酒井雄哉
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さかい ゆうさい
酒井 雄哉 |
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| 生誕 | 1926年9月5日(85歳) 大阪市玉造 |
| 出身校 | 慶應義塾商業学校(夜学) |
| 職業 | 比叡山飯屋谷不動堂長寿院住職 |
| 受賞 | 仏教伝道文化賞(功労賞) |
酒井雄哉(さかい ゆうさい、1926年(大正15年)9月5日 - ) は天台宗の僧侶。比叡山延暦寺の千日回峰行を2度満行した行者として知られている。天台宗北嶺大行満大阿闍梨、比叡山一山 飯室不動堂長寿院住職、大僧正。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 海軍入隊から得度まで
大阪市玉造生まれ。旧制中学卒業後、昭和6年(1931年)慶應義塾商業学校(慶應義塾大学の夜間商業学校)に入学。落第生で卒業が危ぶまれたため、慶應義塾の教授に薦められ、昭和19年(1944年)、熊本県人吉の予科練に入隊した。そこで半年間の訓練を受けた後、宮崎の宮崎海軍航空隊(後の松島海軍航空隊、陸上攻撃機)所属を経て、鹿児島県の鹿屋飛行場に移る。特別攻撃隊員として終戦を迎えた。
戦後はラーメン屋をやるが火事で焼けてしまい、菓子屋、証券会社代理店など職を転々とするがいずれもうまくいかない。また、結婚2ヶ月目に妻が自殺するという事件もあった。40歳のとき得度し比叡山延暦寺に入る。千日回峰に挑む前には、明治時代に死者が出て以来中断していた「常行三昧」という厳しい行を達成している。
[編集] 千日回峰行
1973年(昭和48年)より千日回峰行を開始し、1980年(昭和55年)10月に満行した。この行の様子は1979年(昭和54年)1月5日、NHK特集『行~比叡山・千日回峰~』で放送された。
しかし酒井はこれに満足せず、半年後に2度目の千日回峰行に入った。そして、1987年(昭和62年)7月、60歳という最高齢で2度目の満行を達成した。2度の回峰行を達成したものは1000年を越える比叡山の歴史の中でも3人しかいない。
[編集] その後
1990年(平成2年)、15年ぶりに下山。厳しい護摩供のほか国内各地、中国五台山、エジプト・シナイ山などを巡礼。1995年(平成7年)にはバチカンでローマ法王ヨハネ・パウロ2世にも謁見している。同年、仏教伝道文化賞(功労賞)受賞。現在、比叡山麓の飯室谷不動堂に住み活動している。
[編集] 著書
- 『比叡山・千日回峯行 酒井雄哉画賛集』(2006年 寺田みのるとの共著。小学館) ISBN 978-4094187038
- 『生き抜く力をもらう』(孔健との共著。ビジネス社) ISBN 978-4828410234
- 『「いま」このときを、生きる -仏さまと論語の教え 仏教と儒教の対話が導く「生きる智慧」』(孔健との共著。日本文芸社) ISBN 978-4537257281
- 『傑僧説法 ビジネスに響く百八のことだま』(共著。日経BP社) ISBN 978-4822229313
- 『一日一生』(2008年 朝日新書) ISBN 978-4022732385
- 『幸せはすべて脳の中にある』(2010年 朝日新書) ISBN 978-4022733191
- 『人の心は歩く早さがちょうどいい』(2010年 PHP研究所) ISBN 978-4569777757
- 『賢(かしこ)バカ」になっちゃいけないよ』(2010年 PHP研究所) ISBN 978-4569790114