丘灯至夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Htks (会話 | 投稿記録) による 2015年11月21日 (土) 01:13個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

丘 灯至夫
おかとしお
出生名 西山 安吉
別名 河野 一郎
丘 十四夫
丘 灯至夫
生誕 (1917-02-08) 1917年2月8日
出身地 日本の旗 日本福島県田村郡小野新町
死没 (2009-11-24) 2009年11月24日(92歳没)
学歴 郡山市立郡山商工学校卒業
職業 作詞家

丘 灯至夫(おか としお、1917年2月8日 - 2009年11月24日)は作詞家。本名は西山安吉。丘灯至夫以外にも丘十四夫、河野一郎などの数々のペンネームを持つ。

人物

好々爺として知られ、その明るい人柄から作品も明るい青春歌やホームソング的なものが多い。代表作は『高原列車は行く』、『高校三年生』、『憧れの郵便馬車』など。アニメの主題歌なども手がけており、『ハクション大魔王』、『みなしごハッチ』、『ガッチャマンファイター』などが知られている。[1]

ペンネームの由来は、新聞記者としての経験から「押しと顔」を逆から読んだものといわれている。新聞記者は押しが強くて面の皮が厚い、と言われることから[2]。息子は救心製薬社員の丘きんじ。[3]

略歴

幼少期

福島県田村郡小野新町(現・小野町)の西田屋旅館(現存)の六男として生まれる。[4]

1929年、福島県郡山市立金透小学校尋常科を卒業。[4]

1932年、福島県郡山市立郡山商工学校(現・福島県立郡山商業高等学校)商業科を卒業。[4]

少年時代は体が弱く、よく家族に連れられて福島県猪苗代町の旧・沼尻鉄道に揺られて中ノ沢温泉へ湯治へ出かけていた。その記憶が、のちにヒット曲『高原列車は行く』の誕生に繋がる。

青年期

体が弱かったため仕事が長続きせず、職を転々とする。ひたすら読書にふけり、詩人・西條八十主宰の雑誌に作品を載せてもらったり手紙を出したりしているうちに交流を持つ。

1935年、18歳の頃に西條に弟子入り[1]。詩、歌謡、童謡などの作詞の道に進む。[4]

作詞家へ

1941年NHKに入局[4]郡山放送局(当時)に勤務し、一時アナウンサーも務める。[5]

1942年、NHKから毎日新聞社(東京)に転職し地元の福島支局記者となる。[4]

1943年、小柄で脊椎が悪くいつもギプスを着用していた灯至夫にも召集令状が下る。海軍に配属されたものの病気になり、海軍病院に入院し召集解除されている。

1948年、毎日新聞東京本社出版局に転勤し、毎日グラフ記者として活躍。

1949年、たまたま手がけることとなった『母燈台』(三益愛子主演映画の主題歌。歌手:霧島昇)の作詞をきっかけに、日本コロムビア株式会社の専属作詞家となる[1]。なお、作詞家となった後も毎日新聞社には籍を置き続けており1972年に毎日新聞社を定年退職している。その際、毎日新聞社会長より終身名誉職員の名を与えられ出版局特別嘱託となる。[4]

1963年、『高校三年生』他の作詞により日本レコード大賞作詞賞を受賞。[1][4]

1964年、童謡『ワン・ツー・スリー・ゴー』により日本レコード大賞童謡賞を受賞。[4]

1982年、地方自治功労により福島県田村郡小野町特別功労表彰を受ける。[4]

1988年、芸術文化功労により勲四等瑞宝章受章。[1]

1993年、福島県田村郡小野町に「丘灯至夫記念館」(ふるさと文化の館内)がオープンし2001年に小野町名誉町民第1号となる。[4]

2009年11月24日、腎不全のために東京都内の病院にて永眠。92歳没。[1]

主な作品

※発売元(コロムビアミュージックエンタテインメント)はリリースにあたり「丘作品の集大成」と銘打ったが、本人の死去でその通りとなった。

著書

  • 『歌暦五十年』(全音楽譜出版社)
  • 『歌に見る近代世相史』(旺文社)
  • 『明治・大正・昭和歌謡集』(弥生書房)
  • 『ヒットソングの世界』(島田音楽出版社)、他

参考文献

  • 古関裕而著『鐘よ 鳴り響け』(主婦の友社)
  • 齋藤秀隆 『古関裕而物語』(歴史春秋社)
  • 福島民報新聞社『20世紀・ふくしまの肖像』
  • 丘灯至夫記念館ホームページ

脚注

  1. ^ a b c d e f 作詞家の丘灯至夫氏死去 丘灯至夫記念館 産経新聞 2009年11月24日12:41配信
  2. ^ 「編集手帳」 『読売新聞』 2011年11月8日朝刊。
  3. ^ 救心新CM「そんな時には」編(2012年8月16日放映開始)
  4. ^ a b c d e f g h i j k 丘灯至夫記念館 2009年11月24日
  5. ^ 小川宏、「丘さんは天国へ飛び立った」 『毎日新聞』 2009年12月9日、13版、13面。

関連項目

外部リンク