メノルカ島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
メノルカ島
メノルカ島の旗
メノルカ島の位置(スペイン内)
メノルカ島
スペイン内での位置
メノルカ島の位置(バレアレス諸島内)
メノルカ島
バレアレス諸島内での位置(赤丸のある島)
地理
場所 地中海
座標 座標: 北緯39度58分 東経4度05分 / 北緯39.967度 東経4.083度 / 39.967; 4.083
所属群島 バレアレス諸島
面積 695.7 km2 (268.61 sq mi)
最高標高 358 m (1,175 ft)
最高峰 トーロ山スペイン語版
スペイン
自治州 バレアレス諸島自治州
バレアレス諸島県
最大都市 カタルーニャ語名:Maó(マオー)/
カスティーリャ語名:Mahón(マオン)
 (人口 29,321)
住民
人口 94,383 (2010年1月1日現在)
人口密度 135.67 /km2 (351.38 /sq mi)

メノルカ島(メノルカとう、カタルーニャ語: Menorca)は地中海にあるスペインバレアレス諸島北東部にある島である。人口88,434人(2006年)。

歴史[編集]

古代よりメノルカ島を含むバレアレス諸島は優れた投石器手を輩出する地として広く知られ、ユリウス・カエサルの『ガリア戦記』などにも取り上げられている。

ローマ帝国の支配を経た後はヴァンダル人ビザンティン帝国アラブ人アラゴン王国というようにその当時の西地中海の制海権を掌握した勢力の傘下にあった。13世紀後半、バレアレス諸島を中心としたアラゴン王国領はマヨルカ王国として半独立の状態にあったが、結局1344年にアラゴン王国に併合された。そして1469年、アラゴン王国とカスティーリャ王国が合同してスペイン王国が誕生、その一部となった。

1701年に勃発したスペイン継承戦争の最中、1708年イギリス海軍によって征服され(ミノルカ島の占領)、1713年ユトレヒト条約によってイギリスへの帰属が定まった。同戦争中の1704年にはイベリア半島南端のジブラルタルもおさえており(ジブラルタルの占領)、これによってイギリスは地中海の入り口を制したことになる。この後イギリス海軍の拠地となり、1756年に一時フランスが占領するが(ミノルカ島の海戦)、その後再びイギリスが占領。1782年スペインが奪還した(メノルカ島侵攻)。1802年アミアンの和約により恒久的にスペイン領となり、現在はバレアレス諸島自治州の一部を構成している。

スポーツ[編集]

その他[編集]

メノルカ島のマオーマヨネーズ発祥の地とも言われている[1]

脚注[編集]

  1. ^ マヨネーズ誕生物語|キユーピー

外部リンク[編集]