スヴェン3世 (デンマーク王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Swen.jpg

スヴェン3世(Sven III, 1125年 - 1157年10月23日)は、デンマーク王(在位:1146年 - 1157年)。エーリク2世の庶子。王位を巡って又従弟クヌーズ3世と内乱を起こしたが、最終的に従弟のヴァルデマー1世に敗れて王位を奪われた。

1137年に父が地方貴族に殺害されると、王位は従兄のエーリク3世が継承、スヴェンはドイツへ逃れた。1146年にエーリク3世が退位するとシェラン島の有力貴族に擁立されて即位したが、クヌーズ3世もユトランド半島で即位、内戦が発生した。内戦は従弟のヴァルデマー(後のヴァルデマー1世)と手を組んだスヴェン3世が優勢で、クヌーズ3世を擁立したルンド大司教エスキルもスコーネボーンホルム島にある土地の保有を条件に寝返り、クヌーズ3世は孤立していった。両者はヴェンド十字軍で共に参戦したが、十字軍が解散すると再度対立していった。

1150年頃にヴァルデマーをシュレースヴィヒ公に封じ、クヌーズ3世を助けていたホルシュタインアドルフ2世と戦った。1150年にクヌーズ3世を追放したが翌1151年に復帰、スヴェン3世はドイツ王コンラート3世の支援を求め、1152年にコンラート3世の後を継いだフリードリヒ1世に忠誠を誓い、王号を認められた。

しかし、1154年にクヌーズ3世と彼に寝返ったヴァルデマーの反撃に遭い、ドイツへ亡命、3年を過ごした。1157年にザクセン公兼バイエルンハインリヒ獅子公の援助でデンマークへ帰国、クヌーズ3世及びヴァルデマーと和睦、デンマークを共同統治することに決めて、スヴェン3世はスコーネを統治することに合意した。8月9日ロスキレで祝宴を開き、そこでクヌーズ3世を殺したが、ヴァルデマーと側近のアブサロンはユトランド半島へ逃亡、軍勢を率いて反撃、10月23日にグラーテ・ヘーゼの戦いで敗れて逃亡しようとしたが、泥に馬の足を捕られて落馬、農民達に殺された。デンマークはヴァルデマー1世の単独統治となり、内乱は終結した。

子女[編集]

1152年マイセン辺境伯コンラート1世の娘アーデラと結婚、2人の子を儲けた。

  • 息子 - 夭折
  • ルートガルド - イストリア辺境伯ベルトルト1世と結婚
先代:
エーリク3世
デンマーク王
1146年 - 1157年
次代:
ヴァルデマー1世