三浦洋一 (俳優)

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みうら よういち
三浦 洋一
本名 三浦 洋一
生年月日 1954年1月21日
没年月日 2000年5月14日(満46歳没)
出生地 日本の旗 日本 愛知県岩倉市
死没地 日本の旗 日本 千葉県山武郡芝山町
身長 178cm
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画バラエティ番組
活動期間 1974年 - 2000年
配偶者 宇津宮雅代(1978年 - 1993年)
三浦真理子(1993年 - 2000年)
主な作品
七人の刑事
池中玄太80キロ
さすらい刑事旅情編

三浦 洋一(みうら よういち、1954年1月21日 - 2000年5月14日)は、日本俳優愛知県丹羽郡岩倉町(現・岩倉市)出身。

来歴・生涯[編集]

東海高等学校卒業、早稲田大学政治経済学部中退。大学1年から演劇を始め、1974年に演出家つかこうへいと出会い、『初級革命講座』でデビュー。以後、『熱海殺人事件』などつか作品の代表作に主演。1978年TBSテレビ七人の刑事』の刑事役で人気を獲得。その後、日本テレビ池中玄太80キロ』のヒデ役として活躍。

テレビ朝日『さすらい刑事旅情編』では香取刑事役で1988年10月12日から1995年3月22日まで、7シーズンに渡り主演を務めた。

歌手としても活動し、ロックバンド「ホット・リップス」を率いて公演を行った。

私生活では、1978年に女優の宇津宮雅代と結婚したが、1990年頃から別居。離婚協議中に三浦の交際相手の妊娠の発覚などスキャンダルとなったが、1993年に離婚が成立して、交際相手と再婚。別居・離婚の背景には三浦の、宇津宮の連れ子の女児(実父は西岡徳馬)に対する折檻もあったという。(離婚後のワイドショーで、宇津宮が事実を激白した)

海をこよなく愛し、マリンスポーツをしていたことで知られている。特にスクーバダイビングに造詣が深く、特別番組などで披露していた。

2000年5月14日、食道癌のため46歳の若さで逝去。1999年6月頃、自宅で食事中に食べ物がつかえる症状が出たため、病院で精密検査を受けたところ癌が判明した。すでに末期状態で手の施しようがなかったという。11月の新宿コマ劇場での舞台の宣伝のため、TBS『アッコにおまかせ!』にゲスト出演したときには、げっそりやせ細った姿になっていた。本人は「稽古ではげしく動き回っているため」とごまかしていたが、実際には唾を満足に飲み込むことさえできないほど病状が悪化している状態であった。舞台本番では毎日点滴を打ちながらも気力を見せ、奇跡的に千秋楽まで演ずることができたものの、結果的にこれが人生最後の仕事となってしまう。舞台終了後、入院。所属事務所が病名を公表し、それまで決まっていた仕事はすべてキャンセルする。本人は仕事へ復帰する希望を捨てなかったが、その思いは叶わなかった。

その他[編集]

  • 脚本家の山田耕大とは東海高校時代の同級生で、かつては同じクラスだった。

出演[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティ・情報番組[編集]

映画[編集]

CM[編集]

その他[編集]

レコード[編集]

関連文献[編集]

  • 三浦真理子『桜の花が咲くまでは―俳優・三浦洋一 食道ガンと闘った日々』(扶桑社、2001年、ISBN 4594030599

脚注[編集]

外部リンク[編集]