DNA複製
DNA複製(ディーエヌエイふくせい DNA replication)は、細胞分裂に先立ってDNAが複製され倍化する過程である。生物学ではしばしば複製 replication と略される。染色体中で遺伝を正常に機能させている状態のDNAは4種類の核酸塩基が直線状または環状に並んだ構造をしている。核酸塩基の並び順(塩基配列 base sequence)がいわゆる遺伝情報を記す記号であり、遺伝における最も重要な情報である。また、ほとんどの生物において染色体のDNAは、同じ塩基配列のDNA2本で1本の二重らせん構造をとっている。例外として、一部の大腸菌やファージなどのDNAは環状の一本鎖で機能している[1]。この場合は「ローリングサークル型複製」が行われるが、本ページではローリングサークル型複製の項目を除き、特に断らない限り完全なDNAは二重らせん構造をしているものとする。細胞分裂を完遂するためには新しいDNA(娘鎖 daughter strand)が元のDNA(親鎖 parent strand)と同じ塩基配列と正しい二重らせん構造を正確に再現していなければならない。それゆえ、セントラルドグマの一成員に数えられ、遺伝におけるもっとも根源的な現象の一つとされる。
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複製の機構の概説 [編集]
DNA複製は複製開始 initiation 、伸長 elongation 、終結 termination の3段階で進む[2]。なお、二重らせんをとる二本鎖DNAをdsDNA ( double-stranded DNA )、そうでない一本鎖DNAをssDNA ( single-stranded DNA )と表記する。
複製は、DNA上の特別な塩基配列である複製起点 replication origin (起点 origin)から開始される。ここで部分的に二重らせんが解かれ、親鎖の途中に2本のssDNAが現れる。この分解を合図に、さまざまな酵素の複合体がssDNAに結合する。ここまでが複製開始段階である。実際に親鎖が複製されるのは次の伸長段階からで、DNA合成酵素DNAポリメラーゼ DNA polymerase を含む複合体(複製装置 replication apparatus )が担う。DNAポリメラーゼは認識したデオキシヌクレオチドの塩基を正確に識別し、それと相補的なデオキシヌクレオチド[注釈 1]をDNA末端に付加させ、娘鎖を伸長させる。同時に、娘鎖は親鎖と二重らせんを形成する。DNAポリメラーゼが一回合成を終えるたびに、次の合成のために次の親鎖デオキシヌクレオチドが直ちに複製装置へと移動する。これと並行して、二重らせんのままの未複製部分は順次解かれていく。これが繰り返され、最終的に完全に複製した娘鎖が出来上がる。
半保存的複製 [編集]
DNA複製には一般に、娘鎖の二重らせんを構成する2本のDNAのうち1本は元々親鎖のものという重要な特徴がある。このことを半保存的複製 semiconservative replication という。DNA複製の機構が半保存的複製であることは1958年にマシュー・メセルソン Matthew Meselson とフランクリン・シュタール Franklin Stahl により証明された(メセルソン・スタールの実験 Meselson-Stahl experiment)[3][4]。
半不連続的複製 [編集]
第二の特徴は、DNA複製の過程が半不連続的 semidiscontinuous である点である。これは、分解した2本のssDNAでそれぞれデオキシヌクレオチドの合成方式が異なることを意味する。すなわち、2本の複製産物は、複製が「連続的」なリーディング鎖 leading strandと、「不連続的」に行われるラギング鎖 lagging strandに分かれる[5][6][7][8]。
この違いは、二重らせんの分岐点である複製フォーク replication fork(伸長フォーク growing fork )に対して、DNAポリメラーゼが複製する方向に由来する。リーディング鎖の合成は複製フォークに向かう方向に進む。このため、複製フォークからデオキシヌクレオチドが露出するたびにそれが複製されてリーディング鎖に追加できる[6][7]。一方、ラギング鎖の伸長方向は複製フォークから逆になる。新たにデオキシヌクレオチドが露出しても、それはDNAポリメラーゼへ向かわない。そのため、ラギング鎖合成では短いDNA断片(岡崎フラグメント Okazaki fragment )の合成が繰り返される[9][7]。すなわち、複製フォークが進行してある程度露出してからDNAポリメラーゼは結合する。複製を進めていくと、やがて先に合成した岡崎フラグメントに合流する。そこでDNAポリメラーゼはDNAから解離し、すぐに新たな露出配列に移動。新たな岡崎フラグメント合成が始まる。合成された時期の違う2つの岡崎フラグメントの連結・統合が繰り返され、ラギング鎖が完成する。DNA複製が半不連続的であることは岡崎令治により明らかにされた[9][7]。
複製開始 [編集]
複製開始には多くのタンパク質が関わり、いくつもの段階を経る。実際に娘鎖が合成される伸長段階を始めるためには、親鎖が二重らせんのないssDNAである必要がある。これは、複製に関わるタンパク質がその役割を果たすためには親鎖に結合する必要があるが、dsDNAではそれができないためである。また、親鎖と新たに合成された娘鎖が新しい塩基対を形成しなければならない。そのため、複製開始段階は二重らせんを解くことから始まり、イニシエーターによる巻き戻しが第1段階である。複製開始第2段階は娘鎖合成の足掛かりとなるプライマーの合成である。娘鎖を合成するDNAポリメラーゼは複製を開始するためには短いRNAであるプライマーが必要である。最後の段階は娘鎖伸長に関わるタンパク質が親鎖に集合することである。
レプリコン [編集]
1つの複製起点によって巻き戻しが及ぶ範囲をDNA複製の単位とし、これをレプリコン replicon と呼ぶ。この言葉は、フランソワ・ジャコブ François Jacob、シドニー・ブレナー Sydney Brenner、Jacques Cuzin らが1963年に提唱した「レプリコン説」replicon hypothesis、replicon theory で定義された。レプリコン説は、細菌の複製開始(レプリコンの「点火」)を制御する仕組みのモデル化であったが、生物全般にわたって通用する。
レプリコン説では点火を制御する2つの仕組みが考えられている。一つは複製起点を含めた塩基配列であり、レプリケーター replicator と呼ばれる。もう一つは、レプリケーターと結合するタンパク質であるイニシエーター initiator である。DNA複製の開始は、イニシエーターがレプリケーター内の複製起点に結合することによって引き起こされる。
レプリケーターにはその塩基配列における2つの大きな特徴がある[10]。第一に、イニシエーターの結合部位(複製起点)が必ず存在する。第二に、比較的ほどけやすい塩基であるアデニンとチミンが多いATリッチ配列 AT richを含む[7][11][12]。 イニシエーターには少なくとも2つの役割がある。複製起点への結合と、複製開始に必要なほかの因子をレプリケーターに引き寄せることである。中には、結合部位近くのDNAを曲げたりほどいたりするという第3の働きをして、二重らせんをほどけやすくしているものもある。例えば、大腸菌のイニシエーターであるDnaAが第3の働きを見せる[10]。DnaAは複製起点に到着すると、13bpの反復配列にも結合する。その結果、その反復配列から20bp以上巻き戻しが起こる。
レプリコンは原核細胞の染色体に1つしかないが、真核細胞の場合は複数存在する。複製の開始位置の分散はDNA複製の早期終結に寄与していると考えられている[13]。実際、真核生物のDNA複製は原核生物のそれよりもはるかに遅い。
プライマーの導入 [編集]
複製開始第3段階はDNAプライマーゼ primase によるプライマー primer の導入である。前述したように、DNAポリメラーゼは認識した親鎖のデオキシヌクレオチドと相補的なデオキシヌクレオチドを先に作った一本鎖ヌクレオチドに重合させていく酵素であるが、この機能には、先に作られたヌクレオチドがなければならない。これは、DNAポリメラーゼはデオキシヌクレオチドを作るエネルギーを、伸長途中の娘鎖3'末端にある三リン酸の分解から調達するためである[14]。伸長開始の礎として、最初のデオキシヌクレオチド合成のためのエネルギー源として、プライマーの合成が不可欠である。プライマーはRNAだが、RNAもDNA同様に塩基と3'末端のリン酸基を持つ核酸分子であるため、礎に使える。プライマーの3'末端をプライマー末端 primer terminus と呼ぶ。また、プライマーとssDNAが結合したものをプライマー-鋳型接合体 primer:template junction という。プライマーの導入をもって、DNA複製は開始段階を完了し、伸長段階へと移行する。
伸長 [編集]
伸長段階はDNAポリメラーゼによる娘鎖の合成である。二本の娘鎖は鋳型にする親鎖によって伸長過程が異なり、リーディング鎖とラギング鎖に分けられる。それぞれの伸長方向は全くの正反対である。これは、DNAポリメラーゼは親鎖における3'末端から5'末端への(逆平行のプライマーにおける5'末端から3'末端への)一方向にしかDNA合成を進めないためである[注釈 2]。したがって、プライマーの3'末端から合成されるリーディング鎖での複製は複製フォークと同じ方向に進む。dsDNAが巻き戻されてはその都度、デオキシヌクレオチドは複製される。
絶え間なくどんどん伸びていくリーディング鎖に対してラギング鎖の伸長方向は逆で、複製フォークから遠ざかるように移動する。このため、短いDNA断片である岡崎フラグメントの合成を繰り返すことによりラギング鎖は伸長する。まず、DNAヘリカーゼがある程度の長さまで露出させたssDNAにプライマーが配置される。このプライマーの3'末端から岡崎フラグメントの合成が始まり、やがて前に合成された岡崎フラグメントのプライマーの5'末端にぶつかる。DNAポリメラーゼはここで複製を中断し、一旦親鎖から離れる。そのころにはDNAヘリカーゼが遠い距離まで進んでおり、新しいプライマーが配置されている。DNAポリメラーゼはそこまで移動し、新たな岡崎フラグメントの合成を繰り返す。
リーディング鎖とラギング鎖は同時に合成される。これは染色体中にssDNAが存在する時間を短くするためであると考えられる[15]。DNAは紫外線や化学物質による損傷の危険性に常にさらされている。複製中も例外でなく、特に弛緩状態のssDNAは、dsDNAと比べて切断されたときの修復がはるかに難しい[15]。この種の損傷は修復の際に変異を招いてしまうことすら頻繁にある[15]。この危険を減らすためにも、伸長段階に複数のDNAポリメラーゼが駆り出される。
複製工場 [編集]
複製工場 replication factory とは、伸長段階に関わる酵素がなす複合体、いわゆる複製装置を指す。伸長段階の主役はDNAポリメラーゼだが、他に関与する酵素はいくつもある。例えば、DNAへリカーゼやDNAクランプ、あるいはDNAトポイソメラーゼなどである(後に詳述)。いくつもの酵素は巨大な複合体を形成し、高度に協調的に働く。細菌の大部分では、酵素が全て複製フォークに集まり、複合体はそこに留まり続ける。このような複製工場をレプリソーム replisome またはDNAレプリカーゼ系 DNA replicase system と呼ぶ。一方、真核生物と一部の細菌ではレプリソームは形成されない[16]。
複製装置が複製工場と呼ばれるのは、複製されるDNAに対して、これらが相対的に工場のように動かない存在であるためである[16][17]。他に例えるなら、複製装置は映写機で、そこに映画のフィルムのようにDNAが流れて通過し続ける。複製工場モデルでは、2つのDNAヘリカーゼは互いに結合し、複製過程中ずっと離れない。実際、多くの真核生物のDNAヘリカーゼが複製中に二量体を形成していることが確認されている[17]。また、細菌の複製装置はDNA合成の際、細胞内の一か所に留まる[17]。
巻き戻し [編集]
DNAポリメラーゼが機能するには、親鎖の二重らせんを二本のssDNAに分解する巻き戻しが必要である。これを行う酵素はDNAヘリカーゼ DNA helicase である。DNAへリカーゼは二重らせん構造に無数にある水素結合を切断するが、水素結合を無差別に切断するのではない。DNA上の決まった場所(複製起点)から最初の切断が始まり、そこから順番に広がっていく。最終的に複製終結点 replication terminus (停止点 terminus )まで巻き戻しは進む。ただし、最初の切断はDNAへリカーゼではなく、イニシエーターによる。
巻き戻しは可逆反応であるため、別れたssDNAは再び二重らせんを構築しようとする(これを「再会合」と言う)。このため、親鎖が巻き戻されるとすぐに一本鎖DNA結合タンパク質 single-strand binding protein, SSB (らせん不安定化タンパク質 helix-destabilizing protein ともいう[18])が結合することにより再会合を防ぐ[2][8]。一度SSBが結合すると、その隣に次のSSBが結合していき、これを繰り返して複製バブル全体を覆う。この共同的結合 cooperative binding と呼ばれる現象は、DNAに結合したSSBがほかの遊離SSBと結合するために起こる(共同的結合自体はほかのDNA結合タンパク質にも多く見られる)。SSB間の結合がDNAとの結合も安定化させる。例えば、T4ファージのSSBであるgp32の場合、最初の分子がssDNAに結合すると次の分子の結合しやすさ(親和性)が1000倍に膨れ上がる[19]。また、SSBが直接結合するDNAの部位は塩基でないので[注釈 3]、塩基間の水素結合により娘鎖を伸長させていく複製装置の邪魔をすることはない。さらに、DNAを伸びた状態にする効果もあるので、後述する娘鎖合成やプライマー合成の鋳型になりやすい[20]。こうして、巻き戻し(と後述する超らせんの解消)を経て生まれる部分的な1本鎖DNAの領域が複製バブル、二重らせんとの分岐点が複製フォークである。
複製起点に続いての水素結合の切断は、酵素であるDNAヘリカーゼが担う[2][7]。複製起点では親鎖の巻き戻しと同時に、それぞれの親1本鎖で複製装置による娘鎖の合成が始まる。DNAヘリカーゼによりさらに親鎖が巻き戻ると、これと同時にほどけた親鎖に沿って複製が進行する。実際、複製は巻き戻しと同じ速度で、どんな場合でも、ほどけている親鎖で伸長中の娘鎖と対になっていない部分や複製途中の部分はごく短い。このことは、巻き戻しが伸長段階と強力に共役していることを表す。
場合によって、1つの複製バブルにおける2つの複製フォークのうち、DNAへリカーゼが進行させるのが両方共(双方向性 bidirectional )か、片方だけ(一方向性 unidirectional )かが異なる。双方向性が確認された最初の生物は枯草菌 Bacillus subtilis である(Elizabeth Gyurasits, R. B. Wake) [21]。その後、真核生物のキイロショウジョウバエDrosophila melanogaster[21]やイモリ[22]でも発見された。現在では、真核生物でも原核生物でもほとんどのDNA複製は双方向性であると考えられている[13][23]。一方で、colE1と呼ばれるプラスミド(染色体外の環状DNA)などで一方向性のDNA複製が確認されている[13]。
DNAのよじれの解消 [編集]
DNAへリカーゼが二重らせんをほどく際、dsDNAによじれ torsion が生じるという重大な問題が発生する。dsDNAは10bp(10塩基対)ごとに1巻きのらせん(ターン)であるため、10bp巻き戻すたびに他の領域までも縦軸を中心に1回転する。この回転は、両端の切れた不自然に短い直鎖状のDNAならば問題にならない。しかし、細菌や大多数のウイルスのdsDNAは環状である。そのまま巻き戻そうとすると必ずどこかが強くよじれてしまう。また、真核生物の染色体は直鎖状とはいえ巨大であり、しかも、各所で核マトリックス同士が結合してループ構造を形成している。このループ構造は環状同様に閉鎖的であるため、やはりよじれの発生は必至である。
この結果、自由に回転できないDNAは巻き戻しによるよじれで、さらに大きならせん(スーパーコイル super coil, superhelix )が生じる[24]。ちょうど、電気コードの両端を持って数回ねじると大きな輪が生まれるのに似ている(360度回すごとにコードは1回交差する)。DNAらせんは右回りであるため、複製フォークの進行方向で形成される超らせんも右回り(正の超らせん positive supercoil)。正の超らせんが長くなると巻き戻しに対する抵抗となり、複製フォークの進行を止めてしまう。DNA複製がスムーズに行われるためには逆向きの超らせん(負の超らせん negative supercoil)を導入するようDNAを巻き、正の超らせんを中和させればよい。先ほどのねじれたコードで例えると、一方の手を放すと逆方向に回転してねじれのストレスは解消する。
このようなよじれ解消機構を、1963年に正の超らせん問題を発見したケーンズ Cairns はスイベル swivelと名付けた。当時は仮説の存在だったが、現在ではスイベルの担い手である一群の酵素(DNAトポイソメラーゼ topoisomerase )が明らかになっている。DNAトポイソメラーゼは、巻き戻された一方のDNAを切断し、もう一方のDNAをその間隙に通過させたあとで再結合するという一連の反応を触媒する。この活性の効果は、DNAの構造的ストレスの指標であるリンキング数 (絡まり数 linking number )(Lk )により数値化できる[24]。リンキング数は、1つのdsDNAのターン数(ツイスト数、ねじれ数, twisting number)(Tw )と超らせんの数(ライジング数、巻数, writhing number)(Wr ) の和(Lk = Tw + Wr )である。例えば4,000bpを持つ環状dsDNAの場合、1巻きが10bpであるためツイスト数は400 (Lk = 400 + 0)。これを10bpだけ巻き戻すと、ツイスト数が1減り、複製フォーク手前に正の超らせんが1巻き生じる (Lk = 399 + 1)。次の10bpを巻き戻し、かつDNAトポイソメラーゼにより負の超らせんを1巻き生成すると、リンキング数はようやく減る (Lk = 398 + (1 – 1) = 398)。これは、正の超らせんと負の超らせんが互いに打ち消し合い、よじれから解放されたことを意味する。DNAの超らせんのない状態を弛緩 relaxation といい、この弛緩構造こそが複製バブルである。
DNAクランプ [編集]
DNAクランプ DNA clamp (スライディングクランプ sliding clamp とも呼ばれる)とは、DNA複製の伸長段階に関わるタンパク質の一つである。右図のようなドーナッツ状で、中央の穴(約35オングストローム)にDNAポリメラーゼが複製したdsDNA(約20オングストローム)を通す[26]。通したDNAとの間には水分子1-2個が層を作るだけの余地がある[27]ため、DNAから離れることなく滑って動く。
このタンパク質の主な役割はDNAポリメラーゼの活性における持続時間(連続反応性、プロセッシビティー processivity )を維持することであり[2][28]、DNAクランプがなければDNA複製は完結しない。DNAポリメラーゼは単独ではDNAと長時間結合することができず、すぐに離れてしまい、このままでは平均20~100bpほどまでしか合成できない[27]。さらに、DNAポリメラーゼが遊離してから再びDNAに戻るのに1分ほどかかる[29]。この深刻な問題のため、DNAクランプが必要となる。DNAを輪に通したDNAクランプはDNAポリメラーゼと強固に結合し、DNAから離れないようにする。DNAポリメラーゼはたびたびDNAとの結合を切るが、DNAクランプに固定されているためすぐに合成を再開する。
強固にDNAポリメラーゼと結合するDNAクランプだが、迅速に分離させる機構もある。DNA複製は一度のDNAポリメラーゼの働きで完了しない。ラギング鎖はいくつもの岡崎フラグメント合成を必要とするし、真核生物などでは複製を早く終わらせるために複製する範囲を多くのDNAポリメラーゼで分担している(#レプリコン参照)。DNAポリメラーゼの仕事は、すでに娘鎖もしくはプライマーRNAが合成された後の二重らせん領域(例えば岡崎フラグメントの末端)に到達したときに終了する。dsDNAと結合したDNAポリメラーゼは立体構造を変化させ、DNAクランプとの化学親和力を著しく下げることで、直ちにDNA から離れる[26]。
DNAクランプはDNAポリメラーゼを放した後も、DNAからしばらくは離れない。これは、複製後のDNAに働くほかのタンパク質の留め金となるためである。例えば、PCNA(Proliferating Cell Nuclear Antigen:増殖細胞核抗原)と呼ばれる真核生物のDNAクランプは、dsDNAをクロマチンという重要な立体構造に組み立てる酵素を新しい二重らせんに導く[30]。また、岡崎フラグメントの修復にかかわる真核生物のタンパク質もDNAクランプと結合することで正しく機能する[30]。
DNAクランプはウイルスや細菌、微生物から人まで非常に広い範囲に存在し、どれも機能や構造が酷似している。すなわち、どの生物の場合でも6回回転対称性を持ち、直径も約35オングストロームと同じである[30]。ただし、構造は共通していても、構成するサブユニットの数などは異なる。
DNAへのDNAクランプの装着および取り外しは、クランプローダー clamp loader が行う。大腸菌のクランプローダータンパク質はγ複合体 γ complex である[15]。γ複合体は2つのτタンパク質を含み、それぞれ次に説明する脱着に関わる部位と柔軟なポリペプチドにより連結している[31]。γ複合体は指のような5本のサブユニットからなり、見た目はマジックハンドのようである。この5本の指先に大腸菌のDNAクランプであるβクランプが結合する。βクランプは閉じた環状構造をしているが、γ複合体は指に結合させている間これを開く。放せば環状構造は閉じる。これにより脱着を行うが、その時期は制御されている。装着はDNA上にプライマーが形成されれば実行する。取り外しの時期には制限する条件があり、それはβクランプがほかのタンパク質と結合していないことである[15]。細菌のDNAポリメラーゼ(pol Ⅲ)はもちろんのこと、上記のヌクレオソーム集合因子やDNA修復タンパク質と結合している場合は働かない。一方、τタンパク質はDNAポリメラーゼ(のコア酵素)とDNAヘリカーゼに結合する。これはレプリソームが形成されている限り、すなわちレプリコンの複製が終わるまでずっと続く。
ニックトランスレーション [編集]
DNAリガーゼは隣り合ったデオキヌクレオチド間のジエステル結合を触媒するが、大腸菌の場合、末端に少なくとも数塩基のssDNAがはみ出し、かつ互いのその部分が塩基対を成す2本のdsDNAを通常必要とする[32]。
娘鎖が完成するためには、DNA複製開始の土台として合成されたプライマーRNAをDNAに変換しなければならない。この過程をニックトランスレーション nick translation と呼ぶ[33][34]。まず、RNアーゼH RNase H がプライマーを発見し、除去する[35]。ただし、娘DNAの末端に結合した(プライマーの末端であった)リボヌクレオチド[注釈 1]は除けない。なぜなら、RNアーゼHの機能はリボヌクレオチド間の結合切断に過ぎないからである。そこで、末端のリボヌクレオチドは 5'エキソヌクレアーゼが受け持つ[35]。この酵素はDNAおよびRNAを5'末端から分解する。こうして、娘鎖に紛れたRNAの除去は完了する。
次に、プライマーの消失により生まれた隙間(ギャップ gap )をDNAが埋める。こちらも2つの酵素による二段階であるが、まずDNAポリメラーゼが執り行う[35][2]。ギャップ端のDNA3'を土台に、ギャップは完全に埋まる。しかし、ここまでで完全な娘鎖が出来上がったわけではない。ここで埋まるDNAとギャップ端だったDNAはつながらず、このままでは娘鎖に切れ目(ニック nick )が残る。DNAポリメラーゼは認識した3'末端に新しいデオキシヌクレオチドの5'末端をつなげるだけなので、補完DNAの3'末端と、最終的にぶつかるDNAの5'末端との結合を触媒しない。こうして生まれるニックはDNAリガーゼ(DNA連結酵素 DNA ligase )で連結される[35][7][2]。上記4つの酵素によりプライマーRNAは完全にDNAと置き換わる。
終結 [編集]
上記の過程(複製開始、伸長)はレプリコンの終わりまで続く。レプリコンの終わり、すなわち複製終結点に複製フォークがたどり着いたときに終結段階が始まり、複製は完了する。この段階でレプリソームはDNAから解離する。この後に2つの大きな問題が待ち構えている。カテナンによる娘鎖の絡まりと末端複製問題である。
脱カテナン化 [編集]
脱カテナン化 decatenation は娘鎖の合成を終えた後にされなければならない、極めて重要な作業の一つである。というのも、例えば細菌の環状DNAはDNA複製完了時に2つの娘鎖がカテナン catenane を形成するという問題が生じる[36]。カテナンとは、2つの環状高分子が鎖のように絡まった状態であり、このままではせっかく複製した2つの染色体が離れることができない。DNA複製は細胞分裂で生まれる細胞に分配するゲノムをこさえる段階であるため、分離できないと細胞分裂は失敗する。線状の真核生物ゲノムでも、1つの複製終結点を目指して互いに近づく隣接レプリコンの間にカテナンの絡まりが生じる[37]。また、真核生物の長大なDNAを小さな核に閉じ込めておくためにはヌクレオソームという立体構造に折りたたむ必要があるが、これは2つの娘染色体を分離する際に環状染色と同様の問題を引き起こす[38]。
細菌の脱カテナン化の前には修復合成 repair synthesis が行われる。複製が複製終結点に到達したとき、親鎖同士の二重らせんはまだある程度残っているからである。まずこの親dsDNAが解かれるところから始まる。一本鎖になったところを最後の複製が行われ、親鎖は完全に娘DNAと塩基対を形成。ここでもまだカテナンから脱しておらず、2つのDNAが互いにらせん状に巻きついたトーラス torus と呼ばれる構造になる[37]。このときの娘鎖同士の交差(つなぎ目 node )の数は修復合成前の親dsDNAにおける親ssDNAが交差していた数(ツイスト数の2倍)と等しい[37]。脱カテナン化は修復合成の後に行われ、2つの娘鎖は分離する。
脱カテナン化を担う酵素はDNAトポイソメラーゼである。トポイソメラーゼにもいくつか種類があるが、サルモネラ菌の場合はⅡ型のDNAトポイソメラーゼⅣ(topo Ⅳ)であることをNicholas Cozzarelliは実験で証明した[39]。ほかの細菌に関してもtopo Ⅳだと考えられている[36][37]。なぜなら、topo Ⅳの変異は致死性で、死んだ細菌の染色体は分離が不完全であることが観察されているからである[37]。真核生物では同じくⅡ型のトポイソメラーゼⅡではないかといわれている[37]。
末端複製問題 [編集]
詳細は「テロメア」を参照
ゲノムが直鎖状DNAである真核生物では、DNAポリメラーゼによって親鎖の3'側の最末端領域を複製できない。末端複製問題 end replication problem と呼ばれるこの問題は、DNAポリメラーゼが事前に用意されたプライマーの3'末端からしかでデオキシヌクレオチドの重合ができないために起こる(詳しくは#伸長)。すなわち、プライマーを置くためのスペースが3'側にないため、このままでは娘鎖は親鎖よりも短くなってしまう。
末端複製問題は次の3つの段階を経て解決する。合成が終わり、プライマーが除去された後、真核生物の新生DNAの娘鎖は5‘末端が欠けている。テロメラーゼ telomerase という酵素がまず、親鎖の3’末端を鋳型鎖なしに伸長させる。次に、本来よりも長くなった3‘末端にプライマーは置かれ、DNAポリメラーゼが複製する。ここでもやはり短く複製されるが、娘鎖は本来の長さになる。
DNA複製に関係するタンパク質 [編集]
ここでは、DNA複製に関係するタンパク質をいくつか簡単に取り上げる。ただし、DNA複製中に行われるDNA修復 (DNAフォトリアーゼなど)やテロメア複製(テロメアーゼなど)に関わるものは除く。
DNAポリメラーゼ [編集]
詳細は「DNAポリメラーゼ」を参照
DNAを合成する反応を行う酵素をDNAポリメラーゼと呼ぶが、1つの生物種がいくつもの種類を持つ。大腸菌の場合、DNAポリメラーゼI pol I とⅡ pol Ⅱ 、Ⅲ pol Ⅲ がある。このうち、このページで登場した、DNAの合成を担うのはpol Ⅲである。すなわち、細菌のDNA複製の担い手はpol Ⅲである。真核生物の場合、DNAポリメラーゼはα、β、γ、δ、εの5種類。DNA伸長をするのはDNAポリメラーゼδである。αはプライマーゼ、βとεがDNA修復を担う。γはミトコンドリアのDNA複製を行う。さらに、ヒトにはDNA修復にかかわる酵素としてDNAポリメラーゼζ、η、θ、ι、κも発見されている。
DNAリガーゼ [編集]
詳細は「DNAリガーゼ」を参照
DNA2本鎖中に、5'-末端がリン酸基 (5'-P) 、3'-末端がヒドロキシル基 (3'-OH) の状態の1本鎖切断部位(ニック)が存在するとき、この部位を認識してホスホジエステル結合により連結する酵素である。DNA複製時に、岡崎フラグメントの連結を行うほか、修復合成や組み換え反応におけるDNA鎖連結反応にも関与する。
DNAトポイソメラーゼ [編集]
詳細は「DNAトポイソメラーゼ」を参照
DNAのリンキング数を変えて別のトポロジー体(トポイソマー topoisomer )に変換させる酵素。この変換のためにDNAを一時的に切断するが、その様式によってI型とII型の2種類に分類される。I型は二本鎖の一方の鎖だけを一時的に切断し、一方、II型は両鎖の一時的切断を引き起こす。Ⅰ型は#DNAのよじれの解消で、Ⅱ型は#脱カテナン化およびヌクレオソームの組み立てで活躍する。
DNAヘリカーゼ [編集]
詳細は「ヘリカーゼ」を参照
親鎖の二重らせんをほどくことで、複製フォークを進行させる巻き戻し酵素。
DNAプライマーゼ [編集]
詳細は「DNAプライマーゼ」を参照
プライマーを合成する酵素。
真正細菌のDNA複製 [編集]
真正細菌のDNA複製については、主に大腸菌とそれに感染する大腸菌ファージを用いた研究により大部分が解明されている。大腸菌ファージは非常に単純なゲノムを持ったウイルスで、複製は基本的に宿主のタンパク質を利用するので研究には欠かせない。
真正細菌のレプリコン [編集]
原核細胞のゲノムは単一のレプリコンである。DNA複製は常に唯一の複製起点から、細胞周期の中ただ一度だけ実行される。この仕組みを単コピー型 single-copy control と呼ぶ[40][41]。ただし、真正細菌の中にはコレラ菌のように複数の環状染色体を持つものや、ボレリア菌のように複数の線状染色体をもつものも存在する。原核細胞にはゲノムDNAだけでなく、自律的に増殖する染色体外DNAたるプラスミドも存在する場合が多い。こちらは染色体同様に単コピー型制御の場合もあれば、それとは異なる多コピー型制御 multicopy control を受ける場合もある[40][41]。多コピー型の制御下では一回の細胞周期中にプラスミド複製が繰り返され、細胞中に複数のコピー体が存在することになる。
大腸菌と枯草菌の場合、DNA複製を終わらせるter配列に独特で面白い性質がみられる。両方向にほぼ同じ速さで進む2つの複製フォークは複製起点oriC から半周した位置に出会う。この遭遇点から約100kbにわたり、2か所の終了領域がある[40][42]。大腸菌において一方はterE, D, Aが、他方はterC, A が集まっている領域。枯草菌ではterⅠ とterⅡ およびこのほかの2,3の部位である[42]。各領域は終了させる複製フォークの方向が特異的に決まっている。独特なのは、複製フォークが対応するter配列まで行くのに、他方に対応している終了領域を通り過ぎることである[40]。この配置は複製フォークの待ち伏せを起こす。すなわち、何らかの理由で一方の複製フォークが遅れ、両フォークが本来の遭遇点で出会えなくても、早く進んできたほうがter領域で止まって到着を待つのだろう[43]。
細胞周期にDNA複製がたった一回しか行われないためには複製起点に点火済みか否かを示す目印が必要となる。細菌の複製起点にはいくつかメチル化された配列が存在し、これらメチル化状態はDNA複製の前後で異なる。この違いが目印である。例えば大腸菌のoriC には11個のGATC-CTAGがあり、これはアデニンのN6位をメチル化するDamメチラーゼ Dam methylase, Dam methyltransferase, DNA adenine methylase の標的配列である。複製前は標的配列の両鎖ともメチル化されている。複製により、メチル化のない娘鎖が会合。結果、dsDNAの一方だけメチル化されたヘミメチル化DNA hemimethylated DNAとなる[44]。ヘミメチル化は複製開始を阻害すると考えられている[44]。なぜなら、全くメチル化されていない複製起点は効率よく機能するため、複製開始に両鎖のメチル化が必要という考えが否定されているためである。ゲノム中のほかの典型的なGATC配列はどこにあろうと複製後1.5分以内にメチル化されるのに対し、複製起点のそれは約13分かかる[44]。このため、複製起点の標的配列は何らかの形で保護されていると思われる。
damメチラーゼをoriCから隔離する機構がseqA遺伝子の研究で明らかにされつつある[45]。
真正細菌の複製開始 [編集]
大腸菌の環状DNAは唯一の複製起点oriC から2つの方向にそれぞれ複製される。このいわゆる双方向性複製途中のDNAは、ギリシャ文字のθに見えることからシータ構造と呼ばれる。oriC の長さは245bpで[46][47]、これは真正細菌一般の複製起点で共通しているようである。
oriC における複製開始の過程を示す。大腸菌にはTTATCCACAという共通配列が4つ存在し、このうち2つは残りの2つに対して逆を向く。これらをdnaAボックス dnaA box と呼び、遺伝子dnaA から発現する(dnaA産物 dnaA product である)DnaAが結合することからDNA複製は始まる。この状態をさらに詳しく述べると、親和性の高い5か所のdnaAボックスに5つ、次に親和性の低い部位に1つDnaAが結合し、これらがさらにオリゴマーを形成する。このオリゴマーは環状六量体である可能性が高く、親鎖はその外側に巻きつく[46]。複製開始の合図は、oriC にある3つの13bpの反復配列を融解させて開鎖複合体 open complex の形成を促す。そして、むき出しのssDNAにDnaCの補助でDnaBが結合する。DnaAの役割はDnaBをoriC に導くことであるが、これは開鎖複合体の出現というよりは、DnaAの直接の機能のようである。たとえば、R6Kと呼ばれるプラスミドにおいて、ヘアピンループの軸にoriC があり、DnaAの結合からDnaBが誘われる場合、二重らせんの融解は起こらない。
開鎖複合体の形成には少なくともほかにRNAポリメラーゼとHUタンパク質 HU protein の2つが必須である。RNAポリメラーゼはoriC に隣接する領域にRNAを合成する。この短鎖は親鎖の一本に結合し、もともとの会合DNAに取って代わって塩基対を形成。こうして生じるDNAとRNAの部分的な二重らせんをRループと呼ぶ。一方、HUタンパク質は親鎖を屈曲させる[48]。Rループと屈曲の共存がoriC の融解を促進すると考えられている。
DnaAがDnaBを導くのと同様に、DnaBもまたプライマーゼであるDnaGをoriC に結合するよう促す。DnaBが来た開鎖複合体はその後、 SSBが結合してプレプライミング複合体 prepriming complex という構造になる[46]。DnaGとほかのタンパク質が結合するのはこのssDNA領域が形成されたときである。DnaBとDnaGがそろい、プライモソームは完成。親dsDNAを解いて複製バブルを形成し、リーディング鎖のプライマーを合成する。この後、プライモソームは次の伸長段階を執り行う複製工場レプリソームの一部として働く。その役割は、第一にプライマーゼとして岡崎フラグメントのプライマー合成を繰り返すこと。第二に、DNAヘリカーゼとして親鎖を解き続けることである。プライモソームもレプリソームも複製バブルを拡張させつつ、そばに複製フォークを留める。
大腸菌ファージは宿主である大腸菌のタンパク質を拝借するとはいえ、プライマー合成の方法はファージの種類により大きく異なる。最初に発見されたM13ファージは宿主のRNAポリメラーゼをプライマーに利用する。しかし、ほかのファージや大腸菌自身はRNAポリメラーゼではなく、大腸菌DnaG遺伝子の産物であるDnaGを利用する。アーサー・コーンバーグ Arthur Kornberg によると、大腸菌や大半の大腸菌ファージにとってラギング鎖でのプライマー合成には少なくともほかにDNAヘリカーゼであるDnaBも必要であるようらしい。プライマー合成に必要なこれらのタンパク質群をプライモソーム primosome と呼ぶ。プライモソームは普通DnaGとDnaBの2つのみを指すが、プライモソームを形成するためにほかのタンパク質が必要な場合もある。
大腸菌のプライモソームは移動性を持つ。一本鎖DNA結合タンパク質に覆われていない、φX174ファージの環状DNA上を動きながらプライマー合成を繰り返すことができる。この性質は、岡崎フラグメントの合成を繰り返すラギング鎖合成に必要である。一方で、ただ一つの複製起点で済むリーディング鎖合成にはDnaBやRNAポリメラーゼの単独で十分である。
真正細菌の伸長段階 [編集]
伸長段階の始まりは前段階におけるDNAクランプとDnaBのプレプライミング複合体への結合を引き金とする[46]。これらの相互作用はDnaAオリゴマー内でATP加水分解を起こす。すると、オリゴマーは分離するのでその複製起点からもう一度DNA複製が起こるのは防がれる。
真正細菌についての遺伝学的研究は大腸菌で際立って進んでいる。そこで、大腸菌において実際に伸長段階を担う複製装置であるレプリソームについて第一項で解説する。大腸菌ではDNA複製はまずリーディング複製から始まる。1000~2000ntが合成されてから次いで最初のラギング鎖合成へと続く。#伸長で前述したようにラギング鎖合成はリーディング鎖に比べ複雑である。その機構の精妙で興味深い特徴が大腸菌で発見された。トロンボーンモデルと名付けられたそれは第二項で紹介する。
大腸菌のレプリソーム [編集]
レプリソーム replisome とは、DNA複製伸長段階において複製フォークに形成される酵素の総称である。複数の複合体が集合し、一つの「工場」として機能していると考えられている。その詳細が最も明らかになっているのは大腸菌であるが、大腸菌における酵素の構成とそれらの協調的機能を紹介する。
レプリソームにおいて最も重要なのはやはりDNAポリメラーゼだろう。大腸菌においてこれを含み、実際にDNAを伸長させる複合体はDNA PolⅢホロ酵素である。構成するタンパク質は2つのpol Ⅲコア酵素とγ複合体(クランプローダータンパク質)、さらにSSBと相互作用するχとφサブユニットである[49]。pol Ⅲコア酵素はDNAポリメラーゼたるpol Ⅲ(αサブユニット)と3’→5’方向のDNA修復をするエキソヌクレアーゼ(εサブユニット)、θサブユニット、さらにDNAクランプであるβクランプ β clamp (βサブユニット二量体)で構成される[50]。一方、γ複合体はγ、δ、δ’および2つのτサブユニットから成る[49]。見た目から言えば、βクランプを構える5本のサブユニットと、その五本指の手のような巨大部位に伸びている細長いτサブユニットがある[51]。τタンパク質の先端はpolⅢ(とDnaB)に結合し、一方、装着部位との連結鎖は柔軟である[51]。2つのpolⅢはそれぞれリーディング鎖とラギング鎖を担当するためγ複合体とつながっていてもある程度自由に動けなければならない。連結鎖の柔軟さはこのためにあるとされる。
各サブユニットの相互作用について説明する。まず、βクランプはDNAクランプの項で説明したようにpolⅢと結合する。レプリソームはさらにDnaB(DNAヘリカーゼ)[注釈 4]を含み、γ複合体と相互作用する。[31][50]。2本のτサブユニットはDnaBにも連結するために挟み込むためである。この連結はDnaBの移動速度を10倍に促進する[52]。次に、プライマーゼの相互作用はDnaBとの間で起こる。この場合、ほかの構成タンパク質と異なり、複製フォークへの結合は強固ではない。もともとプライマーゼの役割はSSBに覆われたssDNAに結合してプライマーを合成することであるが、このときにヘリカーゼとも結合する。その理由は、この結合が本来の仕事を1000倍に促進するためである[52]。仕事が済めばDNAからすぐに離れる。
真核生物の場合、大腸菌のように2つのDNAポリメラーゼによる複合体は形成しない。γ複合体にあたるクランプローダータンパク質(複製因子C (replication factor C:RFC)[53])は存在するが、リーディング鎖とラギング鎖の各DNAポリメラーゼは別々に働く。
トロンボーンモデル [編集]
トロンボーンモデル trombone model とは、大腸菌で発見されたラギング鎖合成の特徴的な様式を指す[31][54]。すなわち、ラギング鎖合成では親鎖の一部がループ構造を形成し、複製過程でこのループが演奏中のトロンボーンのように伸びたり縮んだりする。
進行方向が反対であるにもかかわらず、2つの親鎖は同じ速度で複製されるのは不思議なことである。絶えず複製を続けるリーディング鎖はともかく、ラギング鎖のpol Ⅲは複製作業を分散している。中断してはDNAから離れ、はるか遠くのプライマー-鋳型接合体に移動し、作業を再開しなければならない。これがリーディング鎖と同じペースというのは、解離から再結合までのタイムラグが一瞬でなければならないはず。不可思議なpol Ⅲのジャンプのカギはラギング鎖が成すループ構造とその根元を掴むレプリソームである。
前述したようにレプリソームはDNAへリカーゼを持つため、常に複製フォークに存在する。リーディング鎖、ラギング鎖担当のDNAポリメラーゼも含む。すなわち、レプリソームはラギング鎖において2カ所を掴む。1つはDNAへリカーゼを介した複製フォーク。ループの根元の1本はそこから分かれたばかりのssDNAである。もう1カ所はpol Ⅲにより複製中の部分である。ループ構造はこれら離れた2箇所の距離をなくす[55][56][54]。
2本の根元ssDNAは1本の親鎖であるが、流れる向きは異なり、どちらもループへと向かう。pol Ⅲの通過DNA領域とDnaBのそれを送り込むため、ループは大きくなっていく。このとき、γ複合体は開いたDNAクランプを準備している。また、岡崎フラグメントが伸長され始めてからしばらくすると、DNAヘリカーゼにプライマーゼが結合する。プライマーゼはループの中、すなわちpol Ⅲの複製方向と逆の位置に行き、プライマーRNAを置く。プライマーゼは離れ、やがてpol Ⅲは直前に伸長した岡崎フラグメントに到達する。DNAクランプの項で述べたように、pol Ⅲは既製の岡崎フラグメントに出会うと、親鎖(にはまったDNAクランプ)から離れる。レプリソームが根元の一つを放すことにより、ループは縮む。pol Ⅲは鋳型鎖から解離した後もレプリソームの一部として複製フォークに留まるので、次のプライマー-接合体へと素早く移動[55][56]。そこにγ複合体は用意していたDNAクランプをはめ、pol Ⅲはこれに結合する。ラギング鎖合成ではこれが繰り返される。
接合 [編集]
接合 conjugation においてDNA複製が利用される。接合とは細菌の生殖様式の一つで、一つの個体(供与菌 donor bacterium 、F+)が別の個体(受容菌 recipient bacterium 、F-)に自身の(染色体やプラスミドの)DNAを移動させることである。その典型例は大腸菌のエピソーム episome [注釈 5]であるF因子(Fプラスミド F plasmid )の仲介で起こる。すなわち、このF因子を、持つ供与菌が持たない受容菌に移す。
接合ではF因子(とそれと地続きの染色体)の巻き戻りが起こり、一方のssDNAは受容菌へと移動。もう片方は供与菌に残る。DNA複製はここで登場し、供与菌と受容菌両方のssDNAを正常なdsDNAに変換する。
具体的な過程を示す。接合には伝達領域 transfer region と呼ばれるF因子の大きな(約33kb)領域が必要で、伝達領域の一端にある伝達起点oriTから始まる。リラクセーズのTraIはoriTを認識し、nicと呼ばれる部位を切断する[57][58]。生じた5’末端に共有結合し、約200bpにわたりdsDNAを巻き戻す[57][58]。巻き戻しはTraIが5’末端から環に沿って移動しながら行う。遊離した5’末端は受容菌へと移動し(このとき供与菌と受容菌は接触し、つながっている)、次々と巻き戻されるssDNAを先導する。F因子がプラスミド型の場合、巻き戻しは環全体にわたり、(一本鎖の)F因子丸々1個が受容菌に伝達される。一方、染色体に組み込まれている場合、DNA伝達は伝達領域とは逆方向へ進む[57][58]。プラスミド型と同様に5’末端から受容菌へと入っていくが、これは細菌間の接触が壊れるまで続く。細菌の染色体全体が伝達するのにおよそ100分かかるが、通常はその前に接合は中断する[57][58]。
接合によって互いのF因子または染色体は一本鎖になるが、それはDNA複製によって二重らせんに戻る。DNA複製が巻き戻しと同時に起こっているなら、ウイルスのDNA複製で紹介するローリングサークル型複製に似ている。しかし、伝達は複製と全く独立した過程であり、これはローリングサークル型複製とは言えない。
真核生物のDNA複製 [編集]
真核生物のDNA複製機構は基礎を真正細菌と同じにしながら、それよりもはるかに複雑となっている。その大きな特徴の一つはまず、レプリコンがゲノム中に多数点在することである。理由はいくつかあり、第一にゲノムサイズが著しく巨大である。第二に、例えば大腸菌のゲノムは1本の染色体で十全だが、人間の場合23対も存在する。最後に、ほとんどの原核生物は染色体が環状であるのに対し、ほとんどの真核生物は線状であること。これは#末端複製問題で説明したような問題を引き起こす。
真核生物のレプリコン [編集]
真核生物のレプリコンは比較的短く、酵母やショウジョウバエで約40kb、動物細胞では約100kbである[59][60]。ただし、この大きさは同一ゲノム内でも10倍以上のばらつきがある[59][60]。複製速度は約2000bp/分で約50,000bp/分の細菌と比べるとずっと遅い[59][60]。また、真核生物には複製停止点がない[59][60]。おそらく隣の複製フォークがぶつかるまでDNA複製は続くようである。
真核細胞では、DNA複製は細胞周期におけるS期 S phase にのみ起きる。S期は最初のレプリコン点火から始まり、典型的な哺乳類の体細胞では6時間以上続く[59][42]。長時間かかることから点火は全てのレプリコンで同時に起きないとわかる。複製速度から考えて、ある瞬間に複製されている平均数は全体の15%である[59][60]。その間に全てのレプリコンは決まった順番に点火されると考えられている。これには例外があり、ショウジョウバエの初期胚の核分裂では多数のレプリコンが同時に点火され、S期は短縮される[60]。
複製の順番を決定する機構についてはレプリコンの一群が一斉に点火され、局所的に制御されると考えられている。その根拠はいくつかある。まず、染色体のとても大きな領域を「初期に複製する領域」と「後期に複製する領域」とに分けることができる[59][61]。このことは点火時期が異なるレプリコンが少なくとも均一に分布しないことを示す。第二に、ブロモデオキシウリジンで複製フォークを標識し、抗体で染色して観察した結果が挙げられる[59][61]。染色が集中した「フォーカス」が染色体あたり100~300観察できる。このフォーカスはおよそ300以上の複製フォークを含む。レプリコンは特定の領域ごとに一斉に複製される強い証拠である。点火時期を決める具体的な機構については、パン酵母(S.cerevisiae )にはシスに働く配列があり、この配列を持たないレプリコンは複製時期が早く、持たないものは遅いようである[59][60]。
真核生物の複製開始 [編集]
真核生物におけるDNA複製のモデル生物は酵母である。複製開始が行われる領域は自立複製配列 autonomously replicating sequence:ARS であり、そこには複製開始点複製エレメント origin replication element:ORC が存在する。この11塩基対[63]にタンパク質が結合し、複製開始点認識複合体 origin recognition complex:ORC は形成される。ORCに相当するイニシエーター-DNA複合体は、調べられた限りすべての真核生物に共通する[63]。OREのすぐ隣はDNA開裂領域 DNA unwinding element:DUE である。約80塩基対のこの配列は、容易に分解するようAとTに富む[63]。DUEは酵母における複製開始点であり、複製開始と伸長に関わるMCMタンパク質複合体が結合する。
真核生物の染色体上には複製起点が多数存在するが、全て細胞周期一回あたり一度しか複製が開始しないように調節されており、これを複製のライセンシング licensing と呼ぶ。複製のライセンシングが破綻すると、ゲノムの一部が一度の細胞周期に2度複製される、また逆に複製されないなどの問題が生じる。
ライセシングの過程はG1期(S期の前)からS期にかけて起こる。真核生物の複製起点は自立複製配列 autonomously replicating sequence 、 ARS と呼ぶ。ARSのレプリケーターにイニシエーターである複製起点認識複合体(Origin Recognition Complex:ORC。オークと読む)が結合することが複製開始の引き金である。ここで注目すべき、原核生物にはないライセシングの特徴は、レプリケーターとイニシエーターの結合が複製起点の点火と別である点である。
ライセシングの前にまず複製開始と伸長の機構を詳述する。複製起点点火前、G1期におけるARSとORCとの結合は複製前複合体 prereplicative complexes:pre-RC の形成に続く。すなわち、pre-RCはORC複合体を前身とし、4種類のタンパク質から構築される。まず、ORCの結合から2種類のヘリカーゼ装着タンパク質(Cdc6とCdt1)が引き寄せられる[64][65]。ORCと装着タンパク質が協力して複製フォークヘリカーゼを呼び、pre-RCは完成。このヘリカーゼはMcm2から7の6つのタンパク質による複合体[65]だが、これはdsDNAを囲むだけであり、巻き戻しやDNAポリメラーゼの導入には直接結びつかない[64]。しかし、G1期に生じたpre-RCは次のS期で複製の出発点となる。
伸長段階はS期に入って2種類のキナーゼがpre-RCを活性化してから開始される。サイクリン依存キナーゼ cyclin-dependent kinase, Cdk とDbf4依存キナーゼ Dbf4-dependent kinase, Ddk はS期に入ると活性化し、pre-RCやほかの複製タンパク質をリン酸化する。するとさらに多くのタンパク質が複製起点に集まり、伸長段階へ移行する。これには3種類のDNAポリメラーゼとその補助因子が含まれ、ポリメラーゼ類は決まった順序で結合する。最初がDNA Pol δとPol εで、次にDNA Pol α/プライマーゼである[64]。実際に伸長が始まるのはDNAポリメラーゼαが結合してからで、その前にδとεが来ることで複製に関わる全てのDNAポリメラーゼを伸長前に確実にそろえることができる。集合したタンパク質のうち、DNAポリメラーゼやその招集に関わった因子の多く、Mcm複合体は複製装置として複製フォークに留まる。Cdc6やCdt1といったその他の因子は伸長段階が始まるころには解離したり破壊されたりする。
複製開始を概観してきたが、ライセシングの正体は以下に述べる調節機構である。これまで述べたように、真核生物の複製はその前にpre-RCの形成とCdkの活性化を必要とする。Cdkは既存のpre-RCの活性化のほかに実は新たなpre-RCの形成を阻害する働きも持つ[64]。すなわち、ORC複合体にほかの成分が結合することを防ぐ。Cdkの活性化レベルはG1期に低く、それ以外の細胞周期上の時期には高い<watson241>。したがって、pre-RCが形成される機会はG1期にしかない。同様に、pre-RCの活性化が起き得るのも直後のS期しかない。Mcm複合体の制御もライセシングの一端であると予想されている。Mcm複合体はDNA複製が進行すると共にゲノムDNAから順次剥がれてゆき、次のM期の終わりになるまでARSに結合しない。この説を支持する証拠の一つとして、Geminin(S期にMCM複合体が複製起点に結合しないように制御しているタンパク質の1つ)の発現を抑制するとゲノムDNAの一部の複製が重複する事が報告されている[要出典]。
また、ARSには早期に複製が開始されるものとS期の後半に複製が開始されるものとにわかれる。出芽酵母をモデルとした研究からは細胞周期のチェックポイントをつかさどるタンパク質群は、DNA障害などの異常を検知すると、後半に複製が開始されるARSからの複製開始反応をとめることで、DNA修復が終了するまで複製反応が起こるまでの時間稼ぎをおこなうことが知られている。
真核生物の伸長段階 [編集]
真核生物の場合、伸長段階にかかわる酵素は巨大な複合体(複製工場)を形成するものの、すべて複製フォークに集まるわけではないらしい。真正細菌のようにリーディング鎖とラギング鎖のDNAポリメラーゼはつながっていない。興味深いのは、伸長に携わるDNAポリメラーゼが複数であることである。真核生物のDNAポリメラーゼ全体は真正細菌と比べて種類はとても豊富であるが、その中でDNAポリメラーゼαがプライマー、δがリーディング鎖の、εがラギング鎖の複製を果たす。
ヘリカーゼがほどいたssDNAは一本鎖DNA結合タンパク質である複製タンパク質 A replication protein A が安定化させている[65]。DNAポリメラーゼαにはDNAプライマーゼのサブユニットも含み、まずプライマーを合成。それにデオキシヌクレオチドを20bp付加した後、クランプローダータンパク質である複製因子C(RFC)がDNAポリメラーゼαを移動させ、替りにDNAクランプの増殖細胞核抗原(PCNA)を引き寄せる。PCNAはより連続反応性の大きいDNAポリメラーゼδを誘導し、そこから先はδが本格的に複製を進める。これをポリメラーゼ交代 polymerase switching と呼ぶ[65]。
#ニックトランスレーションにおけるプライマー除去は真正細菌と異なる過程を経る。プライマー除去には5’→3’のエキソヌクレアーゼが必要だが、真正細菌と異なり真核生物でそれを担うのはDNAポリメラーゼではない。中心的な役割を果たすのはフラップエンドヌクレアーゼ flap endonuclease であるFEN1:Flap structure-specific endonuclease 1 (以前はMF1と呼ばれていた)である[53]。これは岡崎フラグメントの3‘末端でDNAポリメラーゼδ複合体に結合し、その隣接プライマーを分解する。ただし、分解活性はプライマー5’最末端部のリボヌクレオチドにある三リン酸基により阻害される。これを真核生物がどのように乗り越えるかはまだはっきりと判明していない。
実際のプライマー除去機構には様々な仮説が考えられている。その一つは、プライマーの大部分はFEN1ではなくRNアーゼHによって除去されるというものである[53]。RNアーゼHはRNA間のホスホジエステル結合を切断できるが、RNA-DNAのそれはできないという特徴を持つ。そのため、少なくともDNAと隣接する最後のプライマーRNAは残ってしまうはずである。ここで、ホスホジエステル結合切断から生じた5‘末端は三リン酸ではなく一リン酸基なので除去作業はFEN1が引き継ぐ。しかし、RNアーゼを持たない細胞でもラギング鎖複製が行われることが確認された[53]。もう一つの仮説では、ヘリカーゼがプライマーと親鎖間の塩基対を切断し、はがれた部分(フラップ flap )をDNAポリメラーゼδが隣の岡崎フラグメントから伸長して補う[66]。フラップはFEN1が切断する。
細胞内小器官のDNA複製(置き換え型複製) [編集]
動物のミトコンドリア や植物の葉緑体などにおける小さな環状DNAでは置き換え型複製 displacement replication と呼ばれる特殊なDNA複製が観察される[67][68]。まずRNAポリメラーゼが、二本のDNAの一方(H鎖 heavy strand )の複製起点に相補的なRNAを合成する。複製されるH鎖の領域と娘鎖は新しい二重らせんを形成するため、もともと共に形成していた、その領域のもう一方のDNA(L鎖 light strand )は一本鎖の状態になる。3本の直鎖からなる領域を認識したエンドヌクレアーゼがRNAを切断し、プライマーとする[68]。ここから娘鎖の伸長は始まり、H鎖の塩基対の相手がL鎖からRNAへと置き換わっていく。この領域をDループ D-loop (置換ループ displacement loop。tRNAのDループとは関係ない)と呼ぶ。Dループは拡大していき、やがてH鎖の複製が完了する。L鎖は独自にプライマーを付加され、遅れて複製される。
哺乳類のミトコンドリアDNAの場合、Dループの拡大がH鎖の3分の2まで進んだ時に、L鎖の複製は始まる[68]。L鎖の複製起点が外れて露出するためである。H鎖の複製が完了するとL鎖が完全に外れて追い出される。この時点ではL鎖の複製は3分の1までだが、遅れながらも完了する[68]。
古細菌のDNA複製 [編集]
古細菌のDNA複製については全貌が明らかになっていない。研究ではもっぱらスルフォロブス属のSulfolobus solfataricus P2などを用いる。知見の多くは、真正細菌か真核生物の複製に関わるDNA配列やタンパク質と相同な古細菌のそれから推測されている。類似遺伝子の探索では複製起点を発見することができなかったが、古細菌ゲノムの領域ごとにヌクレオチドの出現頻度を統計する方法により、ピュロコックス属であるPyrococcus abyssi の複製起点が断定された[16]。古細菌のDNA複製は真核生物寄りの複製機構を基本に、真正細菌的な要素が一部混合するようである。
古細菌の伸長段階で働くタンパク質の多くは、真核生物の当該タンパク質と遺伝子もアミノ酸配列もよく似る。特に、RFCやPCNは相同タンパク質が存在する[16]。古細菌のDNAポリメラーゼは、デオキシヌクレオチドを合成するサブユニットが真核生物のDNAポリメラーゼδのそれと類似性を示す[16]。一方、DNA複製中に行われる校正修復を担うタンパク質は、大腸菌のDNAポリメラーゼⅢのεサブユニットと相同であるとされる[16]。
ウイルスのDNA複製 [編集]
DNAウイルスの多くは、宿主のDNA複製にかかわるタンパク質を使って複製する。ヘルペスウイルス科、アデノウイルス科、パポバウイルス科、パルボウイルス科などのDNAウイルスは核内でDNAを複製するが、天然痘ウイルスを代表とするポックスウイルス科では細胞質で複製をする
鎖置換 [編集]
ウイルスの中には線状ゲノムを末端から複製するという珍しい例が存在する。代表的なのはアデノウイルスとφ29ファージにおける鎖置換 strand displacement である[69]。両3'末端からそれぞれ一本の娘鎖が合成されるが、これは同時期ではない。すなわち、一度の複製フォーク出発に1つのDNAポリメラーゼしか伴わず、別時期のリーディング鎖合成が2回行われる。ほかの生物ならラギング鎖が合成されるだろう5'→3'の親鎖は複製が進み、遊離してもssDNAのまま放置。複製が反対側の末端に到達すると、完全に塩基対が置き換えられた親ssDNAは遊離する。このssDNAも独自に複製されるが、そのためには短くとも3'末端に塩基対が作られ、複製起点が二重らせんであることが必要である。
鎖置換を複製機構とするいくつかのウイルスは、それぞれの5'末端に末端タンパク質 terminal protein が共有結合している[69]。例えば、アデノウイルスではセリンがホスホジエステル結合でつながっている。末端タンパク質には、プライマーとなるヌクレオチドのシチジンを持つことと、DNAポリメラーゼと会合するという2つの役割がある[69]。このことから次のモデルが考えられている。末端タンパク質とDNAポリメラーゼが複合体を形成し、これがDNA末端に結合するというものである。次いでシチジンから娘が伸長されるのだろう。この共有結合は複製後も取り残されると考えられており、実際アデノウイルスの5’末端に前回使用されたままのセリンが観察される。これは次の複製開始まで放置され、複製のときに新しい末端タンパク質と置き換わる。
末端タンパク質はDNA末端から9~18bpの間に陣取る[69]。隣の17~48bpの領域は、複製開始に必要な宿主由来の核因子Ⅰ nuclear factor Ⅰ:NFⅠの結合に不可欠である[69]。したがって、複製開始複合体はDNA末端から9~18bpの間で形成される[69]。
ローリングサークル型複製 [編集]
一部の環状DNAはローリングサークル型複製 rolling circle-type replication と呼ばれる特殊な機構で複製される[1]。一般的に、1本鎖環状DNAをゲノムとする ファージが行う[70]。
大腸菌ファージφX174の場合を紹介する。複製が開始されたとき、DNAは二重らせんとなる。このときの二本鎖DNA状態を複製型 replicative form, RF I と呼ぶ。複製型のうち、もともとのゲノムを(+)鎖、新しく合成された方を(-)鎖に呼び分ける[1][70]。まず、エンドヌクレアーゼのAタンパク質が (+)鎖の複製起点にニック(切れ目)を入れる。この後、Aタンパク質はニックの5'末端に残る。このように、dsDNAにニックを入れ、生じた5‘末端に結合する酵素をリラクセーズ (弛緩酵素 relaxase )と呼ぶ[70]。さて、ニックの3’末端は(+)鎖伸長のためのプライマーとなり、(-)鎖を鋳型として新たな娘ssDNAが合成されていく。それに追い出されるように、対岸の5’末端側は伸長に連れてどんどん(-)鎖から離れる(この(+)鎖のssDNAをテールと呼ぶ)。やがて娘鎖の伸長は一周して複製起点に到達する。このとき、娘鎖は親鎖と同じ長さ、すなわち(+)鎖全体がテールとなるが、テール末端のAタンパク質は再び複製起点を認識して(+)鎖を娘鎖から切り離す。実はAタンパク質は5'末端と同時に3'末端にも連結しており、複製フォークが複製起点を過ぎるころ、すなわちちょうど一周した時にはAタンパク質も複製起点近くに存在する。(-)鎖からも離れ、遊離した(+)鎖は環状となり、ゲノムDNAは複製される。娘鎖と(-)鎖の二本鎖はその後も複製型DNAとして使い回され、同じ方法で複製は続いて(+)鎖のコピーが多数生成される。ローリングサークル型複製の名前は、娘鎖の伸長の際に二本鎖部分が反時計回りに回転し、(+)鎖が引き出されているように見えることから名づけられた。この様子は、まるでトイレットペーパーのロールが床に転がってほどけるようである。ギリシャ文字のσにも似ており、ローリングサークル型複製はσ型複製とも呼ばれる。
次にλファージの場合を紹介する。λファージはローリングサークル型複製を二本鎖DNAの複製に利用する。DNA複製の初期段階では、θ型の複製(前項#複製の機構で解説されている通常の方式に則った、環状DNAの複製)により環状DNAのコピーがいくつか生じる。しかし、ここで作られる環状DNAをλファージは頭部に取り込むことができない。そこで、これらを鋳型にしてローリングサークル型複製を行い、直鎖DNAが作られる[1]。このときのローリングサークル型複製は半不連続的である。鋳型の環状DNAから直接複製されたDNAはリーディング鎖として連続的に伸長し、鋳型の数倍の長さにまでなる[1]。そのリーディング鎖を鋳型に、ラギング鎖としてさらにDNA断片が合成されていく。こうして新生された直鎖dsDNAをコンカテマー concatemerと呼ぶ。コンカテマーは1ゲノム分に切り出され、二本鎖の娘鎖がファージ頭部に導入される。
人工的なDNA(断片)複製方法 [編集]
- PCR法など
突然変異 [編集]
詳細は「突然変異」を参照
複製は極めて高い精度で行われるが、それでも
程度の確率で合成ミスが生じる。その結果、DNAの塩基置換が起こり、突然変異が起こる。このような複製ミスによる突然変異のほかに、紫外線や化学物質によってDNAが損傷し、突然変異が生じることがある。
注釈 [編集]
- ^ a b DNAはデオキシヌクレオチドが、RNAはリボヌクレオチドが重合した高分子である。デオキシヌクレオチドの一部に塩基という部位があり、アデニン、チミン、グアニン、シトシン の4種類が存在する。各種には「相補的な」と形容される特別な関係にある塩基を一つ持つ。相補的な塩基の一組は特異的に結合し、ほかの塩基とは結合しない。dsDNAは相補的な塩基配列の組み合わせで成り立つ。
- ^ DNA鎖には5’側と3’側というように2つの側が異なる。デオキシヌクレオチドは、3'位に水酸基、5'位にリン酸を持つ構造をしている。そして、DNA同士の結合は水酸基とリン酸の結合による。したがって、DNA末端には3'のものと5'のものの2つが存在する。
- ^ #SSBは主に次の2つの様式でDNAと結合する。①リボース‐リン酸主鎖への静電相互作用②DNA塩基との積み重ね相互作用。塩基とはほとんど水素結合を作らない。
- ^ 大腸菌のヘリカーゼはDnaBだけではなく、最新データ(2007年現在)では11種類あるとされる。これは、巻き戻しはDNA複製の時だけでなく、転写、組み換え、DNA修復といった様々な過程に必要であるためである。
- ^ 独立して存在することも、染色体に組み込まれることもできるプラスミド。いずれの状態でも大腸菌のそれは接合において個体間を移動する。供与菌のF因子がプラスミド型の場合、それを移し、F-はF+へと変わる。組み込まれている場合、染色体の一部または全てが伝達される。
出典 [編集]
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