抜歯

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抜歯(ばっし、the extraction of a tooth)とは、歯科医師医師が人為的に患者口腔内からを抜く医療行為をいう。

近代前期の抜歯をコミカルに風したもの。現在では歯科麻酔学の発達により痛みはかなり軽減されている。
第三大臼歯を切断して抜歯

歯科医療においては、すでに萌出した歯だけでなく、埋伏歯を取り除くことも含まれる。水平に埋伏した第三大臼歯(親知らず)等の場合は、一般的な抜歯と異なり、歯肉を切開したり歯を切断したりして抜歯することもある。

近年はできるだけ歯を残す方向に歯科全体が動いてきているが、それでも抜歯適応となることは多い。日本では局所麻酔で抜歯を行う事が一般的であるが、第三大臼歯の抜歯などでは全身麻酔で行うことが多い国もある。

具体的には、気管チューブを挿管する時に、歯が不安定だと最悪の場合歯が抜けて気管に入り込んでしまう場合がある。この場合には医師であっても抜歯を行うことがある。

適応[編集]

  1. う蝕歯髄炎歯周病がきわめて進行し、あるいは治療効果が期待できない根尖病巣を持つため、歯の保存が不可能となる場合
  2. 隣接歯や歯周組織に悪影響を与える場合
  3. 歯性感染症歯原性嚢胞歯原性腫瘍の原因歯となっている場合
  4. 矯正補綴のために必要な場合
  5. 下顎骨骨折上顎骨骨折において、治療の妨げとなる歯
  6. 悪性腫瘍を刺激する歯

禁忌[編集]

歯学の進歩により、これまで絶対的禁忌とされていた多くの症状が、相対的禁忌となってきた。このため、症状の安定期で有れば可能になってきた。しかし、依然危険であることに変わりはなく、それぞれの疾患等の専門医歯科医師の協力の下抜歯が行われる。

全身的要因
局所的要因
  • 抜歯部位の炎症
  • 悪性腫瘍の上にある歯

偶発症[編集]

抜歯を行うことによって、偶発症が発生することがある。偶発症の中には、歯科医師の力量や注意の不足によるものもあれば、患者本人の不注意によるものもあるが、注意しても避けられないものも多い。しかし、どのような状況が発生しても対応する判断力が歯科医師には必要とされる。

抜歯の偶発症でもっとも知られるものは、三叉神経顔面神経麻痺である。たとえば、下顎の歯、特に下顎第三大臼歯では、根尖部のすぐ近くを三叉神経第三枝である下顎神経の枝の下歯槽神経が走行している。抜歯時に歯根がこの下歯槽神経を圧迫し、傷つけるという事がある。これにより口唇等にしびれが長期にわたり残ることがある。一方、レントゲン上では歯根神経とに十分な距離があり、暴力的抜歯、過度な抜歯窩掻爬といった過失が認められないにもかかわらず、ある意味不可避的に神経麻痺が生じることもある。

下顎第三大臼歯の抜歯で、もっとも恐ろしい偶発症は、翼突下顎隙に抜去した歯牙が迷入することであり、口腔底に感染源を押し込むことになり、しばしば重篤な感染が生じる。また、迷入歯牙を摘出するためには,全身麻酔下で外部からの切開を必要とすることが多い。

この他、上顎の歯が、上顎骨の上顎洞に迷入することや、抜歯後に止血しにくいことや、いったん止血した後に再び出血すること(後出血)等がある。軽度の血友病などの血液疾患がこのことにより発覚することもある。またどの歯においても起こり得るものとして抜く前に歯根が入っていた穴が塞がらず開いたままになり歯槽骨が露出するドライソケットがある。

通過儀礼[編集]

通過儀礼に於いて敢えて特定の永久歯を抜く儀式が行われる場合がある。日本においては、縄文時代の土坑墓や貝塚から出土するヒトの頭骨において、健康な歯を抜いている事例が多いことから、抜歯が広く通過儀礼として行われていたことが明らかにされている。また、日本の古代社会において、抜歯は家長継承における儀礼の一環だったという考えもあり[1]、女性の頭骨から見られる抜歯の事例が5世紀までであったことから、女性が家長と成り得たのは、古墳時代では5世紀までであるという説もある。

役作り上の抜歯[編集]

映画やTVドラマなどで俳優が自分の年齢より上の老人役を演じる際、徹底した役作りのために健康な歯を抜き、演技をする場合がある(例として、三國連太郎ブラッド・ピットなど)。一般的に見れば、度の過ぎた役作りだが、当時は、髪型や深じわはかつら特殊メイクで表現可能でも、歯の有無だけはCG技術が進歩するまで待たなければならなかった(メイクでは前顎の形状は変えられない)。現在は、俳優自体をCG加工できるので俳優が抜歯をする必要性は軽減されているといえる(CGによる歯の抜けたクリーチャー等)。

異性が寄らない為の抜歯[編集]

仏教僧侶で、顔立ちが美系ゆえにいい寄る異性があとを絶たず、僧としての修行が阻害される為、あえて歯を抜き、老いたる顔に似せ、近づけさせないようにした話が散見する。一例として、尼僧では大田垣蓮月(前歯を抜いた[2])がいる。通過儀礼とは異なるが、これも宗教思想から来る行為といえる。

脚注[編集]

  1. ^ 田中良之著 『古墳時代親族構造の研究 -人骨が語る古代社会-』 柏書房 初版1995年 p.250より
  2. ^ 『蓮月尼全集』、蓮月焼も参照

関連項目[編集]