ドンブロフスキのマズルカ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(ポーランドの国歌から転送)
| Mazurek Dąbrowskiego | |
|---|---|
| 和訳例:ドンブロフスキのマズルカ | |
作詞者のユゼフ・ヴィビツキ(Józef Wybicki)
|
|
| 国歌の対象 | |
| 別名 | Jeszcze Polska nie zginęła (ポーランドは未だ滅びず) |
| 作詞 | ユゼフ・ヴィビツキ(1797年) |
| 作曲 | 不明(不明) |
| 採用時期 | 1926年(ポーランド第二共和国) |
| 試聴 | |
|
|
|
ドンブロフスキのマズルカ(ポーランド語: Mazurek Dąbrowskiego)はポーランドの国歌。ユゼフ・ヴィビツキ (Józef Wybicki) 作詞・作曲。楽曲はかつてのユーゴスラビア社会主義連邦共和国及びユーゴスラビア連邦共和国、セルビア・モンテネグロの国歌であった「スラヴ人よ」にも使われている(「スラヴ人よ」の場合は、「ドンブロフスキのマズルカ」よりもテンポが遅く、メロディが強調されている。)
この歌は第3次ポーランド分割によって共和国が全ての領土を失ってから2年後、1797年にドンブロフスキ将軍が率いる亡命ポーランド人部隊の軍歌として書かれたものだが、この抵抗歌が第一次世界大戦後にポーランド国歌として定着した。
なお、このときの亡命ポーランド人部隊は、共和国復興のためにフランスのナポレオン・ボナパルトに協力して対オーストリア戦を戦ったため、歌詞中にボナパルトの名が登場する。その後、ポーランド人部隊はナポレオンの指揮下で各地を転戦しながら数々の戦功をあげ、後のワルシャワ公国の建国へとつながっていくのである。
「ドンブロフスキ」はヤン・ヘンリク・ドンブロフスキの事だが、歌の制作者ではない。
[編集] 歌詞
[編集] 外部リンク
|
||||||||||||||||||||||||||