世界残酷物語
| 世界残酷物語 | |
|---|---|
| Mondo Cane | |
| 監督 | グァルティエロ・ヤコペッティ |
| 脚本 | グァルティエロ・ヤコペッティ |
| 製作 | グァルティエロ・ヤコペッティ パオロ・カヴァラ フランコ・プロスペリ |
| 音楽 | リズ・オルトラーニ ニーノ・オリヴィエロ |
| 撮影 | アントニオ・クリマーティ ベニート・フラッタリ |
| 配給 | 東和 |
| 公開 | 1962年3月 1962年9月 |
| 上映時間 | 108分 |
| 製作国 | イタリア |
| 言語 | イタリア語 |
| 次作 | 『続・世界残酷物語』 |
| allcinema | |
| IMDb | |
『世界残酷物語』(MONDO CANE 米題:A Dog's World)は、1962年のイタリア映画。
イタリアの映画監督、グァルティエロ・ヤコペッティによる、世界の野蛮で残酷な奇習・風俗を描いたドキュメンタリー映画である。
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。
目次 |
[編集] 解説
本作が公開された1962年はまだインターネットどころかテレビも普及段階にある時代であり、海外旅行は高嶺の花、人々はもっぱら書籍や雑誌、映画などから伝えられる世界の風景に素直に驚いていた。
この頃にパリの夜の歓楽街などの性風俗を紹介したドキュメンタリー映画が公開され、「夜もの」と呼称されていた。それらの中で『ヨーロッパの夜』(Europa di notte, 1959年)などを撮っていたグァルティエロ・ヤコペッティが、世界の奇習や風俗を描いた決定版ともいうべき作品として製作したのが、本作である。
ただしドキュメンタリーとはいうものの、実際には演出ややらせも含めた、捏造された題材が多数仕込まれており、現実と空想が混在した実にいかがわしい作品である。本作の世界的な大ヒット以降、原題 "MONDO CANE" (犬の世界)から、それらのいかがわしいドキュメンタリー映画はモンド映画と総称されるようになった。
なお、リズ・オルトラーニによる主題曲「モア」はアカデミー賞にノミネートされた。美しい旋律の曲に過激な映像と言うパターンは、この映画によって確立されている。
この映画の邦題は、公開の前々年にヒットした大島渚監督の『青春残酷物語』(1960年)を意識して配給会社が考案したものだが[1]、「カメラは残酷なまでに現実を捕らえる」と言う意味が込められている。原題は「犬の世界」だが、この場合の「犬」とはイタリア語のスラングであり、直訳では意味が通らないこともあったのだろう。なお、この作品以降、ヤコペッティ自身により続編や多数のモンド映画が作られたほか、他の映画監督により亜流の映画が多数作られている。日本でも国内の残酷映像を集めた『日本残酷物語』(1963年、中川信夫・小森白・高橋典共同監督、新東宝興業)という映画が公開された。 また『武士道残酷物語』(1963年、今井正監督)、『幕末残酷物語』(1964年、加藤泰監督)など、印象的なタイトルを借用した劇映画も作られている。
[編集] ストーリー
保健所で殺される犬たち、ニューギニアで豚に授乳する人間、台北の犬肉レストラン、日本のビールを飲ませられる牛、いかがわしいサービス・宇宙飛行士ばりのトレーニングマシンを提供する日本の東京温泉、ニューヨークのゲテモノレストラン、ネパールの牛の首を切る祭り、未開人の飛行機崇拝、原爆実験で方向感覚を失って海に戻れなくなった海亀など、未開人の風俗と文明人の歪んだ趣味などが比較するように多数紹介される。
[編集] スタッフ
- 監督:グァルティエロ・ヤコペッティ
- 製作:グァルティエロ・ヤコペッティ、パオロ・カヴァラ、フランコ・プロスペリ
- 脚本:グァルティエロ・ヤコペッティ
- 音楽:リズ・オルトラーニ、ニーノ・オリヴィエロ
- 日本語ナレーション:小沢栄太郎
[編集] こぼれ話
- 劇中で紹介される芸術家イヴ・クラインは、試写会で本作を見て激怒し、心臓発作を起こして数日後に死亡した。激怒した理由は、彼が映画のために作曲した音楽が使われていなかったためだとも、悪意ある編集のせいだとも言われている。
- 1976年に続編の『続・世界残酷物語』と合わせた『世界残酷物語・総集版』が公開されている。ナレーターは大平透。
- 日本テレビ・水曜ロードショーで放映されたときは、ナレーションをタモリが担当。ハナモゲラ語で未開人を紹介したりしている。