キスカ島
| キスカ島 | |
|---|---|
| 座標 | 北緯51度57分51秒 東経177度27分36秒 / 北緯51.96417度 東経177.46000度座標: 北緯51度57分51秒 東経177度27分36秒 / 北緯51.96417度 東経177.46000度 |
| 面積 | 277.7 km² |
| 海岸線長 | - km |
| 最高標高 | 1,220 m |
| 所在海域 | - |
| 所属国・地域 | アラスカ州,ラット諸島 |
キスカ島(きすかとう)はアリューシャン列島(アメリカ合衆国アラスカ州)西部のラット諸島に位置する島である。キスカ島は1741年にヴィトゥス・ベーリングによって発見され、1867年のアラスカ購入によってアメリカ領となった。太平洋戦争中の1942年(昭和17年)6月7日に日本軍が攻略、鳴神島と命名された。
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太平洋戦争 [編集]
「キスカ島撤退作戦」も参照
太平洋戦争中の1942年(昭和17年)6月、ミッドウェー作戦の陽動作戦として同じアリューシャン列島のアッツ島と共に日本軍に攻略された。
アメリカ軍による奪還作戦が決行され、日本軍守備隊と交戦。物量に勝るアメリカ軍の猛攻と周辺海域をアメリカ海軍艦隊に包囲され、物資の補給は滞り、ついに救出作戦が決定された。
1943年(昭和18年)5月にアッツ島をアメリカ軍が奪還すると、キスカ島でも緊張が高まった。その結果、戦略的意義が再検討され、キスカ島より撤退することとなった。幾度となく日本海軍救援艦隊が派遣されたが、気象状況(濃霧)や米艦隊の展開に阻害され、ようやく木村昌福少将率いる救援艦隊(第五艦隊)により、同年7月、無事救出された。
なお、この救出成功の要因はキスカ島東側より救出に向かうと敵艦隊に狙われるため、霧発生などで危険であったが島を西からぐるりと回り、あらかじめ艦に用意していた「大発」と呼ばれる主に海軍陸戦隊または陸軍上陸用に使用される小型艇で救出し、それを破棄したスペースに兵を乗せたためである。この時期になると物資もかなり不足しており、貴重な資源を破棄するという大胆な行動であった。
また、アメリカ軍は撤退したとは知らず、無人となった島に艦砲による猛攻撃をかけ、多数の陸上部隊を上陸させたが、いたのは軍犬2匹のみだったとのことである。この際、アメリカ軍は同士討ちによる死傷者を多数発生させている。なお、日本軍は悪戯で「ペスト患者収容所」と書かれた立て看板を残し(実は某軍医の策略だった)、これを見たアメリカ軍は一時パニック状態に陥り、緊急に本国に大量のワクチンを発注した(ドナルド・キーンの自伝小説『私と20世紀のクロニクル』にもこの顛末が登場する)。
ちなみにこのキスカ島救出作戦はフジテレビ系列放送の『奇跡体験!アンビリバボー』やテレビ朝日系列の『ビートたけしの!こんなはずでは!!』でも紹介された。また、1965年(昭和40年)には、東宝で、『太平洋奇跡の作戦 キスカ』として映画化されている。
キスカ火山 [編集]
キスカ火山(アレウト族の言葉でQisxan Kamgii)は島の北端に位置する成層火山で、底部の幅は5.3 × 4.0 mi (8.5 × 6.4 km)、標高は4,006フィート (1,221 m)である。
1962年1月24日、爆発的な噴火が起き、溶岩の噴出と標高約98フィート (30 m)の噴石丘形成もみられた。この噴石丘はキスカ火山の北側側面にあるシリウスポイント、主火山の頂上から1.9マイル (3.1 km)の地点に形成された(en:Anchorage Daily News、1962年1月30日)。 溶岩流出を伴う2回目の噴火が1964年3月18日に起こったと報告されている(Bulletin of Volcanic Eruptions, 1964)。
火山はその後も小規模な溶岩流に加え、蒸気と火山灰の噴煙を放出している[要出典]。
関連項目 [編集]
映画 [編集]
アニメ [編集]
- アニメンタリー 決断(第16話・キスカ島撤退)
漫画(フィクション) [編集]
小説 [編集]
- 古川日出男 『ベルカ、吠えないのか?』(取り残された軍用犬が物語の出発点)
ゲーム [編集]
- Operation Flashpoint: Dragon Rising(領土紛争の戦場としてキスカ島をモデルとするスキラ島が登場)
外部リンク [編集]
- Kiska Volcano
- Shipwrecks around Kiska
- The Kiska Memorial
- The Aleutians Campaign
- Library of Congress link
- Google Maps
- Alaska Volcano Observatory
- Soldiers of the 184th Infantry, 7th ID in the Pacific, 1943-1945
- Long-term study of the impact of introduced rats on the seabirds (Memorial University of Newfoundland)