高田三郎
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高田 三郎は、
- クラシック音楽の作曲家「たかた さぶろう」。以下で詳述する。
- 哲学者の「たかだ さぶろう」(1902 - 1994)。アリストテレス『ニコマコス倫理学』やトマス・アクィナス『神学大全』などの翻訳にたずさわった。高田三郎 (哲学者)
- 絵本画家の「たかだ さぶろう」(1941 - )。『海辺の砂をにぎりしめて』など、数十冊の絵本を担当。
- (ポピュラー音楽の)ヴォーカリスト、作詞家、作曲家、編曲家、ヴォイス・プロデューサー「たかだ さぶろう」。
- 宮沢賢治の小説「風の又三郎」の主人公。
| 本来の表記は「髙田三郎」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
| クラシック音楽 |
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髙田 三郎(たかた さぶろう、1913年12月18日 - 2000年10月22日)は日本の作曲家。自作を中心に指揮者としても活躍した。
名字は「高田」ではなく「髙(いわゆるハシゴ高)田」が正式な表記である。
目次 |
[編集] 生涯
愛知県名古屋市に生まれる。武蔵野音楽学校(現在の武蔵野音楽大学)師範科を経て東京音楽学校(現在の東京藝術大学)の本科作曲部を1939年に卒業し、次いで同校研究科作曲部、同校聴講科指揮部で学んだ。この頃の作品として、管弦楽曲「山形民謡によるファンタジーと二重フーゲ」(1941年。後、「山形民謡によるバラード」と改題)や、歌曲「風のうたった歌」(1942年)がある。この2曲はほどなくして出版され、今日までしばしば再演される作品となった。 また、副科でホルンを習得し、1940年の紀元二千六百年奉祝管弦楽団にはホルン奏者としてくわわっている。
1948年に平尾貴四男、安部幸明、貴島清彦とともに作曲団体「地人会」を結成。西洋および日本の音楽の伝統を尊重しつつも、安易に「輸出用音楽や虚偽の民族性」(髙田三郎「地人会はどう進んできたか」『音楽芸術』1953年4月号による。ここでは外国人受けや、民族主義の高揚を軽々しく狙った作品を指すのだろう)によりかからない態度を表明した。この会の活動は1955年まで続き、高田はここで「ヴァイオリンとピアノのための奏鳴曲」や「チェロとピアノのための小奏鳴曲」などを発表する。同年(1955年)、詩人と作曲家、声楽家による団体「蜂の会」の結成に参加した。ここで初演されたものに男声合唱組曲「海」などがある。この頃を境に声楽、特に合唱作品へ力を注ぐようになった。
NHKから芸術祭のために合唱曲を委嘱されたことを機に詩人高野喜久雄と出会った彼は、その委嘱作品「わたしの願い」(1961年)を皮切りに、合唱組曲「水のいのち」(1964年)、「ひたすらな道」(1976年)、「内なる遠さ」(1978年)、「確かなものを」(1987年)、歌曲集「ひとりの対話」(1965-71年)を作曲した。とりわけ「水のいのち」は、混声版、女声版、男声版合わせて200刷を突破するほどに多くの人に歌われ、今日にいたるまで日本における合唱楽譜の売上の上位にい続けている。また、宇野功芳は『クラシックの名曲・名盤(旧版)』(講談社現代新書、1989年)において、日本の作品の中から唯一この曲を挙げている。
一方、指揮では戦後しばらくまで放送などで活動していたものの、やがて自作のみに限定。録音や合唱団の客演指揮で活躍した。厳しい指導で知られていたが、その演奏に対しては「日本の合唱曲の演奏はすべて自分が一番よい」とする木下保が、「髙田三郎の曲だけは、彼が自分でやった方がいい」と述べたというエピソードがある。髙田の指導を受けた合唱指揮者は数多く、さまざまなかたちで彼の作品演奏に尽力した。1993年から彼の作品個展演奏会「リヒト・クライス」の主宰にあたっている鈴木茂明、男声合唱版のない合唱曲について、それへの編曲を行った須賀敬一や今井邦男、「髙田三郎合唱作品全集」をスタートさせた辻正行などが挙げられる。 これら弟子によってアレンジされた男声合唱版は、指導にもあたっていた東海メールクワィアーの男声合唱版制作シリーズによって開花し、2006年10月8日に大分IICHIKO芸術文化センターで行われた第17回日本男声合唱協会演奏会にて「心の四季」が320人により演奏された。指揮は須賀敬一。
最晩年まで作曲、指揮活動を続け、室内楽曲「五つの民族旋律」(1977年)の管弦楽編曲の完成を前に死去。トーマス・マイヤー=フィービッヒが残りを完成させた。遺作は「神のみわざがこの人に」である。
[編集] クリスチャンとして
幼少から近所のプロテスタント教会に通う。1953年、氏が40歳のときに洗礼を受け、カトリックの信徒となる。霊名、ヨゼフ・ダヴィド。第2バチカン公会議(1962年~1965年)で成立した典礼憲章(Sacrosanctum Concilium)に基づき、それまでラテン語で行われていたミサが各国語で行われることになった。それにともない、日本カトリック司教団の依頼で典礼聖歌作曲に着手した。グレゴリオ聖歌や日本古来の旋律など種々の技法研究を踏まえて、「ミサは全部神のことばで出来ている。だから間違った解釈で作曲してはならない」と、自身の信仰を問いながら、晩年に至るまで220曲あまりの典礼聖歌を作曲した。 1992年には「典礼聖歌の作曲を通して日本の風土への典礼の浸透に尽力した」として、バチカンより聖シルベストロ教皇騎士団勲章を授与された。1997年には日本エキュメニカル協会から「エキュメニカル功労者賞」を受賞している。
[編集] 主な作品
[編集] 舞台作品
- 蒼き狼(井上靖による)
[編集] 管弦楽曲
- 山形民謡によるバラード(弦楽四重奏版、オルガン独奏版もある)
- ヴァイオリンと管弦楽のための譚詩曲
- 狂詩曲第1番、第2番
- 五つの民族旋律(未完)
[編集] 室内楽曲、独奏曲
- ピアノ奏鳴曲第1番、第2番
- 八重奏曲(クラリネット、ファゴット、コルネット、トロンボーン、ホルン、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス)
- ピアノのための前奏曲集
- ヴァイオリンとピアノのための奏鳴曲
- チェロとピアノのための小奏鳴曲
- 弦楽四重奏のための組曲「マリオネット」
- オルガンのための「Meditatio」
- 五つの民族旋律(ヴァイオリン、フルート、ピアノ。他にピアノ独奏版などがある)
[編集] 声楽曲
()内は作詩(作歌)者。
- 駒場東邦中学校・高等学校校歌(北川冬彦)
- 風のうたった歌(立原道造)
- 海と山の歌(三好達治、神保光太郎)
- 立原道造の詩による4つの歌曲
- 啄木短歌集(石川啄木)
- 男声合唱組曲「季節と足跡」(北川冬彦)
- 前奏曲抄(野上彰)
- 雅楽の旋法による聖母讃歌
- 混声/女声合唱曲「わたしの願い」(高野喜久雄)
- パリ旅情(深尾須磨子)
- ソプラノ、バリトン、ナレーター、合唱と管弦楽のための「無声慟哭」(宮沢賢治)
- 混声/女声/男声合唱組曲「水のいのち」(高野喜久雄)
- 混声/女声合唱組曲「心の四季」(吉野弘)
- 混声合唱曲「稲作挿話」(宮沢賢治)
- 女声合唱組曲「雛の春秋」(村上博子)
- 混声合唱組曲「橋上の人」(鮎川信夫)
- 歌曲集「ひとりの対話」(高野喜久雄)
- 女声合唱組曲「遥かな歩み」(村上博子)
- 男声合唱組曲「戦旅」(伊藤桂一)
- 混声/女声/男声合唱組曲「ひたすらな道」(高野喜久雄)
- 混声/女声合唱組曲「内なる遠さ」(高野喜久雄)
- イザヤの預言 (詞:旧約聖書中のイザヤ書)
- 女声/混声/男声合唱組曲「この地上」(高野喜久雄)
- 預言書による「争いと平和」
- 男声合唱組曲「野分」(井上靖)
- ヨハネによる福音
- 混声三部/混声四部/女声三部合唱組曲「確かなものを」(高野喜久雄)
- 残照(井上靖)
- 友情のうた(西条八十 第17回NHK全国学校音楽コンクール中学校の部課題曲B)
- ともだちの歌(勝承夫 第26回同中学校の部課題曲)
- 冬・風連湖(岩間芳樹 第46回同高等学校の部課題曲)
[編集] 典礼聖歌
- ミサ賛歌「やまとのささげうた」(1962~1963年) 第二バチカン公会議を受けて日本で聖歌の改訂が始まったとき、エリザベト音楽大学のゴーゼンス神父の「日本的な旋律」よるミサ曲をという提案を受け入れて作曲された。旋律はさまざまな経文をモチーフに作られている。あわれみの賛歌は「香偈」「来迎和讃」,栄光の賛歌は「詠歌」,信仰宣言は「引声阿弥陀経」,感謝の賛歌は「三宝和讃」,平和の賛歌は特にどれというのはないが同じ源から出ている。カトリック聖歌集と典礼聖歌集の両方に収録されているが、「父」に相当する部分の旋律が標準語のアクセントに近くなるよう、後から出版された典礼聖歌集では改訂された。
- ミサ賛歌I(1969年,信仰宣言1970年,栄光の賛歌1975年) 会衆が誰でも参加できるミサ曲を日本語で作ろうという意図に基づいて作曲された。日本の伝統音楽の旋法と、グレゴリオ聖歌の教会旋法を混ぜ合わせて作曲された自由リズムによるミサ曲である。
- 歌ミサの式次第 対話句などがすべて歌えるようになっている。ミサ賛歌Iと同じ考えで作曲されている。
- 「父は、いる」「イエズス・キリストへ」「呼ばれています」 最初の三部作。作詞は高野喜久雄。
- 聖書の歌として作曲されたもの 「神はキリストのうちに」「おお神の富」「愛の賛歌」「神の前に貧しい人は」「来なさい重荷を負うもの」
- 礼拝集会とキリスト者の生活のために作曲されたもの 「行け地の果てまで」「ひとつになろう」「キリストのように父を仰ぎ」「神は愛」「すべてのものの中に」「週の初め(礼拝からの派遣)」「救いの道を(教会はひとつ)」「聖なる時・聖なる所」「友よ聞こう」
- 説教を聞いて作曲したもの 「ちいさなひとびとの」「キリストのように考え」「仕えられるためではなく」「わたしは門のそとに立ち」
- 髙田自身が作詞・作曲を行った聖歌 「羊かいがいて」「主は与え」「アッシジの聖フランシスコによる平和の祈り」
- 聖週間の典礼用 「ダビドの子」「十字架賛歌(クルーチェム・トゥアム)」「とがめの交唱(インプロペリウム)」「ハギオス・ホ・テオス」「十字架賛歌(クルクス・フィデーリス)」など。
- 「復活賛歌」(1972年) 復活徹夜祭で歌われる。
- 「復活の続唱」(1971年) 復活の主日と復活の八日間に歌われる続唱。
- 「聖霊の続唱」(1971年) 聖霊降臨の主日に歌われる続唱。
- 詩編の歌 「神の名は」「神よあなたのことばは」など100曲以上。3年周期になっている主日ミサの答唱詩編で歌われる詩編の歌はすべて高田の手によるものである。グレゴリオ聖歌の詩編唱を基盤としてソレム方式による二・三拍の自由リズムで作られたが、完成したものは高田独自のものであり、他の典礼聖歌の作曲者にも多大な影響を与えている。
- 各季節のアレルヤ唱・詠唱 多数あり。すべての主日・週日ミサに必要なものが揃っている。
- 教会の祈り かつて聖務日課と呼ばれたもの。教会の祈りで唱えられるすべてのことばや詩編の旋律を作曲している。「初めの祈り」「賛美の賛歌」(テ・デウム)など。
- 福音の歌 「わたしは神をあがめ」、「神をほめたたえよ」など。
- 「主の祈り」 文語版・口語版がある。
- 聖母賛歌 「しあわせなかたマリア」(アベ・マリア)「救い主を育てた母」(アルマ・レデンプトリス・マーテル)「天の元后・天の女王」(アベ・レジナ・チェロルム)「元后 あわれみの母」(サルベ・レジナ)「天の元后 喜びたまえ」(レジナ・チェリ)「母は立つ」(スタバト・マーテル)
[編集] 著作
- 『くいなは飛ばずに』音楽之友社、1988年
- 『典礼聖歌を作曲して』オリエンス宗教研究所、1992年
- 『来し方』音楽之友社、1996年
- 『ひたすらないのち』河合楽器製作所・出版事業部、2001年
[編集] その他
偶然にも宮沢賢治の童話「風の又三郎」の登場人物(周囲の子どもたちから「風の又三郎」と呼ばれる少年)と同姓同名である(ただし、厳密には「高」の文字が異なる)。その縁かどうかは定かではないが、髙田は賢治の詩の何編かを声楽曲に仕立てている。
[編集] 参考文献
- 「日本の作曲家シリーズ――その人と作品と――2 高田三郎」(『ハーモニー』No.86、全日本合唱連盟、1993年)
- 『日本の作曲20世紀』音楽之友社、1999年
- 『典礼聖歌を作曲して』オリエンス宗教研究所、1992年


