山月記
「山月記」(さんげつき)は、中島敦の短編小説。1942年、『文学界』に「古譚」の名で「文字禍」と共に発表された。唐の時代に書かれた「人虎」として知られる中国の変身譚(清朝の説話集『唐人説薈』中の「人虎伝」などに収められている)を元にしている。
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[編集] 解説
原作と比較すると、李徴(りちょう)の虎への変身の理由が大きく変えられているのが特徴。原作では、李徴は寡との逢瀬を妨げられたのが原因でその一家を焼き殺した報いで変身したのに対し、「山月記」では「臆病な自尊心と、尊大な羞恥心」という性情が原因だと書かれ、より深みのある内容になっている。しかし、人間が虎に変わるという素材を生かしきれず、道徳的な教訓に流されている、との批判もある(妖怪の事典 新評社 1979年)。
「山月記」の題名の由来については、虎に変わった李徴が詠む詩の中の一節に「此夕渓山対明月」とあり、そこから取ったのであろうと言われる。また、作中で描写される月は李徴の人間としての意識の象徴とも考えられる。
高等学校の現代文の教科書の人気教材である。一例として、桐原書店『探求 現代文[改訂版]』[1]に収録されている。
[編集] あらすじ
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唐の時代、隴西の李徴はかつての郷里の秀才だった。しかし、片意地で自負心が強く、役人の身分に満足しきれなかった。彼は官職を辞し詩人として名を成そうとするも、うまく行かず、ついに挫折。小役人となって屈辱的な生活を強いられたが、その後、地方へ出張した際に発狂し、そのまま山へ消え、行方知れずとなった。
翌年、彼の数少ない旧友で高位の役人であった袁傪(えんさん)は、先を急ぐとて、人食い虎の危険をもかえりみず月が明るく残る未明に旅に立つが、その途中で虎となった李徴と再会する。李徴は茂みに姿を隠したままいきさつを語る。「昨年、何者かの声に惹かれ、わけがわからぬまま山中に走りこみ、気がついたら虎になっていた。人間の意識に戻る時もあるが、次第に本当の虎として人や獣を襲い、食らう時間の方が長くなっている。そこで君に頼みがある。まだ自分が記憶している数十の詩編を書き記して残してくれないか」。
袁傪は素直に受け入れ、明るい月光の下、李徴の朗ずる詩を部下に書き取らせた。それらは見事な出来ばえであったが、(おそらく李徴の性格に由来する)非常に微妙な点において劣る所があるのではないかと袁傪は思う。李徴は更に語る。なぜ虎になったのか。自分は他人との交流を避けた。皆はそれを傲慢だと言ったが、実は臆病な自尊心と、尊大な羞恥心の為せる業だったのだ。本当は詩才がないかも知れないのを自ら認めるのを恐れ、そうかと言って、苦労して才を磨くのも嫌がった。それが心中の虎であり、ついに本当に虎になったのだ。
夜は明けかけていた。別れを惜しむ袁傪に李徴は、残された自分の妻子の援助を袁傪に依頼し、自分はもうすぐ虎に戻る、早くここを離れ、しばらく行ったら振り返るようにと言う。己の醜悪な姿を見せ、二度と再びここに来て会おうとの気を起こさせないために。袁傪の一行が言われた通りにすると、朝明けの空ですっかり光を失った月の下に1頭の猛虎が姿を現わし、咆哮すると共に姿を消し、再びその姿を見せる事はなかった。
[編集] 朗読CD
- 読み手:江守徹
- 読み手:網野隆
- 読み手:坂本真綾