プシェミスル朝

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プシェミスル家の紋章
ポーランドの歴史
Warsaw-Castle-Square-2.jpg
先史時代
ピャスト朝  
プシェミスル朝
 
ヤギェウォ朝
ポーランド・リトアニア共和国(第1共和制)
ポーランド分割
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ポーランド共和国(第2共和制)
ソ連による占領 亡命政府
ナチス・ドイツによる占領
ポーランド共和国
ポーランド人民共和国
ポーランド民主化運動
ポーランド共和国(第3共和制)
年表
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プシェミスル朝Dynastie Přemyslovců)は、ボヘミアドイツ語でベーメン、チェコ語ではチェヒ)の王朝1306年に断絶するまで続いた。ボヘミアの一君主であったが、13世紀にオタカル2世は、オーストリア大公の地位に就き、大空位時代神聖ローマ皇帝として推挙されている(ハプスブルク家に敗れた)。さらに13世紀後半、ポーランドも兼ねたヴァーツラフ2世の下で最盛期を誇ったが、息子である次王ヴァーツラフ3世が殺害され断絶した。

目次

歴代君主一覧 [編集]

ボヘミア公 [編集]

ボヘミア王 [編集]

(日本語表記は『世界各国史19ドナウ・ヨーロッパ史(山川出版社)』に基づく)

関連項目 [編集]