北洋軍閥

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行進する北洋軍閥の兵士たち

北洋軍閥(ほくようぐんばつ)とは、清朝末から辛亥革命中華民国成立と中国の権力闘争の中心にいた袁世凱が根拠としていた軍事力を起源とし、袁没後の北京政府(北洋政府)を支配し、または政権を争った中国の地方軍閥の総称である。

歴史[編集]

元々は、清朝末期に李鴻章が結成した地方軍・淮軍が主体となっている。

1901年、袁世凱は清朝の北洋大臣に就任し、西洋式の新しい北洋軍を設立した。その後、北洋軍が拡大し、北洋だけではなく中央や各地方にも鎮守することになった。1911年から1912年にかけて起こった辛亥革命により、袁世凱は革命軍に協力して、清朝を打倒し、中華民国の樹立に協力した。そのため、彼は中華民国の臨時大総統に就任した。

1916年に袁世凱が死ぬと北洋軍閥は根拠地とする地方と背景勢力の違いにより、直系直隷派)、皖系安徽派)、東北の奉系奉天派)、晋系山西派)、馮系西北派)の各分派に分裂する。以後、分派間あるいは同一派内の有力者間で抗争を繰り返し、北京政府の政権を争った。

最初に北京政府の実権を握ったのは、大日本帝国の後押しを受けた段祺瑞の皖系だったが、1920年安直戦争で直系と奉系の連合軍に敗れ勢力を失った。直・奉の連合も長くは続かず、1922年奉直戦争が勃発、2年に及ぶ戦闘の結果、張作霖の率いる奉系が勝利を収めた。張は直系から寝返った馮玉祥との争いにも勝ち、1924年に政権の実権を握った。勢力を失っていた段祺瑞が張の支持を受けて臨時執政に就任した。

1925年孫文が没する。1926年蒋介石を中心とする国民革命軍北伐を開始し、これを受けて張作霖は海陸軍大元帥に就任し非常大権を握った。

北伐によりまず直系が滅ぼされ、さらに北進した国民革命軍は1928年に張作霖を破り北京を占領する。張は奉天へ向かう途中関東軍により爆殺された。その結果奉系の政府も消滅し、袁没後13年間続いた北洋軍閥支配の北京政府は終わりを告げ、蒋介石国民政府が中華民国唯一の政府になった。

分派一覧表
派閥 勢力範囲 代表的人物 背景勢力
直系 揚子江中下流域及び直隷 馮国璋曹錕呉佩孚斉燮元孫伝芳 米国英国
皖系 安徽省浙江省山東省福建省陝西省 段祺瑞盧永祥 日本
奉系 満州:奉天黒竜江省吉林省 張作霖張学良張宗昌 日本
晋系 山西省 閻錫山 日本
馮系 西北地区:河北省内モンゴル綏遠省 馮玉祥 ソ連
北洋軍閥と連携したその他の地方軍閥
派閥 勢力範囲 代表的人物 背景勢力
滇系 雲南省貴州省 蔡鍔唐継尭竜雲盧漢 米国英国
旧桂系 広西省広東省湖南省 陸栄廷譚浩明沈鴻英陳炳焜 米国英国
新桂系 広西省広東省湖南省 李宗仁白崇禧黄紹竑 米国英国
粵系 広東省 陳炯明陳済棠余漢謀 国民党新桂系
川系 四川省 熊克武劉湘楊森鄧錫侯 国民党
馬家軍 甘粛省寧夏省青海省 馬鴻逵馬鴻賓馬歩芳 国民党
新系 新疆省 楊増新金樹仁盛世才 ソ連共産党

北京政府国家元首[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]