フェラーリ・テスタロッサ

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フェラーリ・テスタロッサ
概要
販売期間 1984年[1][2][3][4][5] - 1992年
ボディ
乗車定員 2人[6][7][8]
ボディタイプ 2ドア[6][7][9][8]クーペ[6][9]
駆動方式 MR[1][6][2]
パワートレイン
エンジン F113A型4,943cc[6][2][8]
180度V12DOHC[6][2][8]
最高出力 380PS/5,750rpm[3][9][10][8]または390PS[5]/6,300rpm[1][6][2]
最大トルク 48.0kgm/4,500rpm[8][10]または50.0kgm/4,500rpm[1][6]
変速機 5速MT[1][6][7][4][8]
車両寸法
ホイールベース 2,550mm[6][9][8][10]
全長 4,465mm[7]または4,490mm[1][6]または4,510mm[9][8][10]
全幅 1,970mm[7][9][8][10]または1,980mm[1][6]
全高 1,130mm[1][6]または1,160mm[7][9][8][10]
車両重量 1,510kg[1][6]または1,630kg[7]または1,660kg[9][8][10]
系譜
先代 512BBi
後継 512TR
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テスタロッサTestarossa )は、フェラーリが製造していたスポーツカーである。テスタロッサはイタリア語で「赤い頭」を意味する[1]。これはかつての名車250TR500TRと同様エンジンのカムカバーが赤く塗られているところから名付けられた[1][4]

概要

水平対向(180°V型)12気筒エンジン

1984年[2][4]10月のモンディアル・ド・ロトモビル[2][4]で発表され、それまでのフェラーリ・512BBiからフラッグ・シップの座を引き継いだ。250TR500TRと区別するため新テスタロッサとも呼ばれる。

フェラーリは車名にそれまでの数字とアルファベットの組み合わせではなく、往年の名レーシングカーの車名をリバイバルさせるようになり、テスタロッサという車名も1960年代の250テスタロッサ、または500テスタロッサに由来し、これら同様にカムカバーは赤く塗られている。

エンジンはバンク角180度のV型12気筒[6][4][8][10]。内径82mm×行程78mm[6][9][8][10]で排気量は4,943cc[6][2][9][4][8][10]、燃料供給はボッシュ製Kジェトロニック[1][2]と512BBi同様であるが、4バルブ化され吸気効率の向上を狙っている。

欧州モデルの公称出力390PS[5]/6,300rpm[1][6][2]、50.0kgm/4,500rpm[1][6][注釈 1]に対し、日本国内・米国・カナダ向けモデルは排気ガス対策によって380PS/5,750rpm[3][9][4][8][10]、48kgm/4,500rpm[3][9][4][8][10]となり、また1速および2速のギヤ比が低いなど、輸出先の国情や法規にあわせていくつかの仕様が存在する。最高速度290km/h[11][2][3][4]または300km/h[1][注釈 2]。0-100km/hは5.8秒[2][3][4]、0-1,000mは24.1秒[1]とメーカーから発表されている。

キャビン居住性にも配慮した結果、エンジン搭載位置は後ろ側へ追いやられてリアアクスルの周辺に位置するギアボックスの上方にレイアウトされるためRR車に近い重量配分となり、必然的に重心は高くなってしまっている。加えて厳しくなりつつある各国の安全基準への対応による重量増加も加わり、一般的に考えられるミッドシップ・スポーツカーの性格というよりグランツーリスモ的なハンドリングキャラクターを持つ。

サイドラジエーターに空気を取り込むためにドアからリアフェンダーにかけてスリット状のエアインテークが設けられている[5]

中期型

1986年に改良を受けた。

初期型はイタリア法規に従い運転席側ミラーのみをAピラーの中ほどの高さに配置するが、海外諸国の法規も考慮され、一般的なAピラー根本にミラー位置を変更した。

また燃料供給システムがKEジェトロニック[9][4]となった。公称出力等に変更はなかった。

後期型

1989年にホイールの固定方式をセンターロックから一般的ナット固定に変更、アライメントも変更された。

1992年[12]に後継車種[12]512TRが発売[12]になり製造中止された。

関連項目

注釈

  1. ^ 『外国車ガイドブック1985』p.11は400PSとする。
  2. ^ 『外国車ガイドブック1985』p.11は295km/hとする。

出典

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『外国車ガイドブック1985』p.158。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 『外国車ガイドブック1986』p.156。
  3. ^ a b c d e f 『外国車ガイドブック1987』p.166。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l 『外国車ガイドブック1988』p.159。
  5. ^ a b c d 『輸入車ガイドブック1992』p.155。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 『外国車ガイドブック1985』pp.210-211。
  7. ^ a b c d e f g 『外国車ガイドブック1986』pp.210-211。
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 『外国車ガイドブック1988』pp.194-195。
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m 『外国車ガイドブック1986』pp.204-205。
  10. ^ a b c d e f g h i j k l 『輸入車ガイドブック1992』p.159。
  11. ^ 80年代輸入車のすべて- 魅惑の先鋭 輸入車の大攻勢時代. 三栄書房. (2013). pp. 78. ISBN 9784779617232 
  12. ^ a b c 『輸入車ガイドブック1993』p.157。

参考文献

  • 外国車ガイドブック1984』日刊自動車新聞
  • 『外国車ガイドブック1985』日刊自動車新聞社
  • 『外国車ガイドブック1986』日刊自動車新聞社
  • 『外国車ガイドブック1987』日刊自動車新聞社
  • 『外国車ガイドブック1988』日刊自動車新聞社
  • 輸入車ガイドブック1992』日刊自動車新聞社
  • 『輸入車ガイドブック1993』日刊自動車新聞社