ティーアップ

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 ティーアップ
メンバー 前田 勝
長谷川 宏
結成年 1988年12月
事務所 吉本興業よしもとクリエイティブ・エージェンシー)大阪本社
活動時期 1988年 -
公式サイト ティーアップスペシャル
受賞歴
1990年:第20回NHK上方漫才コンテスト最優秀賞
1990年:第19回上方お笑い大賞銀賞
1991年:第12回ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞
1991年:第26回上方漫才大賞新人賞
2004年:第39回上方漫才大賞奨励賞
2008年:第43回上方漫才大賞大賞
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ティーアップ(TEEUP)は、1988年コンビ結成の吉本興業よしもとクリエイティブ・エージェンシー)大阪本社所属の漫才師である。

目次


[編集] メンバー

NSC5期生。同期には、辻本茂雄ぜんじろう亀山房代などがいる。デビュー当時から今に至るまで、ずっと老けた風貌をしている。「ティーアップ」結成前のデビューは、NSC入学3か月目。「前田・平田」で心斎橋にあった「2丁目劇場」が初舞台。その年の暮れには、京都花月で進行係をしながらの出番を貰い、そこで今の相方である長谷川と出会う。同じ頃に「ABCお笑い新人グランプリ」の本選では負けるが、予選を通過。「前田・平田」解散の後「スプーン」というコンビ名で今宮子供えびすマンザイ新人コンクールにエントリーするものの、当時の相方の連絡ミスで、予選と本選のネタを変えなければいけないこと知らず、急ごしらえのネタで本選に挑むも2位。
その後、読売テレビ気分はジャマイカ」でのコーナーで、4人組の中最後のオチを担当することになり、視聴者に覚えてもらいやすくする為に、顔の雰囲気がバカボンに似ているという理由から「バカボン前田」という芸名を名乗っていた。「ティーアップ」結成の後はCMにも使われるようになり、「サッポロ黒ラベル君(初代)」「ゼロコーポレーション」「第一精工」「尼崎信用金庫」師弟でしたラジオCM等に出演。
「黒ラベル君」に選ばれた頃は、そのとぼけたキャラクターがウケてそれなりの人気を呼んでいたが、前田自身がそのことを鼻にかけて天狗になってしまい、CMのプロデューサーとケンカして、同社のCMを降板させられてしまう(以後「黒ラベル君」は今田耕司が引き継いで演じることとなった)。
前述の事件後、テレビでの露出が減り低迷期を迎えるが、酒浸りなどの日々が続いたが立ち直り、これをきっかけにテレビへの露出から漫才に打ち込む方向に姿勢を変え、現在では舞台を中心に活躍の場を据えて活動している。
2007年、自身の誕生日である4月3日に、12歳年下の会社員の女性と結婚。
見た目としわがれ声から「ごきげんライフスタイル よ〜いドン!」では、「おじいちゃん」と呼ばれている。
里見まさとの弟子。出っ歯が特徴。趣味はサーフィンロナウジーニョに似ている。独身。愛称「ハセ兄(にい)
りあるキッズ安田の好みの男性。「オールザッツ漫才2008」(毎日放送)にて、自身は番組に出演していなかったが、りあるキッズ安田から生放送の公共の電波を通じて、「宏、いやダーリン、一緒にカナダに行こう!!」とプロポーズされた(カナダは、同性の結婚が認められている)。
かつては、亀山房代と付き合っていた。
挨拶に特徴があり、後輩にする際には首を後ろに傾げて甲高い声でやっている。それを、藤崎マーケットの藤原が「オールザッツ漫才」のネタで行っていた。
ファッションにはかなりのこだわりがあり、吉本一のオシャレとして芸人仲間でも評判が高い。舞台での衣装もほとんど自前とのこと。
ナインティナインのオールナイトニッポンに於いて、ナインティナイン矢部が「デビュー当時はハセ兄のつっこみに憧れ、参考にしていた」と発言した。しかし、長谷川は相方の岡村を可愛がっていた。

[編集] ネタ

  • 主に基本に忠実なしゃべくり漫才を披露する。
  • お前酔うとんのか~」など、前田のダミ声による味のあるボケに長谷川が絶妙のツッコミを入れていくのが特徴である。
  • 2004年から毎年なんばグランド花月にて「漫才攻め」という漫才のみの単独ライブを開催している。
  • なんばグランド花月の他、京橋花月ルミネtheよしもとの出演など、舞台での仕事が多く、テレビでは漫才特番に顔を出す程度であるが、漫才の評価は高く、多くの賞を受賞している。

[編集] 受賞歴

[編集] 出演番組

[編集] 外部リンク

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