山川純一
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山川 純一(やまかわ じゅんいち)は、日本の漫画家。本名は不明。男性、現在の年齢はおそらく50代以上(後述)。愛称はヤマジュン。ゲイ雑誌『薔薇族』で活動した。代表作は『くそみそテクニック』や実写映画化した『海から来た男』など。
目次 |
[編集] 作風
まるで1970年代の少女漫画そのままの男性キャラクターに、過剰なセックスアピールや、ギャグとも取れる強引な展開を基本スタイルとし、尚且つ時代劇やミステリー、第二次世界大戦などの様々な題材を手広く同性愛と融合させアレンジしている。なお、作品が作品だけにアニメ化作品こそ存在しないものの、1991年に「海から来た男」という作品が実写映画として公開されている。
[編集] インターネット上での広がり
10年以上にわたって日の目を見ることのなかったヤマジュン作品が再び脚光を浴びる事になったのは、あやしいわーるど@暫定 (暫定退避)という掲示板において2002年2月~7月ごろ(2002年6月12日にあやしいわーるど@みらいにて大きな話題となっていることが確認されている)に匿名投稿者が山川の作品、『くそみそテクニック』からの1ページをスキャンし、公開したことが発端であった(2001年からという説もあるが、ログの追跡が困難であったためひとまず確認できた最古の時期を表記する)。本物のゲイともかけ離れた、荒唐無稽とも思える内容や台詞回しが笑いを誘い、一部のネットワーカーの間で話題となっていた。
2003年3月ごろ、画像掲示板群「ふたば☆ちゃんねる」に山川の作品が公開され、ブームの兆しを見せる。ほぼ同時期、さらに利用者数の多い匿名掲示板群である2ちゃんねるにも飛び火し、笑えるネタとして浸透、認知度が飛躍的に高まった。一部のファンにはギャグ漫画感覚で読まれている。
作品中の台詞である「ウホッ! いい男……(道下正樹)」「やらないか(阿部高和)」は、たちまちネット上で流行語となり、「ヤマジュン語」と呼ばれ、「ウホッ」という言葉がホモセクシュアルを指す隠語として使われるようになるなど、2ちゃんねるのみならず、あらゆるネット・コミュニティにおいて一大ムーブメントを巻き起こした。
人気の上昇に伴い、国立国会図書館で当時の『薔薇族』を探し、掲載作品をサルベージする(掘り起こす)者が現れ、ほとんどの作品がネット上に違法公開され、ブームは加速してゲーム、Flash、画像コラージュ、アスキーアートなどの二次創作が活発に製作された他、オンリーイベントも催された。最終的にはファンによる復刊ドットコムへの復刊運動も発生し、実際に『ウホッ!! いい男たち ヤマジュンパーフェクト』というタイトルで今までの単行本や未収録作品をまとめた本が発売され、漫画としては4800円と高額でありながら初版1000部・第二版400部が完売し、第三版まで重版されている。漫画『もう、しませんから。』では、女性漫画家柚月純の部屋に『ウホッ!!いい男たち』らしき本が置かれている様子が描かれている。
[編集] 本人に関する情報
1982年の掲載開始以来、1988年まで足掛け6年にわたり『薔薇族』で読み切り作品を連載しており、単行本も3冊出されていたが、それ以降は少なくとも山川純一名義でのマンガは一切描いておらず、消息は明らかではない(連載が終了した理由は後述)。また、『ヤマジュンパーフェクト』の発刊後も、特にコメントなどは発表されていない。
『薔薇族』の編集長である伊藤文學によると、山川は『薔薇族』の創刊の5年後[1]に突然原稿を持ち込みに現れたが、本名はおろか住所や連絡先等の個人情報を一切明かさなかったという。『山川純一』とは氏のペンネームで伊藤が付けたもの。「線が細く根暗な青年。ひっそりと暮らしている風」という印象で、作品の持ち込みを始めた当時は生活に貧窮していた様子が窺えたという。また、作品のアイディアやストーリーなどは、実際のハッテン場に入り浸るなどして得たものではなく、自宅で考えたものだろう(伊藤は、山川の作品は『すべて妄想』と述べている)、とも推測している。
伊藤によると、連載当時の『薔薇族』のスタッフからは、山川の作品はひどく嫌われていた(ゲイ漫画では筋肉のしっかり着いた骨太な男体、男臭い描写が好まれる風潮があり、少女漫画風で線が細く、長髪や面長な登場人物が受け入れられなかった)という。その為、度々連載を中止してほしいとスタッフから要請があり、連載を中止せざるを得なかったとしている。しかし、当時『薔薇族』からの稿料のみで生活を立てていたという山川を慮った伊藤は、作品の掲載が無い時にも稿料を支払っていたが、逆にそれを気にした為か、山川はそれ以降姿を現さなくなったという[2]。伊藤は現在の山川について「取材は無理。すでにこの世を去っていると思う」と死亡説に触れているが、根拠は不明。
インターネットの掲示板などで、山川と尾瀬あきらと画風が似ていることから、山川と尾瀬とは同一人物であるという説が流れていたが、尾瀬は否定している。レディコミ作家辻あさ美の画風がよく似ていることから同一人物説も流れているが、特に確証はなく、辻あさ美からも特にコメントは出ていない。
2006年11月に、『薔薇族』が使用していた事務所の引き払いの際、山川の35作品のうち、「裏切り」「美しき野獣」「快楽の罠」など13作品の原画が23年ぶりに発見された。それぞれの作品は保存状態も良好であったため、インターネットオークションに掛けられファンに売却される事となった。ただし、2009年現在も落札者は現れていない。
さらに、2007年6月には、伊藤文學の自宅から、未発表の作品4作品が発見され、電子コミックという形で発表される事となった。
[編集] 著作一覧
[編集] 作品
- 1982年
- 1983年
- 1984年
- 1985年
- 1986年
- 1987年
- 1988年
- 未発表
- 絆(1988年の作品とは別)
- 義父
- ショーボーイ
- 遍愛-疾走する獣たちPARTⅡ-
[編集] 単行本
- 1986年
- 君にニャンニャン
- 兄貴にド・キ・ド・キ
- 1988年
- ワクワクBOY ISBN 4874443745
- 2003年
- ウホッ!! いい男たち ヤマジュン・パーフェクト ISBN 4835440676
- 2007年
- ウホッ!! いい男たち2~ヤマジュン・未発表作品集(電子コミック)
[編集] 脚注
- ^ ZAKZAK記事(外部リンク参照)より。『薔薇族』創刊が1971年であるので、山川が1976年に持ち込みを始めて6年後の1982年から連載開始したことになるが、誤りかどうかは不明。
- ^ ZAKZAK記事では山川が消息を絶ったのが1983年頃の事とされているが、1988年まで連載されたため疑わしい。


