伊号第九潜水艦
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| 艦歴 | |
|---|---|
| 計画 | 第三次海軍軍備補充計画(マル3計画) |
| 起工 | 1938年1月25日 |
| 進水 | 1939年5月20日 |
| 就役 | 1941年2月13日 |
| その後 | 1943年6月14日戦没 |
| 除籍 | 1943年8月1日 |
| 性能諸元 | |
| 排水量 | 基準:2,434トン 常備:2,919トン 水中:4,150トン |
| 全長 | 113.7m |
| 全幅 | 9.55m |
| 吃水 | 5.36m |
| 機関 | 艦本式2号10型ディーゼル2基2軸 水上:12,400馬力 水中:2,400馬力 |
| 速力 | 水上:23.5kt 水中:8.0kt |
| 航続距離 | 水上:16ktで16,000海里 水中:3ktで90海里 |
| 燃料 | 重油:878トン |
| 乗員 | 104名(潜水戦隊司令部を含む)[1] |
| 兵装 | 40口径14cm単装砲1門 25mm機銃連装2基4挺 魚雷発射管 艦首6門 53cm九五式魚雷18本 九三式探信儀1基 九三式聴音機1基 |
| 航空機 | 零式小型水上偵察機1機 (呉式1号4型射出機1基) |
| 備考 | 安全潜航深度:100m 行動期間:3ヶ月 |
伊号第九潜水艦(いごうだいきゅうせんすいかん)は、日本海軍の潜水艦。伊九型潜水艦(巡潜甲型)の1番艦。1943年(昭和18年)キスカ島付近で戦没。
目次 |
[編集] 艦歴
1937年(昭和12年)の第三次海軍補充計画(③計画)で計画され、呉海軍工廠で1938年(昭和13年)1月25日起工、1939年(昭和14年)5月20日進水、1941年(昭和16年)2月13日に竣工した。横須賀鎮守府籍。
太平洋戦争開戦時は第六艦隊第一潜水戦隊に所属し、先遣部隊として真珠湾攻撃に参加。12月12日には、アメリカ西海岸沿岸における通商破壊作戦に参加し、貨物船1隻を撃沈している。
1942年(昭和17年)2月14日、搭載機による真珠湾の偵察を行ったほか、3月には飛行艇によるハワイ爆撃(K作戦)を支援。その後はアリューシャン列島、ソロモン諸島へ転戦。11月以降、ガダルカナル島への輸送任務に就き、ガ島輸送5回。翌1943年(昭和18年)5月よりキスカ島への輸送任務に従事。
6月10日幌筵島を出港、6月14日キスカ島への輸送任務の途中で米ベンソン級駆逐艦「フレイジャー」(Frazier)の攻撃により戦没した。艦長以下101名全員戦死。6月15日キスカ付近で沈没と認定、8月1日除籍。
[編集] 歴代艦長
[編集] 艤装員長
- 大山豊次郎 中佐:1940年12月20日 -
[編集] 艦長
- 大山豊次郎 中佐:1941年2月13日 -
- 藤井明義 中佐:1941年7月31日 - 1943年6月14日戦死
[編集] 脚注
- ^ データは『写真 日本の軍艦vol.12』より。『艦長たちの軍艦史』によると114名であるがこれは伊12のデータと混同している可能性がある。
[編集] 参考文献
- 雑誌『丸』編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』光人社、1990年。ISBN 4-7698-0462-8
- 福井静夫『写真日本海軍全艦艇史』ベストセラーズ、1994年。ISBN 4-584-17054-1
- 外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年。ISBN 4-7698-1246-9
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