ルナ2号

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ルナ2号
Luna 2.jpg
ルナ2号
所属 ソビエト連邦
国際標識番号 1959-014A
カタログ番号 00114
状態 運用終了
目的 探査
観測対象
打上げ機 R-7ロケット
ボストーク8K72
打上げ日時 1959年9月12日
質量 390.2kg
姿勢制御方式 スピン制御

ルナ2号(Luna 2)は、ソビエト連邦月面着陸を目指したルナ計画の2号機である。これはの表面に到達した最初の宇宙船で、晴れの海の西部に衝突した。ルナ2号は球形にアンテナや部品が突き出した、ルナ1号と同様の形状をしていた。観測機器も1号とほぼ同じで、シンチレーション検出器ガイガー=ミュラー計数管磁力計チェレンコフ放射検出器、流星塵検出器などを積んでいた。ルナ2号自体には、推進装置は付いていなかった。

ミッション[編集]

科学的にはルナ2号は、ルナ1号が検出した太陽風を確認した業績によって評価されている。

1959年9月12日6時39分42秒(UTC)に打ち上げられたルナ2号は、翌13日に月に到達し、推進装置から切り離された。14日22時02分24秒(UTC)、33.5時間の飛行を終えた後、ルナ2号からの信号は突如途絶え、月に衝突したことが示唆された。衝突地点は、およそ西経0度、北緯29.1度の晴れの海西部であると推定された。ルナ2号の月面衝突の30数分後、推進装置も月面に衝突した。観測の結果、月には感知できるほどの磁場はなく、月にヴァン・アレン帯があるという証拠も見つからなかった。

ペナント[編集]

宇宙船は、ソビエト連邦のペナントも何枚か積んでいた。そのうちの2枚は円形をしていて、五角形のカバーに覆われていた。また円の中心部には、衝突の際にあちこちに散らばるように火薬が仕込まれていた。五角形のカバーはステンレスでできていて、ソビエト連邦の国章СССРというキリル文字が片面に、СССР СЕНТЯБРЬ 1959という文字がもう片面に刻まれていた。もう1枚のペナントは推進装置に積まれていた。これは液体の入ったカプセルで、アルミニウムのストライプの模様があり、それぞれのストライプにはソビエト連邦の紋章と1959 СЕНТЯБРЬ、СОЮЗ СОВЕТСКИХ СОЦИАЛИСТИЧЕСКИХ РЕСПУБЛИК(1959年9月、ソビエト社会主義共和国連邦)という文字が刻まれていた。

1959年9月15日、ソビエト連邦最高指導者のニキータ・フルシチョフアメリカ合衆国大統領ドワイト・D・アイゼンハワーにペナントのレプリカを贈った。このレプリカはアイゼンハワー図書館カンザス州アビリーン博物館に展示されている。

文化への影響[編集]

アメリカ合衆国の歌手Jetpackは、Planet ReverbというアルバムにLUИIK 2という曲を収めた。この曲にはロシア語の会話や宇宙の音が使われ、宇宙船の旅を描いている。またこの曲は、「ソ連の宇宙開発に関わる全ての人へ」捧げると書かれている。