エメラルドゴキブリバチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。SeitenBot (会話 | 投稿記録) による 2016年4月2日 (土) 11:09個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (ボットによる: WP:BOTREQ#雌の改名によるリンク変更依頼)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

エメラルドゴキブリバチ
エメラルドゴキブリバチの成虫
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 昆虫綱 Insecta
: 膜翅目 Hymenoptera
亜目 : ハチ亜目 Apocrita
上科 : ミツバチ上科 Apoidea
: セナガアナバチ科 Ampulicidae
: セナガアナバチ属 Ampulex
: エメラルドゴキブリバチ A. compressa
学名
Ampulex compressa (Fabricius, 1781)
和名
エメラルドゴキブリバチ
英名
Emerald cockroach wasp, Jewel wasp

エメラルドゴキブリバチAmpulex compressa)はセナガアナバチ科に属する単生ハチの一種である。後述するめずらしい生殖行動で知られ、ゴキブリを刺して幼虫宿主)にする。従って本種は昆虫寄生生物en:entomophagous parasite)に含められる。

分布

主に南アジアアフリカ太平洋諸島などの熱帯地域に分布する。成虫は気温の高い時期に特に多い。1941年、Williams によってゴキブリの生物的防除を目的としてハワイに導入された。しかしこの試みは、本種の縄張り行動の傾向や狩猟量が小さいといった問題から成功はしなかった[1]

形態

体表は金属光沢を持った青緑色である。付属肢のうち第2肢と第3肢の腿節が赤い。の成虫は体長 22mm、はそれよりも小さくを欠く[1]

生殖行動と生活環

1940年代の初頭には、エメラルドゴキブリバチの雌がある種のゴキブリ(Periplaneta americana(ワモンゴキブリ)、Periplaneta australasiae(コワモンゴキブリ)、Neostylopyga rhombifolia(イエゴキブリ))[1]を2回刺し、毒を送り込むことが報告されていた。2003年に行われた放射性同位体標識による追跡実験[2]では、エメラルドゴキブリバチがゴキブリの特定の神経節を狙って刺していることが報告された。1回目の刺撃では胸部神経節に毒を注入し、前肢を穏やかかつ可逆的に麻痺させる。これは、より正確な照準が必要となる2回目の刺撃への準備である。2回目の刺撃は内の逃避反射を司る部位へ行われる。この結果、ゴキブリは30分ほど身繕いの動作を行い、続いて正常な逃避反射を失って遅鈍な状態になる[3]2007年には、エメラルドゴキブリバチの毒が神経伝達物質であるオクトパミンen:octopamine)の受容体をブロックしていることが明らかとなった[4][5]

続いてハチはゴキブリの触角を2本とも半分だけ噛み切る[1]。この行動はハチが自分の体液を補充するため、もしくはゴキブリに注入した毒の量を調節するためであると考えられている。毒が多すぎるとゴキブリが死んでしまい、また少なすぎても幼虫が成長(後述)する前に逃げられてしまうからである。エメラルドゴキブリバチはゴキブリを運搬するには体が小さい。従って巣穴までゴキブリを運ぶ際には、ゴキブリの触角を引っ張って誘導するように連れて行く。巣穴に着くと、ハチはゴキブリの腹部に長径 2mm ほどのを産み付ける。その後ハチは巣穴から出てその入り口を小石で塞ぎ、ゴキブリが他の捕食者に狙われないようにする。

逃避反射が機能しないため、ハチの卵が孵るまでのおよそ3日間、ゴキブリは巣穴の中で何もせずに過ごす。卵が孵化すると、幼虫はゴキブリの腹部を食い破って体内に侵入し、これを食べながら4-5日の間捕食寄生生活を送る。8日間、幼虫はゴキブリが死なない程度に内臓を食べ続け、そのままゴキブリの体内で蛹化する。最終的に変態を遂げたエメラルドゴキブリバチはゴキブリの体から出、成虫としての生活を送る。一連の成長は気温の高い時期ほど早い。

成虫の寿命は数ヶ月である。交尾は1分ほどで終わり、雌は1回の交尾でゴキブリに数ダースの卵を植えつける。

毒によって餌を麻痺させて幼体の生き餌として利用する動物は数多くあるが、エメラルドゴキブリバチはゴキブリを行動可能な状態に保ち、その行動を制限して利用する点で独特である。Ampulex 属の他の種にも、餌となるゴキブリに対して似たような行動をとるものがある[1]。エメラルドゴキブリバチの狩猟行動は、ゴキブリの逃避反射のみに影響を及ぼしているように見える。刺されたゴキブリは約72時間の間、生存本能(遊泳能や侵害反射)が著しく低下すること、一方で飛翔能力や反転能力は損なわれていないことが研究により明らかとなっている[6][7]

日本産の近似種

日本には2種のセナガアナバチ属 Ampulex が生息する。

  • セナガアナバチ(サトセナガアナバチ) Ampulex dissector Thunberg, 1822
体長17mm。日本国内では本州(愛知県以南)、四国九州対馬種子島に、国外では朝鮮半島中国台湾に分布する。エメラルドゴキブリバチ同様体色は金属光沢を持った青緑色だが、赤いのは第3肢のみである。
成虫は7月から10月にかけて発生。本種同様人家付近に飛来しゴキブリ(クロゴキブリ、ワモンゴキブリなど)の幼虫を狩り、幼虫の餌とする。
  • ミツバセナガアナバチ Ampulex tridentata Tsuneki, 1982
体長15 - 18mm。南西諸島(奄美大島石垣島西表島)に分布。エメラルドゴキブリバチや前種とは異なり、脚は赤くなく体色と同色である。

関連項目

脚注・参考文献

  1. ^ a b c d e Williams FX (1942). “Ampulex compressa (Fabr.), a cockroach-hunting wasp introduced from New Caledonia into Hawaii”. Proc. Hawaiian Entomological Society 11: 221–233. 
  2. ^ Gal Haspel, Lior Ann Rosenberg and Frederic Libersat (2003). “Direct Injection of Venom by a Predatory Wasp into Cockroach Brain”. Journal of Neurobiology 56 (4): 287–292.  doi:10.1002/neu.10238 PDF
  3. ^ Gal, Ram; Rosenberg, Lior Ann; Libersat, Frederic (22 November 2005). “Parasitoid wasp uses a venom cocktail injected into the brain to manipulate the behavior and metabolism of its cockroach prey”. Archives of Insect Biochemistry and Physiology 60 (4): 198–208. doi:10.1002/arch.20092. PMID 16304619. http://www3.interscience.wiley.com/journal/112152224/abstract. 
  4. ^ Rosenberg LA, Glusman JG, Libersat F (2007). “Octopamine partially restores walking in hypokinetic cockroaches stung by the parasitoid wasp Ampulex compressa”. J Exp Biol. 210 (pt 24): 4411-7.  PMID 18055629
  5. ^ How to make a zombie cockroach, Nature News, 29 September 2007
  6. ^ Yong, Ed (2008年6月5日). “The wasp that walks cockroaches”. Not Exactly Rocket Science News. http://scienceblogs.com/notrocketscience/2008/06/the_wasp_that_walks_cockroaches.php 2008年7月14日閲覧。 
  7. ^ Libersat, Frederic (June 27, 2003). “Wasp uses venom cocktail to manipulate the behavior of its cockroach prey” (PDF). Journal of Comparative Physiology (Springer-Verlag) 189. http://www.bgu.ac.il/life/Faculty/Libersat/pdf/JCP.2003.pdf. 

外部リンク