横浜隼人中学校・高等学校

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横浜隼人中学校・高等学校
Yokohamahayato highschool.jpg
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人大谷学園
設立年月日 1977年
共学・別学 男女共学
中高一貫教育 併設型
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
国際語科
高校コード 14572G
所在地 246-0026 
外部リンク 公式サイト(中学校)
公式サイト(高校)
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横浜隼人中学校・高等学校(よこはまはやとちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県横浜市瀬谷区阿久和南にある私立の中学校・高等学校。校名の由来は地籍上の隼人による。学校法人は大谷学園という名称であるがこれは創始者の大谷高子に由来するもので真宗大谷派との関係はない。

目次

[編集] 概要

当初は男子校として1977年(昭和52年)高校設立(中学校は1979年〈昭和54年〉設立)、初期の教育方針は初代校長である大谷卓郎の方針から帝国海軍に近い厳しい教育で知られ、教師は「教官」、教頭は「学監」と呼ばされていた、生徒は中学1年生を1号生徒、順に高校3年生を6号生徒と呼ばれていた、クラス名は中学1年生のクラスを「11ルーム」(いちいちるーむ)、高校3年生のクラスを「61ルーム、62ルーム」(ろくいちるーむ、ろくにぃるーむ)と呼称していた。  教育方針の基本は学校正門奥にあった「示説打放」の石碑(現在は撤去)通り、「指導」→「説明」→「打撃教育的制裁)」→「追放退学)」であり、防衛大学校に似た制服(高校)と通学時を除く学内での白い校内着の着用義務、教師による鉄拳制裁、教師、上級生への反抗禁止等独特の校風を持っていた。 しかも四大行事(春は一日がかりの箱根登山行軍、夏は二泊三日の野戦訓練に近いキャンプ、秋は一泊二日の伊豆大島徒歩一周、冬は二泊三日の剣道合宿)と呼ばれた各行事は過酷で、特に校内宿泊の剣道合宿では、合宿中に複数の脱走者が出る程であった。 校風や四大行事の厳しさもあり、卒業時の一学年生徒数が入学時の半分以下になる事(殆どは退学によるもの)もあったが、1985年(昭和60年)の中学校男女共学化前後より教育方針は変化し、現在では一般的な男女共学の中高一貫校となった。

系列校として秀英高等学校(通信制)、清心女子高等学校(通信制)、横浜隼人幼稚園(隣接している)、大谷学園幼稚園がある。高等学校の普通科は3コース(特別選抜、特進、進学コース)に分かれており、それぞれ公立上位校、中堅から下位校の併願校のひとつであり、卒業生の大半が四年制大学に進学している。 因みに,特別選抜コース(以下,特選コース)は国公立大学入学を目標としており,特進コースはMARCH,進学コースは日東駒専レベルを目標としている場合が多い。 また、「横浜隼人BBS」という大手衛星授業配信予備校の映像を駆使して、私学ならではの学習方法を開拓している。

また,地形の関係で,周りは坂が多い。

[編集] 設置学科

  • 中学校
  • 高等学校
    • 全日制課程
      • 普通科
      • 国際語科

[編集] 沿革

  • 1977年4月 - 隼人高等学校開校(男子校として)
  • 1979年4月 - 隼人中学校開校(男子校として)
  • 1985年4月 - 中学校が男女共学化 (女子生徒募集開始)
  • 1987年4月 - 高等学校が男女共学化 (女子生徒募集開始)
  • 1988年4月 - 隼人高等学校国際語科 開設
  • 1993年4月 - 現学校名に変更

[編集] 部活動

[編集] 交通

[編集] 出身有名人

[編集] 脚注

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  1. ^ 虎ファン監督夢実現 横浜隼人、縦じまユニホームで登場(朝日新聞社)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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