世界残酷物語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
世界残酷物語
Mondo Cane
監督 グァルティエロ・ヤコペッティ
脚本 グァルティエロ・ヤコペッティ
製作 グァルティエロ・ヤコペッティ
パオロ・カヴァラ
フランコ・プロスペリ
音楽 リズ・オルトラーニ
ニーノ・オリヴィエロ
撮影 アントニオ・クリマーティ
ベニート・フラッタリ
配給 東和
公開 イタリアの旗 1962年3月
日本の旗 1962年9月
上映時間 108分
製作国 イタリア
言語 イタリア語
次作 続・世界残酷物語
テンプレートを表示

世界残酷物語』(せかいざんこくものがたり、原題:Mondo Cane, 米題:A Dog's World)は、1962年イタリア映画イタリアの映画監督グァルティエロ・ヤコペッティによる、世界の野蛮で残酷な奇習・風俗を描いたドキュメンタリー映画である。

解説[編集]

本作が公開された1962年はまだインターネットどころかテレビも普及段階にある時代であり、海外旅行は高嶺の花、人々はもっぱら書籍や雑誌、映画などから伝えられる世界の風景に素直に驚いていた。

この頃にパリの夜の歓楽街などの性風俗を紹介したドキュメンタリー映画が公開され、「夜もの」と呼称されていた。それらの中で『ヨーロッパの夜』(Europa di notte, 1959年)などを撮っていたグァルティエロ・ヤコペッティが、世界の奇習や風俗を描いた決定版ともいうべき作品として製作したのが、本作である。

ただし「ドキュメンタリー」と銘打ってはいるものの、実際には演出ややらせも含めた、捏造された題材が多数仕込まれており、現実と空想が混在した実にいかがわしい作品である。本作の世界的な大ヒット以降、原題 "Mondo Cane" (犬の世界)から、それらのいかがわしいドキュメンタリー映画はモンド映画と総称されるようになった。

なお、リズ・オルトラーニによる主題曲「モア」はアカデミー賞にノミネートされた。美しい旋律の曲に過激な映像と言うパターンは、この映画によって確立されている。

この映画の邦題は、公開の前々年にヒットした大島渚監督の『青春残酷物語』(1960年)を意識して配給会社が考案したものだが[1]、「カメラは残酷なまでに現実を捕らえる」と言う意味が込められている。原題は「犬の世界」だが、この場合の「犬」とはイタリア語スラングであり、直訳では意味が通らないこともあったのだろう。なお、この作品以降、ヤコペッティ自身により続編や多数のモンド映画が作られたほか、他の映画監督により亜流の映画が多数作られている。日本でも国内の残酷映像を集めた『日本残酷物語』(1963年中川信夫・小森白・高橋典共同監督、新東宝興業)という映画が公開された。また『武士道残酷物語』(1963年、今井正監督)、『幕末残酷物語』(1964年、加藤泰監督)など、印象的なタイトルを借用した劇映画も作られている。

ストーリー[編集]

保健所で殺される犬たち、ニューギニアで豚に授乳する人間、台北の犬肉レストラン、日本のビールを飲ませられる牛、いかがわしいサービス・宇宙飛行士ばりのトレーニングマシンを提供する日本の東京温泉ニューヨークのゲテモノレストラン、ネパールの牛の首を切る祭り、未開人の飛行機崇拝原爆実験で方向感覚を失って海に戻れなくなった海亀など、未開人の風俗と文明人の歪んだ趣味などが比較するように多数紹介される。

スタッフ[編集]

備考[編集]

  • 劇中で紹介される芸術家イヴ・クラインは、試写会で本作を見て激怒し、心臓発作を起こして数日後に死亡した。激怒した理由は、彼が映画のために作曲した音楽が使われていなかったためだとも、悪意ある編集のせいだとも言われている。
  • 1976年に続編の『続・世界残酷物語』と合わせた『世界残酷物語・総集版』が日本公開されている。ナレーターは大平透。TV放映時のナレーターは藤村有弘
  • 1978年8月23日日本テレビ水曜ロードショーで『世界残酷物語/世界女族物語』(「世界残酷物語」「世界女族物語」「続・世界残酷物語」の3作を編集したオリジナル版)』)が放映されたときには、ナレーションを密室芸人時代のタモリが担当した。ハナモゲラ語で未開人を紹介したりしていて、当時の評判は散々だった。

脚注[編集]

  1. ^ なお、1959年から平凡社より宮本常一編集による『日本残酷物語』という民俗学のシリーズも刊行されており、「残酷」という言葉は当時のブームであった。なお、この書籍シリーズは、本文中にある同題の中川信夫監督の映画とは、直接の関係はない。

外部リンク[編集]