伊号第九潜水艦

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Insert image here.svg
艦歴
計画 第三次海軍軍備補充計画(マル3計画
起工 1938年1月25日
進水 1939年5月20日
就役 1941年2月13日
その後 1943年6月14日戦没
除籍 1943年8月1日
性能諸元
排水量 基準:2,434トン 常備:2,919トン
水中:4,150トン
全長 113.7m
全幅 9.55m
吃水 5.36m
機関 艦本式2号10型ディーゼル2基2軸
水上:12,400馬力
水中:2,400馬力
速力 水上:23.5kt
水中:8.0kt
航続距離 水上:16ktで16,000海里
水中:3ktで90海里
燃料 重油:878トン
乗員 104名(潜水戦隊司令部を含む)[1]
兵装 40口径14cm単装砲1門
25mm機銃連装2基4挺
魚雷発射管 艦首6門
53cm九五式魚雷18本
九三式探信儀1基
九三式聴音機1基
航空機 零式小型水上偵察機1機
(呉式1号4型射出機1基)
備考 安全潜航深度:100m
行動期間:3ヶ月

伊号第九潜水艦(いごうだいきゅうせんすいかん)は、日本海軍潜水艦伊九型潜水艦(巡潜甲型)の1番艦。1943年(昭和18年)キスカ島付近で戦没。

艦歴[編集]

1937年(昭和12年)の第三次海軍補充計画(③計画)で計画され、呉海軍工廠1938年(昭和13年)1月25日起工、1939年(昭和14年)5月20日進水、1941年(昭和16年)2月13日に竣工した。横須賀鎮守府籍。

太平洋戦争開戦時は第六艦隊第一潜水戦隊に所属し、先遣部隊として真珠湾攻撃に参加。12月12日には、アメリカ西海岸沿岸における通商破壊作戦に参加し、貨物船1隻を撃沈している。

1942年(昭和17年)2月14日、搭載機による真珠湾の偵察を行ったほか、3月には飛行艇によるハワイ爆撃(K作戦)を支援。その後はアリューシャン列島ソロモン諸島へ転戦。11月以降、ガダルカナル島への輸送任務に就き、ガ島輸送5回。翌1943年(昭和18年)5月よりキスカ島への輸送任務に従事。

6月10日幌筵島を出港、6月14日キスカ島への輸送任務の途中で米ベンソン級駆逐艦フレイジャー英語版」(Frazier)の攻撃により戦没した。艦長以下101名全員戦死。6月15日キスカ付近で沈没と認定、8月1日除籍。

歴代艦長[編集]

艤装員長[編集]

  1. 大山豊次郎 中佐:1940年12月20日 -

艦長[編集]

  1. 大山豊次郎 中佐:1941年2月13日 -
  2. 藤井明義 中佐:1941年7月31日 - 1943年6月14日戦死

脚注[編集]

  1. ^ データは『写真 日本の軍艦vol.12』より。『艦長たちの軍艦史』によると114名であるがこれは伊12のデータと混同している可能性がある。

参考文献[編集]