槙原稔

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槙原 稔(まきはら みのる、1930年1月12日 - )は、三菱商事の社長・会長を歴任した日本実業家東京府(現・東京都)出身(出生地はイギリス)。父・覚は青年期に岩崎久弥岩崎弥太郎の長男、三菱財閥3代目総帥)から奨学金を受け、その後三菱商事に入社し水産部長を務めた。2009年現在、三菱商事相談役、東洋文庫理事長。

[編集] 略歴

[編集] 家族・親族

槙原稔の妻・喜久子は元三菱製紙会長・岩崎隆弥(弥太郎の孫、久弥の次男)の三女[1]。旧制成蹊高校時代に隆弥の4人の娘に英語の家庭教師をしていた縁で隆弥の娘の1人・喜久子と結婚した。この結婚によって三菱の創業者一族・岩崎家と姻戚関係で結ばれることになり、このことが後に三菱商事の社長に就任することにプラスになったと考えられている。槙原は社内では学者肌でおとなしい性格で知られており、岩崎家の婿でなければ社長に抜擢されなかったと見なされていたからである。

稔・喜久子夫妻の長女・久美子とその夫・ビル・パウエルはともにジャーナリスト。長男・純はゴールドマン・サックス証券に勤務した後2009年現在ネオテニー会長。純の妻・めぐみはフリーライター

なお岩崎隆弥の長女、すなわち喜久子の姉・由美子は船舶工学者元良誠三と結婚したので、槙原稔は元良の義弟にあたる[1]

[編集] 脚注・出典

  1. ^ a b 佐藤朝泰『門閥 旧華族階層の復権岩崎家を中心とする閨閥地図 (1)(262-263頁)立風書房 1987年3月、262-263頁、ISBN 978-4651700328
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