ビリー・ブランクス

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ビリー・ブランクス(2006年)

ビリー・ブランクス(Billy Blanks、1955年9月1日 - )は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州出身、大阪府茨木市在住のエアロビクスの指導者、格闘家俳優。身長181cm、体重86kg、体脂肪率6%。

独自のトレーニング「タエ・ボー」(Tae Bo)の考案者である。日本においてエクササイズDVDソフト『ビリーズブートキャンプ』で一躍、時の人となった。

日本の「ビリーズブートキャンプ」実行者のコミュニティではビリー隊長の愛称で親しまれている。

目次

[編集] プロフィール

1955年、アメリカ合衆国ペンシルベニア州エリーにて15人兄弟の3男として生まれる。

14歳から格闘技の研究を始め、7度の空手世界チャンピオン、テコンドーの7段所持者となり、そのほか7種の武術で黒帯を取得。

1980年代、アメリカアマチュア空手チームのメンバーであり、アメリカ空手の殿堂であるアスリート・オブ・ザ・イヤーに選出。また、俳優としてのキャリアも歩み始め、テレビドラマ「ERシリーズ」などにも出演。

2008年、1974年に結婚した女性と離婚。前妻との間に2人の子供がおり、娘(前妻との結婚当時養女とした)のシェリーは「ビリーズブートキャンプ」にも出演、父と共に来日も果たしている。

2009年1月、通訳をしていた14歳年下の日本人女性と再婚、2008年11月には長女が誕生している。

2009年6月に大阪市内で挙式、披露宴を行い、7月に大阪市心斎橋にエクササイズスタジオを構える予定で2009年4月現在、日本での永住権を申請中である。

[編集] タエ・ボー

1980年代後半、マサチューセッツ州クインシーで空手道場を開いていた頃にムエタイや空手、テコンドーの型を基にタエ・ボー・トレーニングを考案。「タエ・ボー(Tae Bo)」という名前はテコンドーボクシングを組合わせたもの。彼はこの新しいフィットネストレーニングを広めるためにロサンゼルスに自らのフィットネスセンターを開き、ポーラ・アブドゥルなどのクライアントを持つことに成功。このエクササイズの人気は急速に高まっていった。

[編集] ビリーズブートキャンプ

その後、陸軍の新兵インストラクターとしての経験を生かし「ビリーズブートキャンプ」を発案、アメリカ国内に紹介する。そして近年日本にも紹介され、一大ブームを起こしている。詳細は「ビリーズブートキャンプ」の項目を参照。

[編集] ビリーと日本

  • 『ビリーズブートキャンプ』は2006年7月の日本語字幕版発売以来、日本国内のネットコミュニティ上では社会現象となるまでに人気は高まり、DVDが売れ続けている。またTVショッピング内で紹介される宣伝に興味をもって買う人も多い。日本国内ではショップジャパンのCMで使われた「最強の51歳」というニックネームが冠せられることも少なくない。
  • 日本での人気を受け、2007年6月20日に来日。一時期初来日ともいわれたが、軍インストラクター時代に訪日経験があり2度目であると同日ごろのインタビューで答えている。しかし実際はかなりの回数の訪日経験がある模様で、事実2006年4月に来日し、横須賀と沖縄の米海軍の兵士たちにタエ・ボーの指導を行っている[1][2][3][4]
  • 2007年6月21日の日本テレビ系『ズームイン!!SUPER』へのテレビ出演を皮切りに1週間にわたり、各種メディアへ出演。6月28日に再来日を予告して帰国。
  • 10月14日のフジテレビ系の『平成教育委員会2007 学問&スポーツ&芸術秋まっ盛りスペシャル』で特別企画で出演をした。
  • 11月3日の日テレ系『世界一受けたい授業』には講師を務めた。
  • 相撲好きを公言しているビリーは、離日する2007年6月28日には九重部屋の名古屋宿舎(名古屋場所の為の合宿所)を訪れ、朝稽古を見学した。
  • 現在は大阪府茨木市在住。

[編集] 逸話

  • 子供の頃に原因不明の失読症にかかったという。
  • 日本での販売権をもつオークローンマーケティングのハリー・A・ヒル社長とは武道経験者(ヒル氏は少林寺拳法)という縁から交友が深い。
  • 日本では「ビリーズブートキャンプの人」だがアメリカではTae Boで一世風靡しており、当時芸人がパロディのネタにする程有名だったため、今でもアメリカ人の間では「Tae Boの人」などと呼ばれることが多い。[要出典]
  • ビリーは軍隊では新兵教育インストラクターであったため軍務経験はなく、「ビリーズブートキャンプ」のプロモーションビデオ撮影の際に軍用ヘリコプターに乗るシーンで初めて軍用ヘリに乗った。
  • 2007年9月、日本でのヒットをきっかけに、ビリーを撮りに訪れた日本人女性と知り合い日本語を教えて欲しいとビリーが頼み、日本語の講師となった。それが2009年に再婚した日本人女性であった[5]

[編集] 出演映画・ドラマ作品

[編集] 脚注

  1. ^ [1]
  2. ^ [2]
  3. ^ [3]
  4. ^ [4]
  5. ^ ビリー隊長、日本人と再婚…心斎橋でスタジオ開校へ:芸能:芸能・社会:スポーツ報知大阪版

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク