中島ファラン一生
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| 名前 | ||||||
| 本名 | Issey Morgan Nakajima-Farran | |||||
| カタカナ | ナカジマ ファラン イッセイ | |||||
| ラテン文字 | Issey NAKAJIMA-FARRAN | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1984年5月16日(29歳) | |||||
| 出身地 | カルガリー | |||||
| 身長 | 177cm | |||||
| 体重 | 73kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | FW、MF | |||||
| 背番号 | 17 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2006- | 24 (1) | |||||
| 2. 2013年3月21日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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中島 ファラン 一生(なかじま ファラン いっせい、Issey Morgan Nakajima-Farran、1984年5月16日 - )は、カナダ・カルガリー出身のプロサッカー選手。キプロス・ファーストディビジョン・アルキ・ラルナカFC所属。弟はサッカー選手の中島ファランパリス。
目次 |
来歴 [編集]
カナダにてイギリス人と日本人の両親の間に生まれる。3歳のときに日本へ移住し、少年時代を過ごす。この間にサッカーを始め、ヴェルディ川崎(当時)のジュニアチームに所属した。その後一家はイギリスのロンドンへ移住し、彼自身はクリスタル・パレスFCのジュニアユースで11歳から14歳までプレーした。
2000年に日本へ戻り、ヴェルディのユースに所属していたがプロ契約には至らず、2003年にアルビレックス新潟へ入団した。2004年にアルビレックス新潟シンガポールにレンタル移籍し、2年連続で2ケタ得点をマークして2005年の最優秀若手選手賞に選ばれるなどSリーグのスター選手となる。
2006年にはデンマークへ渡り、スーペルリーガ(トップリーグ)のヴェイレBK(Vejle Boldklub)へ移籍。ヴェイレBKでは2006-2007シーズン、2ケタ以上の得点を挙げる活躍を見せた[注 1]。2006-2007シーズン終了後、チームの降格に伴い中島はかつて川口能活が所属したFCノアシェランに移籍することになった。そして2009-2010シーズンには同リーグからファーストディビジョン(2部)へ降格したACホーセンスに移籍し、弟のパリスと一緒にプレーする事になった。
2011年8月、ブリスベン・ロアーFCへ完全移籍[2]。同年のAリーグで優勝を果たしたが、中島は翌2012年のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)には、外国籍選手の制限[注 2]により出場できなかった。
カナダ代表として [編集]
中島にはイギリス、日本、カナダのいずれの国籍も選ぶ権利があった。2005年にカナダ代表を目指すためカナダ国籍を選択したと報道されていたが[要出典] 、2006年9月の雑誌『Yeah』でのインタビューによると、まだ日本国籍であり本人も「チャンスがあれば日本代表でプレーしたい」と語っていた。しかし、2006年11月にカナダ代表に招集され、11月15日のハンガリー代表との親善試合に出場したため、日本代表としてプレーする可能性は無くなった[注 3]。2008年5月31日のブラジル代表との親善試合では、先発出場を果たした。カナダ代表としての初ゴールは同年6月15日に行われたW杯南アフリカ大会・北中米カリブ海予選の2次予選第1戦で、セントビンセント・グレナディーン代表を相手に決めている。
所属クラブ [編集]
- 1993年-1994年
ヴェルディジュニア - 1995年-1997年
クリスタル・パレスFCジュニアユース - 1998年
エアズブリーユース - 2000年-2002年
東京ヴェルディ1969ユース - 2003年
アルビレックス新潟 - 2004年-2005年
アルビレックス新潟シンガポール - 2006年-2007年
ヴェイレBK - 2007年-2009年
FCノアシェラン - 2009年-2011年
ACホーセンス - 2011年-2012年
ブリスベン・ロアーFC - 2012年-
AEKラルナカ
個人成績 [編集]
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2003 | 新潟 | 27 | J2 | 0 | 0 | - | |||||
| シンガポール | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2004 | 新潟S | Sリーグ | 22 | 12 | 2 | - | |||||
| 2005 | 23 | 14 | 1 | - | |||||||
| デンマーク | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2005-06 | ヴェイレ | 1.Div | |||||||||
| 2006-07 | スーペルリーガ | 29 | 6 | ||||||||
| 2007-08 | ノアシェラン | 7 | |||||||||
| 2008-09 | |||||||||||
| 2009-10 | ホーセンス | 1.Div | |||||||||
| 2010-11 | スーペルリーガ | ||||||||||
| オーストラリア | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2011-12 | ブリスベン | 11 | Aリーグ | ||||||||
| 通算 | 日本 | J2 | 0 | 0 | - | ||||||
| シンガポール | Sリーグ | 45 | 26 | 4 | 3 | - | 49 | 29 | |||
| デンマーク | スーペルリーガ | 59 | 13 | ||||||||
| デンマーク | 1.Div | ||||||||||
| オーストラリア | Aリーグ | ||||||||||
| 総通算 | |||||||||||
タイトル [編集]
- 2005年 Sリーグ年間最優秀若手選手賞
脚注 [編集]
- 注釈
- ^ この中島の活躍がきっかけとなり、2006年12月12日に長居第二競技場で行われた第一回Jリーグ合同トライアウトにヴェイレBKの監督であるKim Poulsenが足を運んでスカウティングを行うなど[1]、彼に続いてデンマークで日本人が外国籍選手としてプレーする可能性が、新たに切り開かれつつある。2007年1月には中島同様にアルビレックス新潟シンガポールでプレーしていた橋本卓がヴェイレBKと契約した。
- ^ ACLにはAFC加盟国の選手を含めた4人の外国籍選手が出場できる。ブリスベンは、ベサート・ベリシャ(アルバニア)、エンリケ(ブラジル)、トーマス・ブロイヒ(ドイツ)、サイード・モハメド・アドナン(バーレーン)の4名を登録した。
- ^ FIFA規定では2カ国以上の国籍を持つ選手が、A代表に一度も招集されていない場合、以前は21歳以下の選手のみ1回だけ国籍変更が認められていたが、2009年6月のルール改定で21歳以上の選手にも同様の国籍変更の手続きを取ることが可能になっている[3]。
- 脚注
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- Issey Nakajima-Farran official site
- Vejle Boldklub - Player Profile
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