君のスカーフ/つめたい雨(1981年11月25日)
- 抱きしめたい/Say Good-bye(1983年)
アルバム
- IN MY LIFE(1979年8月25日)
- (out of…)(1981年)
- Loving you(1982年)
出演
ラジオ
- 電撃わいどウルトラ放送局(1978年4月 - 1979年3月、ラジオ関東)
- JAM JAM 11(1979年4月 - 1980年4月、ラジオ大阪)
- MBSミュージックマガジン(1980年10月 - 1981年3月、MBSラジオ)
- 熱中スペース午前1時(1981年4月4日 - 1982年4月3日、MBSラジオ 土曜深夜 25:00 - 25:30 柏原芳恵と共演)
- ミュージックタウン(1982年 - 1983年当時、中国放送 月曜 - 金曜深夜 24:00 - 24:15)
脚注
- ^ a b c d e f g h "伊勢正三ショック…フォークデュオ「風」の相棒・大久保一久さん死去、71歳". サンケイスポーツ. 産経デジタル. 16 September 2021. 2021年9月16日閲覧。
- ^ a b “「22才の別れ」“風”の大久保一久さん死去 相棒・伊勢正三が追悼「ありがとう、おやすみなさい」”. オリコンミュージック (オリコン). (2021年9月16日) 2021年9月30日閲覧。
- ^ 明星(集英社)1982年12月号 p.159 など
- ^ a b c “【追悼】フォークデュオ「風」大久保一久さん 名曲「22才の別れ」にとどまらない唯一無二の世界観”. 日刊ゲンダイデジタル (日刊現代). (2021年9月18日). オリジナルの2021年9月21日時点におけるアーカイブ。 2021年9月30日閲覧。
- ^ a b “フォークデュオ・風の大久保一久が死去、享年71”. 全日本歌謡情報センター (ジャパンミュージックネットワーク). (2021年9月18日). オリジナルの2021年9月19日時点におけるアーカイブ。 2021年9月30日閲覧。
- ^ “大久保一久が死去、「22才の別れ」大ヒットしたフォークデュオ・風のメンバー”. |ナタリー (ナターシャ). (2021年9月16日) 2021年9月30日閲覧。“伊勢正三「ありがとう、久保ヤン。おやすみなさい」 「風」の相棒・大久保一久さん追悼”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2021年9月16日). オリジナルの2021年9月17日時点におけるアーカイブ。 2021年9月30日閲覧。
- ^ “伊勢正三「長い間ほんとにがんばったね」 盟友・大久保一久さん追悼”. デイリースポーツ (2021年9月16日). 2021年9月16日閲覧。
- ^ “大久保一久さんが死去 フォークデュオ「風」”. 産経ニュース (2021年9月16日). 2021年9月16日閲覧。
- ^ 明星(集英社)1979年10月号「ラジオDJ広場」