コスモス60号

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コスモス60号
所属 ソビエト連邦
国際標識番号 1965-018A
カタログ番号 01246
状態 運用終了
目的 探査(着陸)
観測対象
設計寿命 数日間
打上げ機 モルニヤロケット
(8K78)
打上げ日時 1965年3月12日
消滅日時 1965年3月17日
質量 全体:6530kg
軌道要素
周回対象 地球
軌道 低軌道
近点高度 (hp) 195km
遠点高度 (ha) 248km
離心率 (e) 0.004012
軌道傾斜角 (i) 64.7°
軌道周期 (P) 89.1分
搭載機器
パノラマカメラ 月面のパノラマ撮影
放射線計 月面の放射線を測定
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コスモス60号(こすもすろくじゅうごう、ロシア語: Космос-60 英語: Kosmos 60)は、1965年ソビエト連邦が打ち上げた無人月探査機。世界初の月面への軟着陸を目指したが、月へ向かう軌道に乗せることができずに失敗した。もともとルナ計画の一環として打ち上げられた機体だったが、月へ向かうことに失敗したためルナの名は与えられていない。

設計[編集]

詳細は同型機のルナ9号を参照

コスモス60号は、月面に着陸するランダー(着陸カプセル)と、ランダーを月面に軟着陸させる飛行ステージから成っていた。ランダーは直径58cmの球形で、パノラマカメラ放射線検出器が装備されており、エアバッグによる着陸を行う予定だった。飛行ステージには着陸前に十分な速度まで減速するための逆噴射ロケットが備え付けられていた。

飛行[編集]

1965年3月12日、コスモス60号はモルニヤロケットによって、バイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、地球周回軌道に投入された。続いて、ロケット最上段にあたる地球軌道脱出ステージが点火され、探査機は月へ向かう軌道に乗せられるはずだった。しかしエンジンは点火せず計画は失敗した。

探査機の軌道高度は空気抵抗より次第に低下し、やがて大気圏に突入して消滅した。

名称[編集]

コスモス60号はもともとはルナ計画の1機で、成功すればルナ5号という名称が付けられるはずだった。しかし探査機はへ向かうことなく失敗に終わった。

軌道上の物体はアメリカによって追跡されており、探査機の存在を隠すことは不可能だったが、それを通常の衛星だと偽って失敗を隠すことはできた。そのため探査機にはコスモス60号という名前が割り当てられることになった(当時コスモスという名称は軍事衛星などの「秘密」の衛星に広く使われていたという背景がある)。

コスモス衛星の中には、コスモス60号と似たような経緯でコスモスの名前が付けられた月・惑星探査機がいくつも混じっていた。

参考文献[編集]

  • Cosmos 60” (英語). NASA - NSSDC. 2008年5月27日閲覧。

関連項目[編集]