ボヘミア君主一覧

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ボヘミア君主一覧(ボヘミアくんしゅいちらん)では、ボヘミア君主であるボヘミアおよびボヘミアを挙げる。ボヘミアでは9世紀頃にプシェミスル家がボヘミア公となり、10世紀神聖ローマ帝国に服属する。11世紀から12世紀には神聖ローマ帝国の中で王号を許された特別の地位を得て、「ボヘミアを征する者は、ヨーロッパを征す」と言われた。

プシェミスル家が13世紀に断絶した後、婚姻政策によってルクセンブルク家が王位を世襲するが、これもフス戦争の渦中で断絶する。その後はハプスブルク家の支配下に入り、第一次世界大戦による帝国崩壊でチェコスロバキアの一部として独立するまで、ハプスブルク君主国領邦の一部として続く。

ボヘミア公[編集]

プシェミスル家[編集]

  • ボジヴォイ1世(870年 - 895年)
  • スピチフニェフ1世(895年 - 915年)
  • ヴラチスラフ1世(915年 - 921年)
  • ヴァーツラフ1世(921年 - 929年)
  • ボレスラフ1世(935年 - 972年)
  • ボレスラフ2世(972年 - 999年)
  • ボレスラフ3世(999年 - 1002年)

ピャスト家[編集]

  • ヴラジヴォイ(1002年 - 1003年)(実際はピャスト家かどうか不明)
  • ボレスラフ4世(ボレスワフ1世)(1003年 - 1004年)

プシェミスル家[編集]

  • ヤロミール(1004年 - 1012年)
  • オルドジフ(1012年 - 1033年)
  • ヤロミール(復位、1034年 - 1034年)
  • ブジェチスラフ1世(1035年 - 1055年)
  • スピチフニェフ2世(1055年 - 1061年)
  • ヴラチスラフ2世(1061年 - 1092年) - ボヘミア王(1代限り)
  • コンラート1世(1092年)
  • ブジェチスラフ2世(1092年 - 1100年)
  • ボジヴォイ2世(1100年 - 1107年)
  • スヴァトプルク(1107年 - 1109年)
  • ヴラジスラフ1世(1109年 - 1117年)
  • ボジヴォイ2世(復位、1117年 - 1120年)
  • ヴラジスラフ1世(復位、1120年 - 1125年)
  • ソビェスラフ1世(1125年 - 1140年)
  • ヴラジスラフ2世(1140年 - 1172年)
  • ベドジフ(1172年 - 1173年)
  • ソビェスラフ2世(1173年 - 1178年)
  • ベドジフ(復位、1178年 - 1189年)
  • コンラート2世(1189年 - 1191年)
  • ヴァーツラフ2世(1191年 - 1192年)
  • オタカル1世(1192年 - 1193年)
  • インジヒ・ブレチスラフ(1193年 - 1197年)
  • ヴラジスラフ・インジヒ(1197年)

ボヘミア王[編集]

プシェミスル家[編集]

内乱期[編集]

ルクセンブルク家[編集]

ハプスブルク家[編集]

フス派の王[編集]

ヤギェウォ家[編集]

ボヘミア王(ハプスブルク君主国)[編集]

フリードリヒ5世(プファルツ選帝侯)とマリア・テレジア以外は神聖ローマ皇帝またはオーストリア皇帝としての名前で記す。

ハプスブルク家(オーストリア系)[編集]

ハプスブルク=ロートリンゲン家[編集]

関連項目[編集]